2016年10月18日、日本政府が設置した持続可能な開発目標(SDGs)推進本部において持続可能な開発目標(SDGs)の取り組み指針の骨子が策定されました。
本実施指針骨子に関し、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは11月1日、SDGsの実施にあたって人権を尊重するアプローチに基づいた優先課題を設定すること、国際人権法を含む国際法の下での権利と義務に整合する形で課題に取り組むことなどを求めたパブリックコメントを提出しました。詳細は以下全文をご覧ください。
ヒューマンライツ・ナウは、今後も、日本政府のSDGsの取り組みにおいて、人権が尊重されるように注視していきます。
持続可能な開発目標(SDGs)実施指針の骨子に関する意見
- 実施指針骨子本文に関する意見
(1) 評価できるポイント
「4.実施のための主要原則」及び「5.推進に向けた体制」において、「人権の尊重」が明記されることは評価に値する[1]。
(2) 改善が求められる点
提案1: SDGs目標4、5、8、10を優先課題として明記すること
目標4 .すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する
目標5 . ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う 目標8. 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する 目標10. 各国内及び各国間の不平等を是正する |
(理由)
指針骨子案にも示されている通り、SDGsの目的は、「誰一人取り残されることのない、持続可能な世界を実現していく」ことにあり、これに関連付け、日本国内の課題を解決する明確な優先課題を設定することが必要である。
この点、指針案の優先課題に関する説明では、「国内実施、国際協力のあらゆる課題への取組において、人権の尊重を重視しつつ、8つの優先課題(取組の柱)全てに統合的な形で取り組む」とされており、以下の課題が優先課題として提案されている。
1 あらゆる人々の活躍の推進、2 国内外における健康・長寿の達成
3 成長市場の創出、地域活性化、科学技術イノベーション
4 質の高いインフラ、強靱な国土の整備、5 省・再生エネルギー、気候変動対策、循環型社会、6 生物多様性、森林、海洋等、環境の保全
7 平和・安全・ガバナンス、8 SDGs実施推進の体制・手段
しかし、上記の提案では、肝心な「人」に対し、人権を尊重するアプローチが十分でない。
特に日本では、高すぎる教育費が若者の希望を奪い、少子化の深刻な原因ともなっていること、ジェンダーギャップ指数が諸外国に比しても著しく低く、ジェンダー平等が実現していないこと、ディーセントワークが実現せず、過労死、ブラックバイト等の過酷労働が今も深刻であること、格差と貧困が拡大していることが、持続可能な成長を阻害していることは明らかである。
これらは、日本が批准する社会権規約、女性差別撤廃条約の適切な実施が実現されておらず、人権と平等が十分に確保されていないことをも意味する。
こうした現状を転換することは、持続可能な発展にとって極めて重要な課題であり、SDGsのなかにおいても日本が優先的に取り組むべき課題である。
優先課題1の「あらゆる人々の活躍の推進」を適切に実施していくためには、目標4、5、8、10が優先課題であることを明記し、実施していくことが必要である。
提案2:「4. 実施のための主要原則」の⑥に「国際法との整合性:優先課題に取り組むにあたり、国際法に対するコミットメントを確認するとともに、国際人権法を含む国際法の下での権利と義務に整合する形で課題に取り組むことを確認する」との文言を加える。
(理由)
「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下「2030アジェンダ」)においては、国際法及び国際人権法に関して、以下の言及がある。[2]
パラグラフ10: (主要原則)新アジェンダは、国際法の尊重を含め、国連憲章の目的と原則によって導かれる。世界人権宣言、国際人権諸条約、ミレニアム宣言及び 2005 年サミット成果文書にも基礎を置く。
パラグラフ18:我々は国際法に対するコミットメントを確認するとともに、新たな開発目標は、国際法の下での権利と義務に整合する形で実施することを確認 する。
パラグラフ19: (人権) 我々は、世界人権宣言及びその他の人権に関する国際文書並びに国際法の重要性を確認する。
上記の記載のとおり、SDGs の実施指針の策定にあたっては、国際人権法を含む国際法との整合性が要求されている。しかしながら、現在の実施指針においては、国際人権法を含む国際法に対して一切言及がない。
そのため、主要原則に「国際法との整合性:優先課題に取り組むにあたり、国際法に対するコミットメントを確認するとともに、国際人権法を含む国際法の下での権利と義務に整合する形で課題に取り組むことを確認する」との文言を加えるべきである。
提案3:「4. 実施のための主要原則」の「②包摂性」の項目の中の「脆弱な立場におかれた人々」の例示として、「外国人」「民族的・宗教的マイノリティ」「被差別部落」「先住民族」「性的マイノリティ」を追加する。
(理由)
現在、「包摂性」の項目の中では、脆弱な立場におかれた人々の例示として「子供、若者、高齢者、障害者、難民、国内避難民」が挙げられている。
このうち、「子供、若者」については「児童の権利に関する条約」の保護対象、「障害者」については「障害者の権利に関する条約」の保護対象にそれぞれ対応するものであるが、日本も批准している「人種差別撤廃条約」の保護対象に対応するものとしては、「難民」が記載されているのみである。難民が脆弱な立場に置かれていることには当然であるが、人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して、在日コリアン、被差別部落、アイヌ、琉球・沖縄等の、定住外国人並びに民族的マイノリティ及び先住民族に対する人種差別の問題を再三にわたって指摘している点を忘れてはならない[3]。
また、人種差別撤廃委員会及び自由権規約委員会では、宗教的マイノリティ、とりわけイスラム教徒に対する日本政府による監視の問題が近時取り上げられており[4]、「宗教的マイノリティ」に対する差別についても焦点を当てる必要がある。加えて、自由権規約委員会及び女性差別撤廃委員会等からは、性的マイノリティに対する差別の問題についても指摘がなされており[5]、「性的マイノリティ」についても「脆弱な立場におかれた人々」のカテゴリーとして認識する必要がある。
以上を踏まえ、「脆弱な立場におかれた人々」の例示として、「外国人」「民族的・宗教的マイノリティ」「被差別部落」「先住民族」「性的マイノリティ」を追加すべきである。
- 実施指針付表骨子に関する意見
提案1:具体的施策を検討するにあたっては、既存の政策を羅列するのではなく、過去の人権条約機関からの勧告の内容を実現するためにはどのような施策が必要かという観点から課題を整理すべきである。
(理由)
現行の「付表骨子」は、各省庁から提出された既存の「具体的施策」を8分野に縦割りで並べたものに過ぎず、「誰一人取り残さない」というSDGsの目的を日本国内で実施するためにはどのような施策が必要かを検討して作られたものではない。
上記「1.(2).提案.2」の(理由)に記載のとおり、2030アジェンダにおいては、SDGs の実施に際して、国際人権法及び国際人権基準を遵守するものとされている。
このうち、SDGsの日本国内での実施に最も関連する国際人権基準は、日本が批准している国際人権諸条約及び同条約の実施機関である、各条約機関が日本政府に出した勧告の内容であるといえる。
したがって、SDGsの国内実施の過程においては、SDGsのGoal1からGoal 16の全てについて、人権条約機関の勧告の内容に沿った実施手段が検討されなければならない。
例えば、Goal 1の貧困であれば、社会権規約委員会が日本政府に対して出した勧告の内容を実施することがSDGsの国内実施原則に含まれなければならない(女性や民族的マイノリティの貧困については、女性差別撤廃委員会や人種差別撤廃委員会の勧告も参照する必要がある。)。同様に、Goal 4の教育の問題であれば、子どもの権利委員会の勧告内容、Goal 5の女性の問題であれば、女性差別撤廃委員会の勧告内容が参照されなければならない。
提案2:骨子7の「平和・安全・ガバナンス」の「国内」の項目に、包括的な差別禁止法の制定、及び、パリ原則に準拠した独立した国内人権機関の設立を検討課題として追加すべきである。包括的な差別禁止法の制定及び国内人権機関の設立にあたっては、内閣府を窓口として、省庁横断的な対応を行うべきである。
(理由)
(i)差別禁止法に関して
SDGsのTarget 16.bにおいては、「持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する」とされている。非差別的な法規を推進するためには、自由権規約委員会、社会権規約委員会、女性差別撤廃委員会、人種差別撤廃委員会の度重なる勧告を踏まえ、包括的な差別禁止法の制定が必要になる(包括的な差別禁止法の設定が必要であることについては、各委員会が再三にわたって日本政府に対して勧告を出している。)。
特に、人種差別(外国人、移住者、部落差別、アイヌ差別等を含む。)の分野においては、日本政府の対応の遅れが目立っている。例えば、女性や障害者に関しては、内閣府の男女共同参画局や、内閣府の障害者政策委員会など、不十分ではあるものの省庁横断的な対応が図られているが、人種差別に関してはこのような形での内閣主導での政策決定が一切行われていない。本来は、内閣府にこのような人種差別・外国人差別を専門的に取り扱う審議会を設けた上で、包括的な人種差別・外国人差別の禁止に向けた施策を立案すべきである。また、かかる審議会には、人種差別等を受けている当事者が委員として加わるべきである(SDGsのTarget 16.7「あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する」に基づく要請である。)。
以上を踏まえ、「平和・安全・ガバナンス」の国内課題として、内閣府を担当とする差別禁止法の制定が明記されなければならない。
なお、「差別の解消」に関しては、「1.あらゆる人々の活躍の促進」の項において、法務省主導による「心のバリアフリー」の推進が掲げられているが、これは、高齢者や障害者への差別の解消に向けた啓発にとどまっており、差別禁止法の制定が課題として掲げられていない点で不十分である。
(ii)国内人権機関に関して
SDGsのTarget 16.aにおいては、「特に開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆるレベルでの能力構築のため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化する」とされている。「関連国家機関を強化すること」は途上国のみならず、先進国にも要求されており、2016年3月の第47回国連統計委員会におけるSDGsのグローバル指標枠組み合意においては、16.aの指標として、「パリ原則に準拠した独立した国立人権機関の存在の有無」が挙げられている[6]。包括的な差別禁止法の効果的な実施、及び、人権侵害の実効的な救済のためにも、国内人権機関の設立は不可欠であるから、包括的な差別禁止法の設立とあわせて、国内人権機関の設立についても国内の課題として検討がなされるべきである。
提案3: 骨子に掲げられている課題がSDGsから乖離しないよう、個々の目標に即した課題設定とすること。とりわけ、以下の課題を明確に位置付けた取り組みとすること。
目標4-3 2030年までに、すべての人々が男女の区別なく、手の届く質の高い技術教育・職業教育及び大学を含む高等教育への平等なアクセスを得られるようにする。
目標5-1 あらゆる場所におけるすべての女性及び女児に対するあらゆる形態の差別を撤廃する。 目標5-2人身売買や性的、その他の種類の搾取など、すべての女性及び女児に対する、公共・私的空間におけるあらゆる形態の暴力を排除する。 目標8-5 2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一労働同一賃金を達成する。 目標8-6 2020年までに、就労、就学及び職業訓練のいずれも行っていない若者の割合を大幅に減らす。 目標8-8 移住労働者、特に女性の移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者など、すべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する。 目標10-1 2030年までに、各国の所得下位40%の所得成長率について、国内平均を上回る数値を漸進的に達成し、持続させる。 目標10-4 税制、賃金、社会保障政策をはじめとする政策を導入し、平等の拡大を漸進的に達成する。 |
(理由)
前述のとおり、日本では、高すぎる教育費が若者の希望を奪い、少子化の深刻な原因ともなっていること、ジェンダーギャップ指数が諸外国に比しても著しく低く、ジェンダー平等が実現していないこと、ディーセントワークが実現せず、過労死、ブラックバイト等の過酷労働が今も深刻であること、格差と貧困が拡大していること、により持続可能な成長が深刻に阻害されている。このような事態は、日本が批准する国連社会権規約、女性差別撤廃条約の要請が適切に実施されておらず、人権と平等が十分に確保されていないことにほかならない。こうした実態を直視したかたちで、行動計画は策定されなければならない。特に上記の目標4,5,8,10中の各ターゲットを明記した形での指針策定が求められる。
- その他の提案
- SDGs の実施にあたっての、国際人権法の重要性を確認するため、外務省内部においても国際協力局のみがSDGsの実施に窓口になるのではなく、人権人道課などとも協力しながら、SDGsの実施指針の策定に取り組んでいただきたい。
- 「ビジネスと人権の観点に基づく、持続可能性に配慮した民間セクターの様々な取組は、環境、社会、ガバナンス、人権といった分野での公共課題の解決に民間セクターが積極的に関与する上で重要であるのみならず、こうし
た分野での取組を重視しつつあるグローバルな投資家の評価基準に対し、日本企業が遅れをとらずに国際的な市場における地位を維持するためにも極めて重要」との認識を概ね共有し、「このための環境づくりに向けた政府の施策を進めると共に、民間セクターの取組を後押しする」との方針を歓迎する。
このための具体的な取り組みとして、国連ビジネスと人権に関する指導原則を実施するための国別行動計画の速やかな策定と実施、欧米諸国の取り組みにあわせた非財務情報(ESG等)開示の法制化、責任あるサプライチェーンおよびサプライチェーン透明化にむけた取り組みの実施を要請する。
以上
[1] 2016年9月12日に公表された「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」における配布資料の中の「SDGs実施指針(たたき台)」においては、 「人権」という用語は一言も含まれていなかったことから比較すると、現在の指針案は前進していると評価できる。
[2] 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(外務省仮訳)http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf
[3]過去の人種差別撤廃委員会による日本政府に対する勧告については以下の 外務省のホームページを参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/
[4]直近の自由権規約委員会の最終見解(2014年7月)については以下を参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000054774.pdf
人種差別撤廃委員会の最終見解(2014年8月)については以下を参照。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000060749.pdf
[5]直近の自由権規約委員会の最終見解(2014年7月)については以下を参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000054774.pdf
直近の女性差別撤廃委員会の最終見解(2016年3月)については以下を参照
http://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/CO7-8_j.pdf
[6] IGESの翻訳によるSDGsグローバル指標案(仮訳)を参照。
http://www.iges.or.jp/files/research/integrated-policy/PDF/20160819/Ref2.pdf