【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか? 性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、「【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって」を発表致しましたので、ご報告致します。

 

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって


【声明】

被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?

性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 東京に拠点を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、2021年5月21日に法務省「性犯罪に関する刑事法検討会」から公表された取りまとめ報告書を受け、「性犯罪の処罰規定の本質」である「被害者が同意をしていないにも関わらず性行為を行うこと」を捕捉できる刑法となるよう法務省が具体的条文案を要綱として作成すること、法制審議会に責任をもって諮問すること並びに被害者の救済に資する法改正に向け、国会が主導的役割を果たすことを求める。

 被害者の視点に立った刑法性犯罪規定の改正を求める広範な社会の世論を受けて、2020年4月に法務省内に性犯罪に関する刑事法検討会が設置された。約1年の検討を経て、2021年5月21日、取りまとめ報告書が公表された。

 本検討会には被害当事者や被害者支援にあたる専門家が参加し、被害の実態に沿った刑法性犯罪規定の改正について幅広い論点が真摯に議論された。

 しかしながら、取りまとめ報告書では、論点は整理されたものの、法改正に関する明確な方向性が示されなかったことは遺憾である。

 2019年3月の4件の無罪判決を受けてHRNは、一般社団法人Spring並びにVoice Up Japanとともに、国際水準に即して ①不同意性交等罪の創設、②性交同意年齢の引き上げ、③地位関係性を利用した性犯罪規定の導入を求め、10万筆を超す署名を集めた。この署名で示された声を立法に反映させるべく、HRNは2020年6月に今回の法改正で最低限度実現されるべき、しかも実現可能な性犯罪規定を具体的に提案し、これが検討会の取りまとめに反映されることを期待した。この改正案は、諸外国ですでに採用されていて、運用にあたって特段の問題が報告されていない立法例を日本でも導入することが合理的であると考え、提起したものである。

 ところが検討会では、多くの委員から改正に対し積極的な意見が提起されたにも関わらず、結果的に被害者の視点に即した具体的な制度改正の提案が結実しないまま終了している。市民や被害者の切実な声を反映した改正が提案されず、問題を先送りするかのような結論になっていることには深く失望せざるを得ない。

 

1 不同意性交等罪

 

 検討会での議論において最も大きな焦点となったのは不同意性交等罪の創設である。

 検討会は「性犯罪の処罰規定の本質は,被害者が同意していないにもかかわらず性的行為を行うことにあるとの結論に異論はなかった」としている(取りまとめ報告書4頁第3の1(1)ウ)。しかし、結果としては諸外国で制定されている「不同意性交等罪」を導入するとの結論には至っていない。

検討会は「単に被害者の『不同意』のみを要件とすることには,処罰の対象を過不足なく捕捉することができるかという点で課題が残り,処罰範囲がより明確となる要件を検討する必要がある」とし(6~7頁第3の1(2)ア(ウ))、手段要件の列挙を検討した。しかし、「欺罔」「威力」などの、刑法上客観的構成要件として確立された手段要件ですら反対論があり、合意に至っていない。

 一方、「列挙された手段や状態の実質的意味を示す包括的な要件を設けるべき」との議論を受け(9頁第3の1(2)ア(エ))、その包括的要件として「その他意に反する性的行為」、「抗拒・抵抗が著しく困難」、「抗拒・抵抗が困難」などが提案された(9頁第3の1(2)ア(エ))。ところが、『意に反する』という要件については、「それ自体不明確で,罪刑法定主義の観点から問題がある」(9頁第3の1(2)ア(エ)⑥)などの反対意見があり、一致を見ていない。

 他方、「抗拒・抵抗が著しく困難」、「抗拒・抵抗が困難」との要件については、刑法178条の「抗拒不能」と結局どう異なるのか明確でない。刑法178条の「抗拒不能」要件は、2019年3月の無罪判決においても、基準が不明確で曖昧な要件であるため、一部の裁判官が性犯罪に直面した被害者の心理を十分に理解しておらず、独自の経験則を用いて判断する場合があるため、裁判官によって判断のブレ幅が大きくなり、裁判規範として機能していないということが問題視され、今回の改正論議が発生したことに鑑みるなら、再び類似の曖昧な規定を導入した結果、不同意性交が過不足なく処罰されるかは著しく疑問と言わざるを得ない。

 HRNは、類型的に不同意を表す具体的な構成要件とともに、ドイツ刑法の「その者の認識可能な意思に反して、その者に対して性的行為をした」ことを犯罪とするNo Means Noの法制度を今回の改正で提案した。

 相手方の客観的に示された拒絶意思を認識すべき行為者が、それを無視して性行為を実行・継続することは、性的自由及び性的尊厳の侵害として明らかに当罰性があり、構成要件上不同意であることに何ら疑義はないのであるから、その改正を見送る合理的根拠は乏しく、再度真摯に検討されるべきである。

 なお、検討会では「人が性交等に至る心理状態や意思決定は単純ではなく,葛藤,悩み,思惑,打算など様々な過程を経て一定の決断に至るものであり,どこまでを『意に反する』と評価できるかは明確ではない」(10頁第3の1(2)ア(エ)⑦)「被害者が不同意であったか否かが必ずしも明確ではない場合,あるいは,被害者が困惑したり,悩みながらも最終的には性行為を受け入れた場合のように,同意・不同意のグレーゾーンに位置する事例」(検討会第8回議事録15頁)があるなどの見解が示された。しかし、ひとたび性行為に不同意であるという客観的に認識可能な拒絶の意思表示を示した者に対し、再度行為を求め、悩ませたり困惑させて性行為を受け入れさせることは、強要であり、不同意性交としか評価できない。

 人権やジェンダー秩序における権力関係の視点に立った性行為の同意の意義や重要性に関する理解が欠如した意見が一部の検討会委員から繰り返し示され、その意見が結論に影響を与えたかにみえることは極めて遺憾である。

 取りまとめ報告には、「我が国では『性的同意』という概念が浸透しておらず,社会的に何を性的行為の同意と見るかが曖昧で,明確な拒絶の意思表示がないことが同意を示すものではないということが理解されていないため,性的行為に対する同意の在り方について国民の間で議論することが必要である」との指摘がある(4頁第3の1(1)ウ④)。

 すでにフラワーデモに示されるとおり、社会的には広く性行為に関する同意が議論されており、性行為の同意に関する検討会の議論は、むしろ社会の趨勢とかけ離れている。人権を保障するための法制度は、国民の間の議論が成熟するまで待つのでなく、国の政策・価値判断としてまず導入し、意識を喚起することが必要である。

 以上の理由からHRNは、法制審議会には、性暴力被害者が求める不同意性交等罪導入を前提とした諮問がなされることを改めて強く求める。

 

2 地位関係性利用型性犯罪規定

 HRNは、教師やコーチと生徒、上司と部下、施設職員と入所者など、具体的な地位関係性を列挙した上で、年齢を問わず、地位関係性を利用した性犯罪規定を創設することを求めてきた。しかし、検討会で何ら具体的な法改正提案がなされていないことは、極めて遺憾である。

 検討会は、現在社会問題となっている教師による児童への性被害について、「教師・生徒の関係であっても、生徒が高校生の場合には、両者の上下関係が逆転することが無視できない程度に起こり得るので,同意の有無を問わずに一律処罰することは適切ではない」(15頁第3の1(3)ア(イ)⑧) 、「児童との関係性は多様で影響の程度に濃淡があることから,教師やコーチによる児童との性的行為を一律に処罰することには疑問」(同⑩)などとして、地位関係性を利用した性犯罪規定の導入という結果を出せていない。また「客体が障害を有しない成人である場合には、類型的な脆弱性がないので、一定の地位の優劣があっても対等である場合が十分考えられる」(18頁第3の1(3)ア(エ)⑦)などとして、被害者が成人の場合に、上司、教師、施設関係者等が地位関係性を利用して性行為に及ぶ場合に処罰する規定の創設にはより一層消極的である。

 しかし、そもそも学校における懲戒権(学校教育法11条)を前提とした教師と生徒が対等な人間関係であるはずがなく、また成人であっても、上司と部下のように地位関係に支配従属性がある場合、対等な関係でないことは明らかである。

 地位関係性を利用した性犯罪は、被害者の類型的な脆弱性に起因するものではなく、支配的・権力的な関係性を背景に、地位関係を利用して性関係を迫ることに本質がある。検討会でも一部の委員から指摘があったにも関わらず、こうした問題状況を検討会全体として正しく認識していないとしか言えない状況は、被害者の視点に立った改正とは言いがたい。

 検討会では、成人の脆弱性を一律に否定する意見が多いが、社会に出たばかりで社会的地位を確立できていない若年者、特に女性が新たな地位関係性の中で性被害に遭いやすい現実が全く理解されていない。#MeToo運動の発端となった映画製作プロデューサーと女優の事件や、日本における就活セクハラ、著名フォトジャーナリストによる性暴力事件など、拒絶すればいかなる報復を受けるかしれない、居場所や生きる道をなくすかもしれないという圧倒的に弱い立場の者が、即座に有効な拒絶の意思表示をできなかったり、フリーズするなどの被害は数多くある。だからこそ不同意性交等罪(No Means No)で捕捉できない性被害を救済する規定の創設が求められるのである。

 台湾刑法が「性交するために、家族、後見人、家庭教師、教育者、指導者、後援者、公務員、職業的関係、その他同種の性質の関係にあることが理由で、自身の監督、支援、保護の対象になっている者に対する権威を利用した者」を処罰するとした規定を参考に、同様な規定を提案しているところ、日本でも同種の規定が導入できない理由はない。

 以上の理由からHRNは、年齢を問わず、地位関係性を利用した性犯罪規定の創設が、法制審議会に諮問されることを改めて強く求める。

 

3 性交同意年齢

 諸外国で性交同意年齢の引き上げが進められている。検討会でも引き上げの必要性が多くの委員から指摘されたにも関わらず、具体的な引き上げ年齢を示して合意できなかったことに深く失望する。

 HRNは、国際社会の趨勢に即し、日本においても性交同意年齢を16歳へ引き上げること、また子ども同士の性行為に関する懸念があることを踏まえ、諸外国で導入されている年齢差要件についても提案したものの、検討会は具体的な改正について合意に至らなかった。

 一方、検討会では、「性交同意年齢を引き上げるか否かにかかわらず,その年齢には達しているものの,意思決定や判断の能力がなお脆弱といえる若年の者(中間年齢層の者)に対する性的行為について,その特性に応じた対処を検討する必要があることについては,認識が共有された。」とするが(27頁第3の1(4)ウ)、具体的な制度設計が示されていない。

 子どもに関する性被害は極めて深刻な子どもに対する暴力であり、人権侵害である。加害者が監護者にあたらない場合には、13歳以上でも未成年の被害者を、成人と同様の構成要件でしか保護しない現状を放置することは、子どもを性暴力から守る私たちおとなの義務を放棄することにほかならず、早急な対応が必要である。

 以上のように、性交同意年齢の引き上げは急務であり、年齢を16歳に引き上げることが法制審議会に諮問されることを、HRNは改めて強く求める。

 

4 性的姿態の撮影行為に対する処罰規定

 検討会では、同意なく性的な姿態を撮影する行為を処罰する必要性について、処罰規定を設けるべきとする意見が多く述べられ(39〜40頁第3の1(8)ア(イ))、適切な構成要件の在り方について更に検討すべきと指摘されている。

 また意思に反して撮影された性的姿態の画像を第三者に提供する行為を処罰する規定についても同様に、適切な構成要件の在り方について更に検討すべきと指摘されている。

 検討会において、性的姿態の撮影行為に対する処罰の必要性が多くの委員の間で共有された一方で、一部の委員から、「強制性交等罪の暴行・脅迫の要件の改正内容によっては、行為者の側が、認識の相違による被害申告等に備え、相手方の同意の存在を立証するため、撮影の同意を得ないまま性交等の一部始終を撮影することが起こり得るところ、そうであるとすれば、撮影行為を処罰する規定を設けるべきでない」という意見が述べられた(40頁第3の1(8)(イ)⑤)。

 しかし、相手方の同意の存在を立証するため、同意を得ないまま撮影することが起こり得るのであれば尚のこと、同意なく性的な姿態を撮影する行為を処罰する必要性がある。

 性的行為は、相手方の心身の境界線を侵害する行為であるために、相手方の同意が必要である。行為者が、客観的に認識可能な、相手方の同意を確信できないのであれば、その時点では性的行為に及ばないという選択をすれば足り、相手の同意を得ないまま性交等を撮影してまで、性的行為に及ぶことを許容する理由はない。

 同意なく性的姿態を撮影する行為は、撮影時点において相手の性的尊厳を毀損するだけでない。撮影された当該画像を行為者や第三者が保持し続ける限り、性的尊厳は、毀損され続けるのである。インターネットが普及し、画像の拡散が容易な現代社会において、同意なく性的姿態を撮影された被害者は、自分の性的姿態がいつインターネット上に拡散されるのか、不安に怯える生活を強いられ続けることになる。 

 法務省においては、検討会が適切な構成要件を検討すべきと指摘したとおり、同意なく性的姿態を撮影する行為の処罰規定について、処罰規定を設けるべきかというような一行諮問ではなく、具体的な規定の在り方を要綱として作成し、法制審議会に諮問することを強く求める。

 なおアダルトビデオへの出演強要の事例が多数報告されているところ、検討会においても、刑法177条及び178条の要件の在り方と、同意のない撮影行為の処罰規定の在り方を検討したうえで、更に処罰規定を要するか検討すべきと指摘されている点は注目に値する(41頁第3の1(8)アの(エ)⑦⑧)。

 HRNは、アダルトビデオへの出演強要被害について被害実態を明らかにすること並びにその法的な禁止と被害者への法的救済を求めてきた。被害は極めて深刻であり、これは女性に対する重大な人権侵害であると政府は位置づけている。これを機会に、出演強要による動画の撮影、販売・頒布を処罰するとともに、動画を速やかに回収することができる法的な仕組みが求められる。

 一方、下着の盗撮画像、アスリートの性的姿態の無断撮影、児童ポルノとして捕捉されない少女の性的姿態の動画及び画像撮影による被害といった問題があり、インターネットの普及により半永久的に流通・氾濫しているが、何ら救済手段もない。条例などによる盗撮処罰は法定刑が軽く、構成要件が著しく限定され、被害実態を捕捉しきれていないことから、明確な刑罰規定を検討すべきである。

 HRNは、2014年の検討会では検討されなかった新たなこの課題についても、上記のように適切な形で法制審議会に諮問されることを強く求める。

 

5 最後に

 HRNは多くの市民、性暴力被害者の方々と共に国際社会の趨勢に従い、被害の実態に沿った刑法改正を求めてきた。

 性的自由及び性的尊厳はかけがえのない人権であり、刑法によって保護されるべき重要な法益である。日本に住む女性や被害者のみが、諸外国に比して低い水準の保護しか受けられず、不同意による性被害が処罰されない事態の継続を甘受せよという結論は容認できない。

 検討会では2017年法改正に先立つ議論よりも、不同意性交を処罰する可能性についてはるかに真摯な議論がなされたことには、HRNとして評価している。しかし、結果として、不同意性交等罪も導入されず、地位関係性を利用した性犯罪規定も実現せず、さらに性交同意年齢も引き上げられないままとなり、「処罰すべきものが処罰されない」現状が継続し続けることになれば、せっかくの議論が無駄になり、2017年改正法の附則第9条に市民が託した期待に応えられないと断ずるほかはない。

 日本の至る所で「魂の殺人」が今日も起こり、特に未来を担うべき世代の性が蹂躙され、未来そのものに取り返しのつかないダメージを与えている。刑法性犯罪規定の改正を先送りすることは、これからの日本を担う世代の希望と未来を損なうことに等しい。

 いかなる立法提案も、主権者が選定していない専門家の意見によってのみ決められ、市民の望むかたちでの改正が葬り去られることがあってはならない。最終的には主権者の付託を受けた国会議員と政府によって、責任をもって改正の方向性が示されるべきものである。

 HRNは法務省に対し、原点に戻った抜本的な改正を再度要請し、改めて、当団体の提起した提案に即した立法を実現することを求める。具体的には、少なくとも、不同意性交等罪、性交同意年齢の引き上げ、地位関係性を利用した性犯罪規定の創設、性的姿態の撮影行為に関する処罰規定は、条文案となる要綱を作成して法制審議会に諮問し、法改正に責任を持った対応をすることを強く求める。

 そして法制審議会の構成員には、学者だけでなく、性被害の支援に関わる専門家および被害当事者の参加が不可欠である。法の成り立ちや制度設計について、刑法学者が専門家であっても、被害の専門家は、被害体験を有する被害当事者に他ならない。被害の実態に沿った刑法になるためには、これまで専門家とよばれてきた、刑法学者や医学関係者だけでなく、被害の専門家としての被害当事者の視点なくしては達成できない。今回の改正の趣旨に照らし、性被害の支援に関わる専門家および被害当事者が委員の50%を占めるような人員構成を要請する。

 同時に国会議員は、法制審議会の審議に白紙委任するのでなく、あるべき法改正を目指して主導的役割を果たすようHRNは求める。

以上

 

参考

・法務省「性暴力に関する刑事法検討会 取りまとめ報告書」(令和3年5月)

・法務省「性犯罪に関する刑事法検討会(第8回)」(令和2年11月)