2026年6月1日、認定NPOヒューマンライツ・ナウは、国際人権法及び国際人道法を専門とする弁護士、Srisod Sanhawan(スリソッド・サンハワン)氏を講師にお迎えし、「タイにおけるオンライン・セクハラの犯罪化と司法研修~ジェンダーに配慮した立法と裁判〜」と題したウェビナーをハラスメント新領域研究会(Research Group on Emerging Areas of Harassment)の協力のもとに開催しました。 本ウェビナーでは、2025年12月に刑法を改正し、オンラインを含むセクハラを犯罪化したタイにおける最新のオンライン・セクハラ対策について、バンコクの専門家から直接お話を伺い、日本でどのような法対策が必要なのかについて考えることを目的として実施されました。
タイにおけるセクハラの現状
2019年に実施された調査によると、タイでは国民の21%がセクハラを経験したことがあると回答しており、その被害者の多くは女性でした。被害の内容としては、性的暴行や言葉によるハラスメントが多く報告されています。また、2025年までタイにはセクハラを犯罪として明確に処罰する法律が整備されておらず、被害者が法的救済を求めることは容易ではありませんでした。しかし、昨年12月からの法改正により、大きな制度改革が実現しました。本ウェビナーでは、この法改正を中心に、「正義を実現するための負担を被害者から制度へと移す、集約化・近代化された制度的枠組み」をテーマに6つのポイントに分けて解説が行われました。
1. セクハラの犯罪化 Sexual Harassment Criminalized (2025年12月、タイで初めてセクハラが犯罪化)
ここでのセクハラの定義は身体的な行為、言葉、身振り・しぐさ、つきまとい(ストーキング)行為のほか、電子・コン ピュータシステムを通じて行われる行為を含みます。これらの行為が性的な意味合いを持ち、相手に苦痛、不快感、 恥辱、屈辱、恐怖、または性的な不安感を生じさせるおそれがある場合、セクハラに該当するとされています。加害者には、1年以下の懲役、2万タイバーツ以下の罰金、またはその両方が科されます。
2. オンライン上の行為も対象に Digital Acts Covered (オンライン上・電子的手段によるハラスメントも処罰対象に追加される)
今回の法改正の大きな特徴として、オンライン上のセクハラも処罰対象になったことに加え、それに対応するため、 被害コンテンツの削除を迅速に行うためのオンライン申立制度が導入されたことが紹介されました。
3. 同意のない性的画像の削除を可能にする制度の導入 Section 284/4 TFGBV Removal (性的画像の削除を命じる迅速な保護命令の創設)
法改正により、セクハラの被害者、または警察かDSI (タイの特別捜査局の名称) は、裁判所に対して性的コンテンツの削除を申し立てることができるようになりました。また、被害者が未成年である場合は、保護者の同意を得ることなく、自ら申立てを行うことが可能です。申立ては単独の裁判官によって迅速に審理され、必要に応じて非公開で手続が進められます。また、審理にあたっ ては、被害者の精神的状態、性別、年齢などが考慮されます。
4. デジタル通報プラットフォーム「Take It Down Thailand」の運用開始 CIOS Platform Launched (被害者がオンラインで申立てを行えるシステム)
3.の同意のない性的画像の削除の申立てを効率的に行うために導入されたのがデジタル通報プラットフォーム「 Take It Down Thailand」です。このプラットフォームにより被害者が裁判所へ出向くことなく、オンライン上で直接申立てを行うことが可能になりました。しかし、画像やメッセージなどの証拠を提出する際には、裁判官との対面手続きが必要とされています。導入されたのは2026年1月でまだ運用開始から日が浅いため、実際の利用者からのフィードバックはまだ少ないのが現状です。また、タイの国民IDカード保有者のみが利用できるという課題もあると紹介されました。裁判所は、申立てを受けて直ちに、または5日以内に削除命令を発令します。この命令は元の投稿者(特定できる場合)、システム管理者・サービス提供事業者(プラットフォーム)、削除を執行する権限を有する行政当局に対し発することができます。また、命令に従わなかった場合は、新たな犯罪として6か月以下の懲役または1万タイバーツ以下の罰金が科されます。
5. 最高裁判所によるジェンダーに配慮した司法運営の指針 Supreme Court Mandates (尊厳や安全の確保、手続の分離などを求める拘束力のあるガイドライン)
タイの最高裁判所長官は、ジェンダーに基づく暴力(GBV)事件や子どもが関係する事件を、被害者の尊厳に配慮し、迅速かつ適切に取り扱うための2つの指針を示しています。1つ目は、2020年に制定された「刑事事件における被害者対応ガイドライン」です。この指針では、裁判所は被害者の尊厳や安全、心身への影響、生活状況などに配慮して対応することが求められています。また、性犯罪や家庭内暴力事件では、被害者と被告人が直接対面しないよう、別室やビデオ会議システムを活用することが定められています。さらに、量刑を判断する際には、被害者の意見を聴取し、被害への影響を十分に考慮することが求められています。 2つ目は、2024年施行の「児童・少年・家族事件における司法手続に関する指針」です。この指針では、子どもの被害者の権利を早い段階から保護することや、家庭内暴力事件では迅速に保護手続を進めることが定められていま す。また、CIOS(裁判所オンラインサービス)を通じて、保護命令の申立てや事件の進捗確認、安全確保措置の申請などをオンラインで行うことが可能とされています。
6. 司法におけるジェンダー意識改革 Judicial Culture Reform (裁判所全体にジェンダーの視点を組み込むためのワーキンググループの設置)
2025年11月11日に設置された「司法手続におけるジェンダー正義推進ワーキンググループ」は、裁判所全体でジェンダーの視点を取り入れることを目的に開設されました。 同ワーキンググループでは、ジェンダー正義に関する政策提言、裁判官・裁判所職員の研修、司法判断へのジェン ダー視点の導入、保護措置の強化、司法への平等なアクセスの推進、データ収集・調査研究、さらに市民社会や国際機関を含む外部組織との協力など、7つの分野を中心に活動が進められています。
まとめ
タイでは依然としてセクハラの報告件数が非常に高く、被害が深刻な社会問題となっています。一方で、過去2年間でこの課題を改善するための制度が急速に進められ、オンライン上の被害を含めた包括的な対策が導入されました。制度はまだ新しく、運用面での課題も残っていますが、被害者がより迅速かつ実効的な救済を受けられる仕組みとして、今後の運用とその成果が期待されていることが共有されました。
ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子副理事長は、21世紀の現在でもなおジェンダーの不平等が広く残る日本の現状が残念である反面、この分野で進んでいるタイの取り組みには深くインスパイアされたと述べました。その上で、日本の優秀な法科学生が差別されることなく裁判官になり、裁判所の中で力を占めることも一つの良い道なのではないかと提案しました。同時に、裁判官任せにするのではなく、私たち一人ひとりができることをやっていくことも重要ではないかという点も加えました。また、日本には現在、オンラインハラスメントに対する法規制がないため、他のアジア諸国の制度を取り入れながら、しっかりとした規制法を作るためのキャンペーン等にも取り組み続けたいと述べました。
【登壇者紹介】
Srisod Sanhawan(スリソッド・サンハワン)氏
国際人権法および国際人道法を専門とする弁護士。10年以上にわたり国際法曹委員会(International Commission of Jurists, ICJ)に所属し、同組織の東南アジアに関する活動を主導し、近年ではデジタル権利に関する活動も率いている。国内法の法的分析や国際法上の義務への適合性の検証に加え、国内、地域、国際レベル(国連のメカニズムを含む)における法改正の提言を網羅しており、市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利にわたる幅広い問題に取り組んでいる。
また、ICJの出版物を多数執筆しており、直近ではラオス人民民主共和国およびタイにおけるジェンダーに基づく暴力の生存者・被害者の司法へのアクセスに関する報告書を発表しているほか、法律および人権に焦点を当てたタイ議会の複数の委員会の専門家および委員を務め、拷問や強制失踪の防止・抑止に関連する問題を含む、人権問題に取り組む国内委員会の委員も務めている。



