【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

ヒューマンライツ・ナウは「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)」を発表いたしました。

 

私たちは、2019年11月21日に「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(叩き 台)」を公表し、国内外の法律家や市民との対話を実施しました。これらの対話により、 認識が深まった部分や論理的整合性などを考慮し、改訂版を作成しました。更なる議論が 深まることを期待しています。

 

提言のダウンロード(PDF)はこちら:私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

 


私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

2020年6月11日

認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ

【改正案】

176条 不同意性的行為罪・若年者性的行為罪

・1項 16歳以上の者に対し、その者の認識可能な意思に反して、その者に対して性的行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。
・2項 有形力の行使、脅迫、威迫、不意打ち、偽計、欺罔、監禁を用いて前項の行為を行った者は、前項の例による。
・3項 前2項の性的行為を16歳未満の者に対して行った者は、若年者性的行為の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。但し、18歳未満同士で年齢差が2年以内 の場合は除く。

 

(補足説明)

  • 現行の性交同意年齢13歳について、性的自由や性的自己決定権が保護法益とされ ている現在においては、立法当時の女子の妊娠可能年齢という身体的成熟を基準と した考え方は除去されるべきである。 当該性的行為の意味や内容、その行為の結果生じるリスク等に関する知識や理解力 を有するであろう社会的成熟度によって設定すべきであり、義務教育年限のすべて の若年者を保護する観点から16歳未満が適切であると考え、提案する。 なお、就学前および学校教育における性教育や非暴力教育の年齢に応じた段階的実 施と相俟って若年者の保護を確保していく必要がある。
  • 「わいせつ」はあいまいな概念であり、社会的法益を連想させることから、性的自 由ないし性的人格権という個人的法益に関する罪であることを明確にするため、 「性的行為」と定義することを提案する。 「性的行為」とは、性的部位(口、胸、尻、陰部)に接触する行為、性的部位以外 の身体(腕や肩・背中など)であっても執拗になで回す、揉む、息を吹きかける等 の有形力を行使する行為、接触を伴わなくても衣服を脱がせ姿態があらわになった 状態を撮影する行為を指すものとする。あるいは、例えば法定刑を引き下げたセク シュアル・ハラスメント罪を新設して対応することも検討の余地があると考える。
  • 3項但書は、18 歳未満の若年者の性的自由ないし性的人格権の保護の観点から、一 定の年齢差以内の者を不可罰とすることとした。
  • また3項について、行為態様の悪質性及び若年者保護の観点から、かつ情状による 執行猶予も射程に入れ、法定刑を3年以上の有期懲役として提案する。

 

【改正案】

177条 不同意性交等罪・若年者性交等罪
・1項 16歳以上の者に対し、その者の認識可能な意思に反して、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」)を行った者は、不同意性交の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。
・2項 有形力の行使、脅迫、威迫、不意打ち、偽計、欺罔、監禁を用いて前項の行為を行った者は、前項の例による。
・3項 前2項の性交等を16歳未満の者に対して行った者は、若年者性交の罪とし、6年以上の有期懲役に処する。但し、18歳未満同士で年齢差が2年以内の場合 は除く。

 

  • 量刑について、「暴行・脅迫」要件のある現行法が5年以上であることから、不同 意性交等罪については5年以上とし、若年者性交等罪については若年者保護の観点 から6年以上とすべきと考える。
  • 177条の「暴行」の程度について、判例は「相手方の抗拒を著しく困難ならしめ る程度」とし、例えば手足や身体を押さえつける等の暴行が加えられた場合につい ても、多少の有形力の行使は通常の性交にも伴うものとし、「暴行」にはあたらな いと解釈する裁判例もある。しかし,言葉あるいは動作等によって明示又は黙示に不同意の意思表示をしたにもかかわらず,有形力を行使して性交等を行った者は, たとえ当該有形力の行使の態様そのものが「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」に至らないとしても,相手方の性的自己決定権・性的人格権を侵害している。性的自己決定権・性的人格権を保護するためには,これまでの判例で定義されてき た「暴行」では不十分であるから,これまでの「暴行」の程度に関する解釈とは異なることを明確にするため,「暴行」ではなく「有形力の行使」とした。
  • 暴行脅迫の程度について,判例の定義は上記のとおりであるが,判例は,「著しく困難ならしめる程度の」暴行脅迫があれば相手方が性交等に同意していないと認められる,すなわち,相手方の同意の有無の指標として「著しく困難ならしめる程度」の暴行脅迫を要求してきた。しかし,「著しく困難ならしめる程度」という文言に囚われる結果,相手方の同意がないと認められるにも関わらず,暴行脅迫の程度が著しくないとして,処罰の 対象とならない事例がある。これでは性的自己決定権・性的人格権の保護として不 十分である。そのため,有形力の行使,脅迫のほか,相手方の同意がない典型例と して,「威迫、不意打ち、偽計、欺罔、監禁」を構成要件として明示することを提案する。

 

【改正案】

178条 同意不能等性的行為罪・同意不能等性交等罪
・1項 176条1項の性的行為を、人の無意識、睡眠、催眠、酩酊、薬物の影響、疾患、障害、もしくは洗脳、恐怖、困惑その他の状況により特別に脆弱な状況に置 かれている状況を利用し、又はその状況に乗じて行った者は、同意不能等性的行 為罪とし、176条1項の例による。

・2項 前条1項の性交等を、人の無意識、睡眠、催眠、酩酊、薬物の影響、疾患、障 害、もしくは洗脳、恐怖、困惑その他の状況により特別に脆弱な状況に置かれて いる状況を利用し、又はその状況に乗じて行った者は、同意不能等性交等罪と し、前条1項の例による。

 

  • 現行法の「抗拒不能」要件は、最高裁判例等で明確な定義がなされていないことから, 明確性や予測可能性に欠ける。構成要件の明確性確保のためにも、行為者の故意の対 象を明確にして自由保障機能を確保するためにも、定義を明確化するべきである。そ して、脆弱性に乗じた場合を網羅的に列挙することにより、被害者を保護する。 これらで網羅されているか、あるいは定義の明確性については、今後の議論・検討が 必要である。

 

【改正案】

179条 監護者等性的行為罪・監護者等性交等罪
・1項 18歳未満の者に対し、同居する者、もしくは、その者を現に監護又は介護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同 種の性質の関係にある者が、監督、保護、支援の対象になっている者に対す る影響力があることに乗じて性的行為をした場合は、176条3項の例によ る。

・2項 18歳未満の者に対し、同居する者、もしくは、その者を現に監護又は介 護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同 種の性質の関係にある者が、監督、保護、支援の対象になっている者に対す る影響力があることに乗じて性交等をした場合は、177条3項の例によ る。

 

179条の2 地位関係利用性的行為罪・地位関係利用性交等罪
・1項 18歳以上の者に対し、その者を現に監護又は介護する者、親族、後見 人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同種の性質の関係にある 者が、その地位や権限を濫用して性的行為をした場合は、176条1項の例による。
・2項 18歳以上の者に対し、その者を現に監護又は介護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同種の性質の関係にある 者が、その地位や権限を濫用して性交等をした場合は、177条1項の例に よる。

 

  • 現行の監護者等性交等罪は、18歳未満の者に対する「現に監護する者」の範囲が狭 すぎ、離婚後の非監護親、同居親の恋人、アルバイト先の上司、教師、指導者などか らの行為に対応できないことから、類型を拡大した。18歳未満の児童の保護をより 徹底するため、同居という生活の場を同じくする者、並びに、地位関係性のある者の 類型を増やした。
  • 18歳以上の者であっても、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員 等、被害者に対する権力関係にある者がその地位を利用して行う事案に関して、その 類型化を図り、179条の2を新たにもうける。
  • また、現行の監護者等性交等罪では、「現に監護する者」から18歳以上の被害者に 対する事案を捕捉できない。学生等18歳以上の者が経済面や衣食住等の生活面・精 神面において「現に監護する者」との間で依存・被依存ないし保護・被保護の関係に あり、その影響力に乗じて被害を受けている場合に対応するため、179条の2の地 位関係利用型の類型の中に「18歳以上の者」に対する「現に監護する者」を一つの 類型として入れた。
  • 179条に規定する同居する者,現に監護する者等が,18歳未満の者に対し,その 影響力に乗じて性的行為,性交等を行った場合は,性的人格権に対する侵害が著しく より強い非難に値する点に鑑み,被害者が16歳,17歳の場合には,176条又は 177条ではなく,本条で処罰することとした。

 

参照:現行法

(強制わいせつ)
第百七十六条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、 六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、 同様とする。

(強制性交等)
第百七十七条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性 交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に 処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

(準強制わいせつ及び準強制性交等)
第百七十八条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗 拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさ せて、性交等をした者は、前条の例による。

(監護者わいせつ及び監護者性交等)
第百七十九条 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力 があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があること に乗じて性交等をした者は、第百七十七条の例による。

(未遂罪)
第百八十条 第百七十六条から前条までの罪の未遂は、罰する。 (強制わいせつ等致死傷)
第百八十一条 第百七十六条、第百七十八条第一項若しくは第百七十九条第一項の罪又は これらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 第百七十七条、第百七十八条第二項若しくは第百七十九条第二項の罪又はこれらの罪 の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は六年以上の懲役に処する。