【報告書】中国籍漁船上でのインドネシア人移民労働者に対する人権侵害事件を踏まえた報告書発表と水産業関連会社11社に対してのアンケート調査

東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、昨年5月に発覚した中国籍漁船上でのインドネシア人移民労働者に対する人権侵害事件を踏まえた報告書を発表すると共に、水産業関連会社11社に対し、企業・グループとしてのシーフード産業における人権ポリシー及びサプライチェーンも含めたポリシー実施に関するアンケート調査を実施することとしました。

2011年の国連ビジネスと人権指導原則の導入後、企業に対し人権を尊重する取組みが国際的にも求められています。日本においても、2020年10月に「行動計画(ナショナルアクションプラン)」が策定され、日本企業のなかでもこうした取り組みは一部に始まっていますが、日本には、EU諸国のような非財務(ESG)情報開示の法制度も未整備であり、コーポレートガバナンスコード等の現行の枠組みも、厳格なESG開示を義務付けるものとはなっていないため、どの企業がいかなる人権ポリシーを持ち、それを実施しているかが十分に開示されているとはいえない状況があります。ESG投資が国際的なニーズとなっている今日、ESG特に人権に関する方針と実施状況が開示されないままでは、投資家や消費者において、どの企業・グループの商品が「エシカル(倫理的)」なものであり、購入・投資対象としてふさわしいかの判断材料を欠いたままの選択を強いられることになりかねません。当アンケートは、こうした現状を踏まえ、各社におけるビジネスと人権に関する姿勢・取組みを社会に対して明らかにするものでもあります。

水産業における人権侵害と日本企業の関わりに関する報告.pdf

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水産業における人権侵害と日本企業の関わりに関する報告

認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ

本報告書は、2020年5月に発覚した中国漁船Longxing 629号事件を契機として、今日、世界の水産業において発生している深刻な人権侵害と日本企業との関係についてまとめたものである。現在、世界の水産業界は、漁業における海賊行為、漁業権を巡る紛争、児童・強制労働及び人身売買の違法行為等が蔓延し、労働者等に対する深刻な人権侵害問題が発生している。しかし、日本をはじめ世界各国においても水産業界の労働者等を保護する仕組みは不十分であり、実効性のある措置は採られていないのが現状である。そこで、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(以下「HRN」という)は、本報告書において世界の水産業における人権侵害の実態と日本企業の関わりを明らかにするとともに、水産業における人権侵害を解消し、透明性を確保し、持続可能な漁業慣行を確立すべく、日本政府及び日本の水産業界に対し、以下の通り解決に向けた提言を行う。

 

1.事案の概要(中国漁船Longxing 629号事件)

(1)本件経緯

本事案は、中国企業の大連海洋漁業株式会社が運営する漁船Longxing 629号(以下「本中国漁船」という)において勤務するインドネシア人乗組員を被害者とする、水産業界に蔓延する人権侵害の一例である。本事案は、2020年4月26日に本中国漁船が韓国の釜山で検疫中に、Advocates for Public Interest Law(以下「APIL」という)が乗組員のインタビューを実施したことにより発覚した。本中国漁船は、大連海洋漁業会社の指示により、13カ月間連続して西太平洋海域で航海し、違法、無報告かつ無規制漁業(Illegal, Unreported and Unregulated、以下「IUU漁業」という)に該当するフカヒレ漁を行っていた。本中国漁船にはインドネシア人乗組員が多数乗船しており、乗船期間中、彼らは過酷な労働環境に置かれ、労働権を含む多くの人権侵害を受けていた。

経緯として、インドネシア人乗組員たちは、いくつかの人材斡旋会社を経由して大連海洋漁業会社に採用されていた。しかし、同人材斡旋会社は、この船員たちに、仕事の内容、労働条件、補償条件など、実際の労働環境とは全く異なる説明を行っており、例えば、就労開始前に多額の手数料を要求され、結果として、給料のほとんどがこの手数料の返済金として控除されることとなった。彼らのうち、賃金を受領できた者でも、年間で300~400米国ドルしか受け取ることができなかった。

 

(2)人権侵害の実態

同インドネシア人乗組員の置かれた労働環境は過酷極まるものであった。一日の労働時間は18時間以上で、食事も十分に与えられなかった。そのため、彼らのほとんどが栄養失調とビタミン欠乏症に陥った。船内27人の乗組員のためのトイレは1つしかなく、インドネシア人乗組員にはシャワーの使用が禁止されていた。インドネシア人乗組員は、乗船期間中に身体的・精神的虐待を受け、副船長及び他の中国人乗組員にから継続的に暴力も受けていた。インドネシア人乗組員は、パスポートを没収されてしまったため、一年以上の乗船期間中、過酷な状況から脱出することはできなかった。

本事案における最も深刻な人権侵害は、本中国漁船航海中に病気になり死亡した4名のインドネシア人乗組員に関する問題である。本中国漁船内で飲料水が底を尽きかけたとき、インドネシア人の乗組員は、稀釈化した海水しか飲むことが許されなかった。そして、そのような環境に置かれたこともあり、インドネシア人の乗組員4名は原因不明の病気に罹患し死亡することとなった。さらに恐るべきことに、そのうち3名の遺体は、労働契約に基づいて家族に返還されることなく海にそのまま遺棄されてしまったのである。

 

(3)IUU漁業と人権侵害の関連性

本事案を契機としてHRNが特に注目しているのは、本中国漁船内で発生した人権侵害とIUU漁業の実態との因果関係である。本中国漁船による長期のマグロの遠洋漁業は法的には許されているが、それを隠れ蓑にして、本中国漁船は、国際法上違法とされているフカヒレ捕獲にも関与していた。本中国漁船のようなIUU漁業を行う船舶は、税関により同違法行為を発見されることを避けるため、長期的に海上に留まっていることが多い。そして、同IUU漁船に食料などを提供する供給船が存在し、積み荷の積み替えがこの長期的航海を可能にし、結果として、外部から孤立し遮断され実態把握が困難な状況が生まれ、乗組員に対する労働権及び人権侵害を引き起こすことに繋がっている。インドネシア人乗組員のパスポートの没収、借金による束縛、一年以上の航海による身体的拘束は、自由権規約第8条3項が禁止する強制労働に該当するものである。また、労働契約に至るまでの経緯においても、国境を越えて様々な態様による詐欺・搾取が横行しており、結果として深刻な国際人権違反である人身売買の要件も満たす場合もあると考えられる。

HRNは、日本政府、企業及び市民社会に対し、本事案により明らかにされた国際的な水産業の実態、すなわち強制労働と人身売買が蔓延しているということを認識することの重要性を訴える。日本が世界最大の水産物輸入国の一つであることを考えると、このような過酷な労働環境下で発生した人権侵害により漁獲された魚介類が、大量に日本にも輸入され、消費されていると考えられる。そのような人権侵害の発生を防ぐべく、日本政府は、IUU漁業の輸入を特定し禁止する法律を制定すべきである。日本企業も、適切なサプライチェーンにおける人権デューデリジェンス(以下「人権DD」という)を実施し、自己のサプライチェーンにおける違法行為及びそのリスクを特定し対策をとるべきである。そして、透明性の確保と責任の明確化のためには、日本企業が自己の企業活動にかかる人権侵害リスク等の非財務情報を積極的に開示しなければならない。また、人権侵害や法令・コンプライアンス違反のリスクが露呈された場合は、日本企業は、単に人権侵害を行っているサプライヤーとの取引を停止するのではなく、市場における需要者としてサプライヤーと積極的にコミュニケーションを図り、自社の影響力を行使して人権侵害や法令・コンプライアンス違反を防止する責任がある。日本企業は、自己の構築したサプライチェーンが生み出している人権侵害ないし潜在する人権侵害のリスクに対して敏感になり、日本政府・市民社会と連携して、是正・防止するべく具体的な行動を実践しなければならない。

 

2.今日の水産業界では国際的にIUU漁業が蔓延していること

本事案にあるように、国際社会における水産業の最大の問題点は、IUU漁業が蔓延していることである。IUU漁業例としては、地域・国際規制違反、海洋生態系に悪影響を及ぼす化学物質の利用や電気漁法などが挙げられる。IUU漁業は、乱獲や魚類資源の減少、結果として、生物多様性の低下につながる可能性がある。さらに、IUU漁業は、深刻な人権侵害を招いている。特に、水産業の労働者は、船上での仕事の性質上、孤立した閉鎖的な労働環境に陥りやすいため、人身売買や強制労働の被害を受けやすく、また、規制当局に把握されにくく、搾取的な労働条件、賃金引下げ、虐待を受けるリスクに常に直面している。具体的な人権侵害の例としては、一年以上の海上生活、違法な長時間労働、低賃金・無給条件、不衛生な生活環境から、過剰な暴力、身体的・性的暴行、さらには殺人に至るケースまで存在する。さらに、乱獲は、食糧と生計の源として海を頼りにしている何百万人もの人々の経済状況に悪影響を及ぼす可能性さえもある。したがって、このような問題を回避すべく、水産物の輸入国や企業は、サプライチェーン上で、IUU漁業や不法労働・人権侵害が発生しないよう事実調査を行い、人権リスクを特定し管理する責任がある。

 

3.日本に輸入されている水産物におけるIUU漁獲量

 現在、膨大な量のIUU漁業により得られた水産物が日本市場へ流入している。日本は、2019年にEU、米国に次ぐ世界第3位の水産物輸入国となり、EU・米国・日本の市場を合算すると世界の水産物貿易総額の64%を占めることとなった。2018年には、中国が日本にとって水産物の最大輸入相手国となり、その他主要な輸入相手国は米国、チリ、ロシア、ベトナム、タイとなっている

 調査によると、2015年に日本に輸入された27品目のうち、中国産イカがIUU漁業による原産地推定量として最も多かったといわれている(2万6,950トンから4万2,350トン以上で、中国からのイカ輸入総量のうち35~55%)。他のIUU漁業による原産地推定量としては、米国産のアラスカポロック(スケトウダラ)が二番目に多く(26,000トン以上で、米国からのアラスカポロックの輸入総量の 15~22%)であり、ロシア産サケが三番目となった(13,000トン以上で、ロシアからのサケ輸入総量の30~40%)

 こういったIUU漁業による水産品輸入は前例がないわけではなく、例えば、ロシア産カニは数十年前からIUU漁業と関係があったといわれている。日本とロシアが2014年にIUUガニを規制することで合意した後、ロシアからのIUU漁業によるカニは減少しているものの、日本に流入していることがわかっている。アラスカポロックもまた、グローバルサプライチェーンに内在するIUU漁業問題の一つと考えられている

 ある報告では、IUU漁業により漁獲された米国産アラスカポロックのうち2〜3パーセントが中国やベトナムに運ばれ、そこでロシアからのIUU漁業により調達されたアラスカポロックと混合され日本に輸入されている。このように、IUU漁業の削減の国際的取組みにもかかわらず、依然としてIUU漁業で漁獲された水産物が日本水産物市場に流入しているのが実情である。

 

4.日本の水産業に関する人権保障に関する法規制とその問題点

(1) 日本のIUU漁業規制の欠如

日本の水産業におけるIUU漁業規制は、世界と比較しても完全に遅れている。世界三大水産物市場のうち、EUと米国はすでにIUU漁業からの水産物の輸入に対する規制が存在する。このような規制を設けていない日本市場は、違法に漁獲された水産物の輸入が国際的に集中する傾向にある。2015年には、日本に輸入された水産物のうち約24~36%がIUU漁業で漁獲されたものと考えられ、その市場価値は16億~24億ドル(約1,650億〜約2,475億5,028万円)に至るとされる

このような日本の脆弱な輸入規制と時代遅れの漁業政策が、IUU漁業による水産物の日本市場への輸入を増加させている。2018年、日本は70年ぶりに漁業法を大幅に改正し、水産資源の持続可能な利用の確保に重点を置いて、罰則の強化、漁船への個別割当の計算方法、科学的根拠に基づいた総漁獲許容量制度を導入し、2020年12月に施行された。これは、日本においても、国内海域における海洋種を保護する取り組みが活発化していることを示しているが、トレーサビリティーの規制に関しては、まだまだEUや米国より制度的に遅れているのが現状である

 

(2)トレーサビリティの確保の重要性〜EUと米国の法規制〜

 トレーサビリティの確保は、人権侵害を未然に防ぎ、発生した侵害の加害者の責任を明確化するうえで不可欠である。この点、EUと米国では、水産業に対しトレーサビリティを事業要件とした規制を設けている。

 EUにおけるIUU規制では、企業に対し水産物が捕獲された時点から料理されるまでの完全なトレーサビリティを確保することを求めており、EUに水産物を輸入する国に対し、規制当局への登録と水産物の品質が少なくともEUの求める水準に到達していること、サプライチェーンのあらゆる段階で漁獲の合法性を証明することを義務付けている。たとえば、漁船や養殖施設には特別なIDコードが必要であり、少なくとも1対1の水産物のトレーサビリティが必要とされており、欧州委員会では、海域でのIUU漁業を管理するための十分な措置を取っていない国に対し「イエローカード」または「レッドカード」を発行する措置を採っている。欧州委員会は、具体的措置として、タイに対し、2015年4月に「イエローカード」を発行し、結果としてタイは、国内の漁業の法的枠組みを国際法に沿って改正した。EU委員会はこのような取り組みを評価し、2019年の時点でタイに対する「イエローカード」を解除している

 また、米国におけるIUU規制では、米国国家海洋大気管理局(NOAA)により導入された水産物輸入監視プログラム(SIMP)がある。本プログラムは、NOAAがIUU漁業のリスクが最も高いと見なした13種類の水産物を対象に、企業に対し、漁獲から米国市場への上市までの水産物のサプライチェーン全体の説明を求めている。確かに、SIMPのもとでトレーサビリティは改善されてはいるが、NOAAはSIMPを全ての水産物に適用するべきと考えられている

出典:水産庁「輸出のための水産物トレーサビリティ導入ガイドライン」平成31年4月改訂(第3版)

 

 この点、日本は、EU、米国及びロシアと個別に共同声明を発表し、IUU漁業撲滅に向け協力するとともに、監視と執行制度を強化するため、他国に対し港湾国家措置協定を批准するよう働きかけている。しかし、トレーサビリティ関しては、日本はEUや米国のように具体的な水産物のトレーサビリティ基準・要件を定めた法律は存在せず、また、水産業のサプライチェーン上の人権保障を具体的な目的として明示する法律もない。改正漁業法にも人権侵害の防止は具体的に盛り込まれておらず、サプライチェーンにおけるトレーサビリティの精度を高めるためにも、水産業における人権保護を明文化すべきである。

IUU漁業規制を世界各地に浸透させるために、サプライチェーン全体で完全なトレーサビリティが確保できる法的仕組みを構築することは喫緊の課題である。

 

5.水産業における人権問題に対する国際的な法的枠組みと政府・企業の責任 

(1)国際的な法的枠組みとその課題

 国際水産業におけるIUU漁業問題とこれに関連する人権侵害に効果的に対処するには、国と企業が国際基準を採用し、実務に取り入れていく必要がある。世界各国は、上述のとおりトレーサビリティの精度を高めるため、デューデリジェンスをさらに改善し人権侵害の問題解決の仕組みを構築しており、日本においても同様の取組みが必要である。

もっとも、現行のIUU漁業に関する国際基準にも課題がある。たとえば、港湾当局、船主及び船長は、IUU漁業を撲滅させ、漁船の労働者の権利を確保する義務が定められてはいるが、これらの労働保護基準の履行状況には課題がある。具体的には、日本、EU、米国を含む66カ国が協定締約国である食糧農業機関(FAO)のPort State Major Agreement(PSMA)は、IUU漁業を撲滅することを目的とした国際協定の一つであり、人身売買や労働問題の事案に関わる漁船を捜査するための強力な権限を港湾当局に与えるものである。しかし、トレーサビリティ、デューディリジェンス及び問題解決の仕組み作りに関する法的拘束力が弱いこともあり、依然として不十分とされている

また、国際労働機関(ILO)による漁業条約第188条は、商業漁業に従事するすべての船舶に対し、乗組員の健康と安全を確保する責任を船主と船長に課すもので、年齢制限のほか、乗務員の十分な休息時間、賃金、食事、医療の確保が義務付けるものであるが、本条約を批准したのはわずか12カ国だけで、その実効性は限られている。

漁船の人身売買に適用される国際法では、国連多国籍組織犯罪防止条約(UNTOC)があり、漁船による人身売買及び密輸に関する特定の文言が盛り込まれ、日本を含む190か国が参加している。さらに、奴隷制度条約(1926年)、ILO強制労働条約(1930年)、UDHR(1948年)、国連奴隷制度廃止条約、奴隷貿易、及び奴隷制度と同様の制度と慣行(1956年)、国際民事条約政治的権利(ICCPR)(1966年)及びその他の法律では、あらゆる形態の強制労働を禁止しているが、実効性には課題が残っている。

 

(2)国家の責任

 日本は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)に基づき、2016年11月にビジネスと人権に関する行動計画(NAP)の策定に着手し、2020年10月16日に公表した。NAPの目的は、人権保護義務を負う国家とともに、事業者も事業活動における人権侵害リスクを把握し、その予防、軽減、救済を講じるよう実効的な施策を実施することにある。国際社会における人権の促進・保護を図ると同時に、企業の責任を担保することは企業価値の向上にもつながる。

 国内法において、人権DDを法的義務とし、人権DDの結果を含む非財務情報の開示及び説明を義務付け、サプライチェーン上の人権侵害の被害者に対して効果的な救済を与える制度が欠如していることが、企業の社会的責任を果たすにあたっての課題である。企業がサプライヤーにおける人権侵害を把握するためには、国内法により、企業に対し、適切なデューデリジェンスの実施、サプライヤー行動規範(CoC)、包括的な労働者契約の要件、公正な人材採用慣行の確立、サプライヤーに対し労働権と人権順守を約定した購買契約の締結義務等といった、サプライヤーの責任を明確化する仕組みを構築しなければならない。企業により、サプライヤーの情報、活動及び監査結果に関する情報を公開し、説明責任が果たされ、透明性が確保される仕組みが導入すべきである。

したがって、日本政府は、NAPに基づき、国際人権基準に従ってサプライチェーン全体のトレーサビリティの精度を高め、デューデリジェンスをさらに改善し、人権侵害の問題解決の仕組みの構築を新たな法制度も含め、検討し実施する義務がある。

 

(3)企業の責任

 水産業に関わる多くの企業は、企業の社会的責任を経営計画に盛り込んでいるものの、サプライチェーン上の人権問題・人権侵害リスクについて、UNGPsをはじめとする国際水準が求める企業の責任に対応することが求められる。UNGPsは、事業活動に関連する個人の人権を尊重する国際人権尊重責任を定め、効果的にサプライチェーン上の人権問題及び人権侵害リスクを特定し、是正・予防・軽減するために人権DD体制の構築の基準も設けている。加えて、事業活動に関連する人権侵害に早期に対応できるよう、UNGPsに沿って対話・救済(苦情処理)メカニズムを構築することも必要である。

水産業界におけるいわゆるサステナビリティ認証としてMSC(Marine Stewardship Council)がある。しかし、HRNは、2019年6月には、Seafood Task Force、International Seafood Sustainability Foundation、Ocean Stewardship for Seafood Business、Global Sustainable Seafood Initiative(GSSI)など、水業界の人権問題への取り組みを目的とした業界団体とともに、水産業において海上業務の労働者への権利侵害が存在しないこと、また既存の法的枠組みでは児童労働や強制労働が水産品のサプライチェーンには存在しないことが確保できないとして、MSC認証の策定した新制度を批判する共同声明を発表した。本声明では、IUU漁業の「低リスク国」で水産業を行っている企業に対し監査義務を免除している点、企業に対し監査結果の開示義務がない点、信頼できる問題解決の枠組みがなく、是正のための強制力はない点、適切なデューデリジェンスを実施する義務がない点などを指摘している。

企業は、UNGPsに従い、とりわけ水産業における労働者の人権侵害の把握は困難であり、また、現在の国内法制度と国際人権基準との間に深刻なギャップがあることを認識した上で、事業活動に関連する人権侵害に対する責任を果たすべきである。

 

6.提言

HRNは、本中国漁船において発生したインドネシア人乗組員に対する恐ろしい人権侵害を契機とし、このような人権侵害の原因となったIUU漁業とそれに係る人権侵害を社会から根絶するために、国家と企業に対し、以下の事項を提言する。

(1)日本政府への提言

① NAPにしたがい、企業の人権尊重責任が果たされるよう、国内法整備も含め、必要な施策を講じること。

② 国内企業に対し、水産物のサプライチェーン上の全ての記録を把握することを目的としたトレーサビリティ基準を定めた法律及び水産物供給業者のリストの開示と水産物供給業者の適切なデューデリジェンスを義務付ける法律を制定すること。

③ 監視システム、トレーサビリティ、問題解決の仕組みを確立するために、輸入規制や漁業政策と並んでIUU漁業を防止するための法律を制定し、漁船活動と労働条件に関する国際基準を強化すること。

④ UNCLOS、RFMO、PSMA、UNTOC及び2007年の漁業条約に関連するILO条約を含む、IUUの漁業及び漁船の労働条件に関連する国際条約を批准し、実施すること。 

(2)企業への提言

① 市民社会と協力して、UNGPsに沿った実効性のある人権方針及びIUU漁業と労働者の人権侵害の把握と防止を目的とした人権デューデリジェンスを実施すること。

② 水産物サプライヤーのリスト、デューデリジェンスの結果、発見された違反の責任と防止を確実にするために講じられた措置を発表し、透明性を確保すること。

③ 購入者としての市場における優位性を利用して、水産物サプライヤーに対し労働及び人権侵害を回避するよう働きかけ、関連するステークホルダーと協議しながら確実に識別、防止及び是正できる仕組みを構築すること。

④ IUU漁業の防止と漁船員の労働及び人権保護への確保を要求する業界団体に参加し、団体内で効果的なデューデリジェンスが履行できるようにすること。

以上

水産業関連会社11社に対してのアンケート項目と送付先は以下です。

シーフード産業と人権に関するアンケート.pdf

<アンケート送付先>
三菱商事株式会社
マルハニチロ株式会社
日本水産株式会社
株式会社極洋
丸紅株式会社
イオン株式会社
株式会社セブン&アイ・ホールディングス
三井物産株式会社
住友商事株式会社
伊藤忠商事株式会社
横浜冷凍株式会社