カンボジア調査報告①―クメール・ルージュ法廷(山本晋平)

 

*ヒューマンライツ・ナウでは2006年10月1日から9日にかけて、事務局員4名をカンボジアに派遣し、カンボジア特別法廷への要請及び同法廷に関する現地NGOとの意見交換、更に、カンボジアの人権状況、特に子どもと女性の人権状況の調査を実施しました。調査によって明らかとなった点について、(1)カンボジア特別法廷、(2)カンボジアにおけるトラフィッキング被害の状況、(3) バンテアイミンチェイ刑務所訪問の3編に分けて、ご報告いたします*

カンボジア調査報告①―クメール・ルージュ法廷(山本晋平)

1.カンボジア特別法廷の概要

【クメール・ルージュ政権期の大規模人権侵害】
クメール・ルージュ(カンボジア共産党、ポル・ポト派)政権期とは、1975年4月から1979年1月を指しますが、この時期の人権侵害は、広汎で多岐にわたっています。例えば、前政権の関係者、「非共産主義者」(非党員)に対する拷問や処刑、「敵のスパイである」「階級的・思想的に問題がある」などの理由による党内粛清があったことは、広く知られています。知識人・海外からの帰国者などもほとんどが殺害されたとされています。また、都市から農村への移住を強い、「集団農場」での強制労働および飢餓・疾病などによっても多くが命を失われたとされています。女性に対する人権侵害(強制結婚、集団強姦)など一層の解明がなされるべき人権侵害もあると言えます。

【特別法廷設置までの道のり】
親ベトナム政権が成立し、クメール・ルージュが中央政権から追われた1979年以降も、クメール・ルージュは、中国やタイなどの支援をうけながら、カンボジア西部などを拠点に抵抗を続け、シハヌーク派、ソン・サン派と反ベトナム三派連合を結成し、内戦が継続しました。当時、アメリカや日本を含む国際社会も、親ベトナム政権の正統性を認めませんでした。
その後、1991年パリ和平協定が調印され、国連による暫定統治(UNTAC)を経て、1993年に制憲議会選挙、憲法公布、新憲法に基づく政権がカンボジアに樹立されました。
1996年のイエン・サリ投降に始まるクメール・ルージュ幹部の投降などを経て、ようやく国際社会にクメール・ルージュ裁判の機運が盛り上がり始めます(ただし、カンボジア政府は、このとき、イエン・サリを恩赦としました。この恩赦の有効性は、今後のECCC裁判における争点の1つとなるでしょう。なお、ポル・ポトは、1998年に死亡しました)。国連人権委員会、国連総会の勧告、カンボジア政府の支援要請などを受けて、アナン事務総長は、クメール・ルージュ裁判問題を検討するための専門家パネルを設置、1999年にその専門化パネルの報告書が提出されました。その後、国連とカンボジア政府との特別法廷に関する交渉は紆余曲折を経ますが、2001年にカンボジア政府が特別法廷(ECCC)設置法を制定した後、2003年にカンボジア政府と国連がようやく合意に達し、これに基づいて2004年に設置法が改正されました。

【ECCCとは?】
ECCCは、カンボジア法上の国内裁判所ですが、国連との合意に基づき、国連事務総長が任命する判事・検事や他のスタッフが一定数を占め、予算も国連加盟国分担分が相当な割合を占めるなど、国連の関与も大きく、混合法廷の側面を持っています。また、上級審判事に日本から野口元郎元検事が任命され、国連加盟国分担予算の内、半分以上を日本が負担しているなど、日本の寄与が大きい法廷でもあります。審理対象は、1975年4月17日から1979年1月6日の民主カンプチア政権期に犯された重大犯罪(ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪その他)であり、起訴対象は同政権の高官(Senior leaders)及びこれらの犯罪に最も責任がある者に限定されています。
2004年以降、予算措置、特別法廷の場所の確定、判事・検事の選任プロセスなどを経て、本年2月に特別法廷のオフィスがプノンペン郊外に設置されました。

【訪問時の状況】 
HRNの訪問当時、ECCCはスタッフも100人以上の体制となっていて、段々と、裁判が近づいて来ていることを実感しました。2006年5月には、29人の判検事らが(国際・国内ともに)最高司法評議会(Supreme Council of Majesty)によって正式に任命され、7月3日に宣誓式が行われました。同月10日には、検事らが捜査を開始し、9月11日には捜査判事らが業務を開始しています。内部規則については、7月にワークショップを開催した上で、9月11日、内部規則委員会が最初の会合を持ちました。なお、従前、弁護人について外国人にも道を開くか否かが問題となっていましたが、訪問時点では、可能とすることが決まっていました。

【内部規則委員会】
内部規則委員会とは、ECCCの手続・運営について、ECCC設置法やカンボジア刑事訴訟法だけでは必ずしも明らかでない詳細な規則をドラフトするための委員会です。私たちの訪問時は、「毎日、午前中、ずっと委員会で議論しているよ。」という、まさにドラフト作成の真っ最中でした。委員会の5人の委員のうち、議長を含む3人はカンボジア人で、2人が外国人という構成です。(このように、ECCCでは、常に、カンボジア側を1人多くするとか、主担当をカンボジア人・副担当を外国人とするといった人員配置がされています)。事務次長(リー)の法律顧問であるバスー氏がこの委員会をサポートし、ドラフトの叩き台の作成などにかなり関与している模様でした。
私達の訪問後、ドラフトは全判事の内部回覧に付された上で、11月3日、パブリック・コメントのために公表されました。パブリック・コメントの締め切りは11月17日、その後、11月20日から25日に全判事がカンボジアで集まって内部規則を正式決定する予定となっています。

【その他の動き】
内部規則の委員会とは別に、裁判所運営委員会(Judicial Administration Committee)が設置されていました。気になる法廷傍聴との関係では、①外交関係者(カンボジア以外の各国政府関係者)とNGO、②報道関係者、③その他一般の3つのカテゴリーに分類する予定ということでした。
私達は、カンボジア特別法廷として使われる予定の建物にも、中に入れてもらって見てきました。500人入るホールですが(まだ法廷としての内装に作り変えられてはいませんでした)、席が足りなくなることが予想され、NGOの登録手続やローテーションなどを考える必要があるだろう、という話でした。また、公判は、テレビ・ラジオでの生放送、または、それに準ずる形での放送を考えているとのことでした。

2.被害者参加について

【ECCCでの扱い】
被害者参加には、①証人、②告訴(捜査要請)、③当事者(付帯私訴。被害者が、刑事裁判の中で、民事的な訴えを被告人に対して同じ手続で提起できる制度)の3つの形態が考えられます。ECCCに適用される法律としては、まず、カンボジア法、ECCC法がありますが、ECCC法では、被害者の役割は不明確で、唯一、上訴権を有する、という形で触れられているだけです。被害者参加を直接はっきりと定めた規定が無いのです。ただ、上訴権があることを、カンボジア刑事手続法と合わせて考えるならば、カンボジア法上の付帯私訴の権利が前提になっているとも考えられます。もっとも、被害者の権利の実現にあたっては、①被害者が非常に多いこと、②ECCC
の予算と時間が限られていること、③国ではなく被告人に対する手続であり金銭補償等は現実的には難しいことなどを考慮する必要があります。
HRNは、紛争後の平和構築における正義と国民和解の達成といった観点からも被害者参加が重要であることから、今年9月13日付けで「Justice for Victims – Fundamental Issues for the Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia (被害者に正義を – カンボジア特別法廷についての基本的論点)」を作成、公表していました。
この被害者参加の問題について、HRNはカンボジア訪問時にECCC関係者に対してHRNの考え方を説明し、意見交換しましたが、その後、公表された内部規則案では、被害者が付帯私訴の民事当事者(civil party)として刑事手続の中で参加できる案となっています。また、補償措置に関しては、裁判所によって集合的・象徴的な補償命令も出せる規定があるなど注目されます。訪問時には、ECCC関係者から「現実的には、謝罪だけになるという可能性もある。しかし被害者にとっては、被害を語る場が与えられることそのものもが補償措置の一つとなり得ると理解している。」という声が聞かれました。被害者の数が多いので、参加の形態としては、個別審理ではなく集団審理が現実的ですが、内部規則ドラフトでは、被害者団体の役割が位置付けられていると共に、代理人リストをカンボジア弁護士会またはECCC事務局が作成し、被害者がそのリストから代理人を選ぶという案が提示されていて、集団的代理が想定されていると言えます。ドラフトでは、外国人もこの代理人リストに含む案となっています。
もっとも大きなポイントになりそうな点は、被害者担当部局(Victims Unit)が設置されるかどうか、です。訪問時、リー事務総長は、「被害者(証人)保護」については、重要性を認識しているものの、それを超えた被害者参加については、予算上の限界があると述べていましたが、公表されたドラフトでは、”For Discussion” という形で提案され、予算が得られるならば、という条件付きの提案となっています。この点、実際に予算措置が講じられ、設置までこぎつけることができるか、予断を許さない状況であり、私達としては、すでに意見書に述べたように、引き続き、設置を求めていきたいと考えています。

3.NGOの活躍
ECCCでの被害者参加問題については、FIDHと共に積極的な活動を行ってきたADHOCのほか、地道で有意義な活動を多くしているDC‐CAMも重要性を認識しています。Center for Social Development (CSD)や、KID (Khmer Institute of Democracy)も、被害者問題に積極的です。また、フランスのNGOグループであるCVIC-KRは意見書を作成して強力な提言を行ってきました。
これらのNGOに対して、国際NGOながらカンボジアに事務所をもつOSJIは、これまでECCC問題に積極的に関与してきましたし、カンボジア弁護士を中心とした有力NGOであるCDPもECCCについて提言などを行ってきましたが、被害者問題については、これまで主な活動の対象ではなかった、と言えます。しかし、内部規則案で、被害者の役割が明らかになってきた今、これからの活動が注目されます。コミュニティ・エデュケーションなどの活動をしてきたCCHRにも、被害者参加の観点からの一層の活動が期待されます。
 私達は、今回、DC-Cam、ADHOC、OSJI、CDPなどを訪ねましたが、全体的な印象としては、HRN意見書は、事前におおむね読まれていたようですし、肯定的な評価を得ていたのではないか、という印象を受けました。

4.カンボジアの司法全般に対する影響など
  カンボジアの司法が、行政から独立していないこと、さらに腐敗の問題は、ECCC関連の活動をしているNGOに加えて、OHCHR、IOM、AFESIPなどの訪問の際にも繰り返し指摘されました。こうした中で、ECCCがカンボジア司法全体に与える影響については、期待を込めた意見が多く聞かれました。特に、DC-CamやCDPは、この観点を重視していたようですし、在カンボジア日本大使館でも、この観点からも有意義な法廷となることを期待する声が聞かれました。

5.HRNの今後の活動
  今後、内部規則案に対するパブリック・コメントを含め、被害者参加の具体的な方途について提言していければ、と考えています。カンボジアのNGOと協力しながら、どのような取り組みが可能か、真剣に考えていきたいと思います。また、被害者担当部局(Victims Unit)の設置も強く望まれます。
さらに、来年以降は、公判が始まると見込まれます。法廷傍聴などを通じたモニタリング活動を行っていく予定ですが、公判前の捜査プロセス(検事だけでなく、捜査判事も関わっています)についても注意を払わなければなりません。
カンボジア現地に対する貢献とあわせて、日本での情報発信なども今後どのように取り組むか、考えていきたいと思っています。

(HRN事務局 弁護士 山本晋平)