12月19日、ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は「沖縄における性暴力~なぜ繰り返されるのか〜」のウェビナーイベントを開催しました。2023年に刑法性犯罪規定が改正されましたが、性暴力のない社会を実現するには大きな壁が立ちふさがっています。その象徴は、米軍基地が集中する沖縄において顕在化されています。1995年の少女暴行事件から29年が経過する今年、在沖縄米兵による性暴力事件が県に共有されないことが発覚、そして2023年のクリスマスに米兵による少女へのレイプ事件が発生、2024年12月13日には第一審判決が出されました。
本ウェビナーでは、長年、沖縄における性暴力と向き合ってきた高里鈴代さん、少女レイプ事件の傍聴を続けるライターの小川たまかさん、2024年10月に開催された女性差別撤廃委員会の日本審査に参加し、沖縄の女性の実情を訴えた神谷めぐみさんの3名をお迎えし、沖縄における性暴力の現状を学び、いま私たちが何をすべきかを議論しました。
【ゲストスピーカー】
高里鈴代氏 「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表
1982年から7年那覇市婦人相談員、1989年から4期15年那覇市議会議員。現在、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表、「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク」沖縄代表。元「強姦救援セン ター・沖縄(REICO)」代表。「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」共同代表。著書:「沖縄の女たちー基地・軍隊と女性の人権」1996年、明石書店。共著:「社会を拓いた女たち・沖縄」2014年、沖縄タイムス社。『沖縄にみる性暴力と軍事主義』富坂キリスト教センター編、2017年、御茶の水書房。
小川たまか氏 ライター
1980年東京生まれ。主に性暴力を取材。著書に『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)、『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著に『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)、『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など。2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める。
神谷めぐみ氏 OP-CEDAWアクション沖縄―Achieve Gender Equality共同代表
沖縄生まれ。憲法、沖縄戦後史、最近はIndigenous rightsに興味を持つ。沖縄での一番の懸念は米兵による性暴力であるという視点から、アクション沖縄を立上げ、10月のCEDAWに参加する。
各ゲストスピーカーのプレゼンテーションの概要は以下をご覧ください。
【要約】
開会の挨拶&ウェビナーの趣旨説明
始めに、HRNの伊藤和子副理事長より挨拶とウェビナーの趣旨説明がありました。これまでHRNでは、刑法性犯罪規定の改定に取り組み、2023年に被害者に寄り添った法改正が実現しました。しかし、沖縄における性犯罪事件の判決や実状を目の当たりにし、性暴力のない社会を実現するにはまだ多くの課題があることを痛感しました。この問題についてさらに深く考え、議論を進めるため、本ウェビナーを開催することとなりました。
高里鈴代氏のプレゼンテーション
高里氏は、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表として、沖縄における性犯罪や沖縄の女性たちの権利の向上に取り組んでこられました。本プレゼンテーションでは、沖縄における性犯罪の歴史とそれに対する取り組みについてお話いただきました。
沖縄における軍隊と構造的暴力、そして不平等な地位協定
高里氏は、沖縄における軍隊とその構造的暴力が女性に与える影響について指摘しました。特に、1995年の北京世界女性会議で開催されたワークショップで、高里氏は「沖縄における軍隊・その構造的暴力と女性」というテーマのもと、常駐軍人の行う強姦も戦争犯罪として認識すべきではないかと提起しました。この北京会議は、女性に対する暴力を人権侵害と定義した歴史的な場でしたが、その開催中にも沖縄で米兵による性暴力事件が発生しました。高里氏は、こうした状況に対応するため、沖縄で女性たちと共に基地や軍隊への反対運動を強化し、強姦救助センターの設立にも取り組みました。しかしその一方で、女性への暴力の問題が安全保障問題と結び付けられる現実や、日本で死刑判決を受けた加害者がアメリカで減刑されるといった不平等な事例が起きています。これらの問題は、沖縄の基地問題や地位協定の不平等が沖縄の女性の人権に大きな影響を及ぼしていることを浮き彫りにしています。
高里氏は、米軍が上陸して以降、米軍関係者による女性への性犯罪が多数報告されていることを指摘しました。また、裁判において加害者が「合意があった」と主張するケースが増加していることにも触れ、日本の司法制度の後進性が浮き彫りになっています。さらに、高里氏は、不平等な地位協定と沖縄への米軍基地の押しつけが、多くの性犯罪の原因となっている点を強調しました。特に、米軍関係者による女性への性犯罪において、日本の女性が被害を受けても、慣習や偏見、恥の意識から訴えを起こさないことや、武器を持たないという意識が米軍関係者内で広く共有されていることを指摘しています。
日本の刑法改正
高里氏は、日本における性犯罪に関する刑法改正について、特に親告罪の削除と不同意性交等罪の導入に着目しました。親告罪は、被害者が性犯罪を報告する際に、複数回の状況確認が求められるため、被害を訴えにくくする原因となっていました。しかし、2017年7月に刑法が改正され、親告罪が削除されました。さらに、2023年には不同意性交等罪が施行され、大きな進展がありました。この改正では、性交等の同意を問わず、対象年齢が13歳から16歳に引き上げられ、16歳未満の相手との性交等が不同意性交等罪に該当するようになりました。
通報制度の問題と政府の対応
しかし、高里氏は、2023年に発生した米兵による少女への性暴力事件について、通報制度の問題や日米の両国間の関係性を優先する姿勢が隠蔽問題を引き起こしたと指摘しました。2024年9月に開催された、沖縄で相次ぐ米兵による性犯罪事件への対応を議論する政府交渉や、ジュネーブで開催された国連女性差別撤廃委員会において、日本の外務省は米側の「リバティ制度」の見直しや、新たな協議枠組み「フォーラム」の創設をあげ、米国に対して再発防止の徹底を求めると表明しました。しかし、このような日本政府の対応に対し、高里氏は、日米両政府が沖縄の米軍基地の維持を最優先し、辺野古新基地建設を強行する姿勢の表明と沖縄の植民地的な状況を容認している点を指摘しました。
性暴力をなくすために
高里氏は、米軍関係者による性犯罪をなくすためには、不平等な日米地位協定の改訂と性暴力防止が重要課題であり、具体的な対策を講じる必要があると強調しました。さらに、訴えやすい環境の整備や、ジェンダー平等社会の構築、人権を尊重する姿勢、日本の刑法の見直し、そして被害者支援体制の充実が不可欠であると述べました。また、高里氏は、脱軍事化、脱父権主義社会、脱植民地社会を目指し、日本全体でこれらの課題に取り組む必要性を訴えました。
小川たまか氏のプレゼンテーション
ライターとして、主に性暴力を取材している小川氏に、2023年の米兵による性犯罪事件の経過と判決の次第についてお話していただきました。
判決までの経緯
小川氏は、2023年に発生した米兵による性犯罪事件について、判決に至るまでの経緯を説明しました。この事件は2023年12月24日に発生し、被害者である少女はその日のうちに通報を行いました。その後、翌年2月から米兵への事情聴取が開始され、3月に起訴が行われました。6月に事件が初めて報道され、7月には初公判が実施されました。初公判では、当初容疑を認めていた米兵が一転して無罪主張をしていたため、少女とその家族が証言をする必要が生じました。その後、8月末から被害者と被告人の本人尋問が進められました。同年の12月に判決が言い渡され、加害者である米兵に懲役5年が課せられました。
少女及び米兵の主張とそれに対する判決文
小川氏は、公判での少女側と米兵側の主張をそれぞれ説明しました。少女側は実年齢(16歳未満)を伝えていたことや、性交等に対する同意がなかったことを主張しました。対象的に、米兵側は少女が18歳であると伝えられていたことや、不同意性交にあたる行為はしていないことを主張しました。最終的に裁判官は、少女の証言が証拠とも一致していたため、信ぴょう性があるとして、全ての争点において少女の証言が認められました。
気になる点
小川氏は、今回の事件の裁判において、いくつかの気になる点を指摘しました。まず1点目は、「同意がない」という点について、被告人がそれを認識していたかどうかという争点です。この点について、裁判では「同意誤信」と判断される可能性があったことが問題視されました。2点目は、性犯罪に対する懲役が依然として軽い点です。2017年の法改正により懲役の下限が3年から5年に引き上げられたものの、5年ギリギリの判決や減刑されるケースが存在しています。今回の事件でも、被害者に対して侮辱的な言葉を浴びせ、無罪を主張し続けた加害者に対し、懲役5年という最低限の判決が下されました。小川氏は、このような問題点は今後さらに議論されるべきであると強調しました。
神谷めぐみ氏のプレゼンテーション
神谷氏は、OP-CEDAWアクション沖縄 Achieve Gender Equality共同代表として、沖縄における米兵による性暴力事件に対して取り組んでいます。2024年の10月には、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)の日本審査の傍聴にも参加されました。本プレゼンテーションでは、CEDAWへの参加報告をして頂きました。
国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)について
神谷氏は、まずCEDAWについて説明しました。国連は人権状況の改善を目的に人権条約を採択しており、その1つが1979年に採択されたCEDAW条約です。日本は1985年にこの条約を締結し、それに基づいて男女雇用機会均等法の制定など、女性の権利改善のための施策が進められました。締約国は自国の施策の進捗を4年ごとに審査委員会に報告する義務があります。
総括所見と沖縄について
今回のCEDAW審査は、コロナ禍が収束し、8年ぶりに開催されました。注目すべきは、CEDAW審査で、米軍による性暴力問題が初めて取り上げられた点です。沖縄における米軍関係者による性暴力に焦点があてられ、具体的な勧告がなされました。沖縄の米軍基地における女性に対するジェンダーに基づく暴力について明記し、それに対する具体的な対策が求められました。これには、沖縄の軍事基地に関連する性暴力の予防、捜査、処罰、被害者支援の強化が含まれており、国際的な懸念を反映した重要な勧告でした。
なぜCEDAWに参加したのか
神谷氏は、CEDAW参加のきっかけと、沖縄の米軍関係者による暴力を訴える必要性について説明しました。OP-CEDAWアクション沖縄 Achieve Gender Equalityは、16歳未満の少女に対する性暴力事件をきっかけに立ち上げられました。神谷氏は、ある公演を通じてこの問題に関心を持ち、日本のアクション東京の勉強会に参加したことがきっかけとなり、CEDAWや市民運動を通じて社会の意識を変える活動に共感を抱くようになりました。これにより、沖縄から米兵による性暴力問題に対して声をあげるため、神谷氏はOP-CEDAWアクション沖縄 Achieve Gender Equalityを発足させました。
ジュネーブで行われたパブリック・インフォーマル・ミーティングでは、日本全体の発言枠のうち、沖縄グループのみで2分間の発言枠を持つこととなりました。神谷氏は、日本全体で報告されている米兵による性犯罪のうち、不同意性交の検挙数が沖縄県内のみで半数近く占めている実態を強調しました。さらに、日本による米軍基地の押しつけや沖縄の特殊な状況に焦点を当て、沖縄における米兵による性暴力の問題として切り分けて訴える必要性を説明しました。
また、本プレゼンテーションにて神谷氏は、今回の16歳未満の少女への米兵による性暴力事件について、通報制度の問題やSACO合意・日米地位協定の改訂の必要性を指摘しました。新基地建設の問題や根本的な解決がなされない合意が存在する現状についても問題提起し、現在の構造が国際社会の正義にかなっていないと述べました。そして、同じ課題を持つ住民や市民と連携し、平和を作るネットワークを構築していく重要性についても強調していました。
CEDAW勧告をどのように政策に反映させるか
神谷氏は、国内法整備において、国際人権機関の設置、意思決定過程での女性の参画拡大、そしてCEDAW選択議定書の批准に向けた取り組みが重要であると強調しました。神谷氏によると、CEDAWは法的拘束力を持っているものの、日本では自動執行力が認められていないため、国内法に基づく実施が求められています。このため、国際人権機関の設置が人権侵害の救済や人権基準の実施を推進する重要なステップとなり、これが国内の人権状況の改善に寄与するとの見解を示しました。さらに、CEDAW選択議定書に規定されている個人通報制度や調査制度についても言及し、日本がこの議定書に対して未批准である現状を指摘しました。神谷氏は、この議定書の批准に向けて取り組む必要を強調しました。
質疑応答
本ウェビナーには、多くの参加者からゲストスピーカー3名への質問が寄せられ、各スピーカーが回答しました。質問内容は、判決に対する状況の余地の理由や、ワンストップ支援センター・ゆいセンターによる被害者支援について、地位協定の改訂に対する考えなど多岐にわたり、高里氏、小川氏、神谷氏がそれぞれ回答しました。詳細については、是非アーカイブ動画をご覧ください。