特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ2007年4月フィリピン事実調査報告書
人権の守り手たちが殺されている
~超法規的殺害・強制失踪に対する事実調査報告と日比両政府への提言
2007年4月に実施したフィリピン現地調査の調査報告書を発表しました。(日本語版を追加しました2008/6/17)
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http://hrn.or.jp/eng/The%20Philippines%20Final%20Report_EJK_HRN_2008.pdf
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(意見書要約)
フィリピンでは、アロヨ大統領就任以来、数多くの人権活動家が、超法規的殺害や強制失踪の被害にあっている。
東京を本拠とする国際人権NGOであるヒューマンライツ・ナウ(以下、HRNという)は、2007年4月14日から21日までの期間、超法規的殺害や強制失踪の調査を実施した。
調査団は、33人の被害者を含む15件の超法規的殺害事件、それに9人の被害者を含む3件の強制失踪事件について聞き取り調査を行い、一連の人権侵害の背景に何があるのかを検討した。
調査した殺害、強制失踪、拷問事件のほとんどにおいて、フィリピンの軍や警察に主要な責任があることが判明した。
まず、HRN調査団が調査した超法規的殺害の15件の事件のうち8件においては、目撃者が、国軍(AFP)の指揮下にある部隊、あるいは国軍の指揮下にある民兵組織であるCAFGUに属する者が犯人であると証言しており、目撃者や解放された被害者が、軍の関与を明確に指摘している。
さらに、調査した全ての超法規的殺害は、いくつかの類似点が認められる。
(a)被害者らは、特定の団体に属するものに限られること。
(b)被害者らは、新人民軍のフロント組織であるとか、「国家の敵」である等として、政府や国軍により非難を受けていたこと。
(c)被害者らは、国軍が関与していると疑われる人権侵害を明らかにする活動をしていたこと。
(d)被害者らは、死ぬ前に、左翼運動をやめるように警告を受け、軍隊によって嫌がらせを受け、死の脅迫を受け、あるいは継続的な監視に置かれていたこと、
等である。
これらの状況については、本報告書に詳述している。
超法規的殺害によって殺害された人数を確定するためには、より詳細な調査が必要である。しかし、ここで重要なことは、少なくない超法規的殺害事件が、政府の当局によって引き起こされているということである。
HRNは、超法規的殺害の犠牲となった人たちがいかなる人たちであったか、に重大な懸念を表明する。HRN調査団が調査した事案についていえば、非常に尊敬されている法律家、人権活動家、労働組合のリーダー、聖職者、市議会議員や左翼活動家が被害者に含まれている。被害者のほとんどは、普通の生活を送る市民の人権を擁護してきた人たちばかりである。
こうした人々に対する殺人事件は、市民のなかに恐怖心を生じさせ、社会全体に委縮効果を及ぼすものである。それは、表現の自由、究極的には民主主義を掘り崩すことにほかならない。
HRNは、上述したような事実があるにもかかわらず、政府機関の一員である加害者が、司法によって裁かれず、刑罰を免れていることに、重大な懸念を持っている。HRN調査団の調査では、超法規的殺害や強制失踪の犯人が、逮捕されることや、捜査されることがほとんどないという現状が明らかになった。
HRN調査団が調査した15件の超法規的殺害の事件のうち、わずか3件(うち軍関係者は1件)が起訴されているのみで、ひとつも有罪判決がなく、容疑者は、いまだ軍隊で活動を続けている。
HRN調査団は、警察による超法規的殺害の調査が組織的に失敗しているという事実も発見した。
国家警察の超法規的殺害問題を扱う特別班(ウッシグ)は、被害者の訴えを無視し続けている。
もっとも、裁判所は、強制失踪に対応するために、救済令状および情報公開令状という新しい制度を創設した。しかし、この手続に軍はほとんど協力せず、多くの被害者が失踪したままである。
人権侵害に対する加害者が処罰から免れたままとなっていることが、さらなる人権侵害を引き起こしていることは明白である。例えば、2003年におこった人権活動家の超法規的殺害について疑われている兵士は、別の場所で、学生の強制失踪や拷問等に関与している可能性が極めて高いことも明らかになった。
自由権規約の締約国として、フィリピン政府は、市民の生命に対する権利を守る法的義務を負っている。超法規的殺害や強制失踪の事件では、フィリピン政府は、現実に関わった加害者だけではなく、指揮命令系統も含めて責任者を特定するため、徹
底的な調査をする義務がある。また、被害者への補償を行うべきである。
HRN調査団は、超法規的殺害と強制失踪の原因として、フィリピン政府の行う反乱鎮圧作戦が、武装勢力である新人民軍と、合法的活動をしている組織や活動家を区別しないままに展開されていることがあることを強調したい。
HRN調査団は、国軍(AFP)の反乱鎮圧作戦である「オプラン・バンタイ・ラヤ」について記述した文書を入手した。そこには、「neutralization of the target(標的の中立化)」との記載がある(neutralize という言葉は、暗殺という意味で使われることがしばしばある)。
フィリピンの人権団体、農民団体、労働団体、宗教団体、左翼団体等の合法的な市民団体が、軍によって「国家の敵」ないし「新人民軍のフロント組織」とレッテルをはられ、反乱鎮圧作戦の中で、根絶すべき対象とされているのである。一連の超法規的殺害は、このような、標的にされた合法的市民団体を根絶する活動の一環として行われてきたことが強く推測される。
基本的人権を擁護するために、アロヨ政権は、合法組織を武装反乱集団と関連づけて、文民を軍の「neutralization 」の対象とすることをやめるべきである。
ヒューマンライツ・ナウは、フィリピンにおいて非国家主体による人権侵害があることも承知している。しかし、非国家主体が人権侵害をしているという事実は、国家の人権を擁護する義務をいささかも減免することにはならない。
同時に、ヒューマンライツ・ナウは、フィリピンにおける国内紛争において、全ての当事者が国際人道法を遵守し、文民に対する攻撃を控えるように求める。
最後に、ヒューマンライツ・ナウは、フィリピン政府と、フィリピン共産党・新人民軍・民族民主戦線(CPP-NPA-NDF)に対して、和平交渉をすすめ、人権及び国際人道法の尊重に関する包括合意(CARHRIHL)を実施するように呼びかける。
国際社会、とりわけ最大の援助国である日本政府は、フィリピンにおける人権と平和を回復するために意味ある役割を果たすべきである。