ヒューマンライツ・ナウは本日「政府・政権与党による言論の自由への介入に抗議する」声明を発表しました。
全文とPDFをお知らせいたします。
政府・政権与党による言論の自由への介入に抗議する。
2015年6月30日
東京を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、昨今、日本政府および政権与党による言論の自由への介入がエスカレートしていることに強い懸念を表明する。
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政府・与党の介入
(1) 衆院解散選挙の前日である2014年11月20日、自民党は、在京キーテレビ局に対し、「選挙時期における報道の公平中立並びに公正の確保についてのお願い」と題する文書を送付し、出演者の発言回数や時間、ゲスト出演の選定、街頭インタビューや資料映像まで四項目を列挙し、「中立・公正」を要請した。
また、自民党は、テレビ朝日に対しては、衆院解散後11月24日放送の「報道ステーション」によるアベノミクスに関する報道について、報道内容を批判すると共に、「公平中立な番組作成」を要求する文書を送っていたことが明らかになった。報道によれば、文書は、同番組がアベノミクス効果で富裕層しか潤っていないとする内容になっているなどとし、意見が対立する問題は多角的に報じることを定める放送法4条に触れると言及し、「番組の編集及び解説は十分な意を尽くしているとは言えない」と批判したという[1]。
事態が発覚した後、自民党はこうした要請を「圧力ではない」と弁明した。
(2) さらに、2015年4月17日、自民党の情報通信戦略調査会(会長・川崎二郎議員)は、テレビ朝日とNHKの経営幹部を呼んで、「報道ステーション」「クローズアップ現代」の番組の内容に関する事情聴取を行った[2]。事情聴取においては、川崎議員が冒頭、真実がまげられた放送がされた疑いがある旨述べ、「報道は事実をまげないですること」と定めた放送法を根拠に事情聴取を行うと説明、手続きは非公開で進められた。 「クローズアップ現代」については番組内のいわゆる「やらせ」疑惑が聴取の対象となる一方、「報道ステーション」については、2015年3月27日、番組放映中にコメンテーターの古賀茂明氏が菅官房長官を名指しし、「菅氏をはじめ官邸の皆さんにはものすごいバッシングを受けてきました」などと発言した問題が聴取対象とされた。
この古賀氏発言を受けて、菅官房長官は3月30日、「全く事実無根だ。言論の自由、表現の自由は極めて大事だが、公共の電波を使った報道として極めて不適切だ」と批判、放送法に言及し、テレビ局の対応を見守るとした。これを受けてテレビ朝日社長は、「圧力は一切ない」と陳謝した。
4月17日の自民党による聴取はその後に実施されたものである。
調査後の報道によれば、自民党は、テレビ朝日の社内検証が不十分だと判断した場合、第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)への申し立ても検討する意向を示している。
調査会会長の川崎議員は、調査会の後に、「事実をまげた放送がされるならば、(放送法などの)法律に基づいてやらせていただく」と述べ、また、BPOの対応に納得がいかない場合を念頭に、政府には「テレビ局に対する停波の権限まである」と示唆したという[3]。
(3) このような動きはさらにエスカレートしている。2015年6月25日、安倍晋三首相に近い若手議員が立ち上げた自民党勉強会「文化芸術懇話会」の初会合が、加藤勝信官房副長官や萩生田光一総裁特別補佐も参加し開催されたが、出席議員から、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけて欲しい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」などと、広告を出す企業やテレビ番組のスポンサーに働きかけて、メディア規制をすべきだとの声が上がった[4]。 講師の百田尚樹氏からは「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」との発言さえ飛び出した[5]。
2 公権力・政権与党の介入は許されない。
上記のような報道番組内容への公権力・政権与党の介入は、憲法21条が表現の自由を保障し、検閲を禁止している趣旨、および日本が批准した自由権規約19条に照らし、到底認めることが出来ない。
(1) 「放送法」に名を借りた介入について
放送法は憲法21条に適合的に、表現の自由を最大限保障するよう解釈・運用されなければならない。
放送法1条はその目的として「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」を掲げ、3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と定めている。これを受けて、放送法4条は、放送事業者による放送番組の編集について「1、公安及び善良な風俗を害しないこと、2、政治的に公平であること、3、報道は事実をまげないですること、4、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と規定している。
放送法は、放送が免許制であるために、政府や公権力の影響を受けやすいことに鑑み、政府や公権力からの不当な規制・干渉を排除して放送の独立を確保し表現の自由を保障するとともに、放送事業者には、公平・公正な番組を視聴者たる国民に届けることを自主的に取り組むべき責務として義務付けた法律である。憲法21条および上記放送法1条、3条に照らすならば、4条は、政府側にとって都合のいい「公平」性を求めて介入する場合の根拠規定と解釈されるべきではない。
また、放送法上、認可・勧告等の権限を有するのは総務大臣のみであり、官邸や自民党が放送法4条を根拠に放送内容に介入・干渉しようとする行為は、明らかに放送法3条違反に該当するものであり、許されない。
放送法4条の「公平」「事実をまげない」との文言を政府与党が恣意的に解釈し、政府見解に反する見解について「公平でない」「事実をまげている」等としてメディアに介入することが容認されれば、報道機関が 政府見解と異なる報道や見解を取り扱うことはできなくなり、報道の自由は著しく阻害される。将来の放送停止を盾にとり、番組内容に批判・介入することが横行すれば、それは事実上の検閲にも匹敵する。
もとより、報道に対する市民社会の健全な批判や議論、反論権の行使は保障されなければならず、国会議員・政党関係者であっても、その例外ではない。
しかし、放送法では、テレビ放送事業の許認可権限を総務大臣が有しており、許認可は5年ごとの更新となっており、総務大臣には放送停止の権限まで規定されている。
このような関係性の中で、本件では、与党が特定の報道内容・発言について放送法に抵触すると言及し、非公開の事情聴取を行い、さらには停波を示唆するなどしており、これらは明らかに公権力による報道機関に対する圧力であり、報道の自由を侵害するものである。このようなことが横行すれば、独立して国民の知る権利に応え、民主主義を支えるべきメディアの活動は著しく阻害されることになる。
(2) 最近のさらなる言論封殺の動きについて
まして、自民党勉強会における同党議員の「マスコミを懲らしめるために経団連に働きかける」や「悪影響を与えている番組を発表してスポンサーを列挙する」などといった発言や、同党勉強会における百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」との発言がその場で公然と容認された事態は、政権与党の意に沿わない言論は権力を行使して封じ込めることができる、という言論弾圧の思想を表明したものというべきであり、到底許されない。このような介入があってはならないのは当然であるが[6]、こうした発言が自民党内から飛び出すのは、言論の自由の危機的状況を示すものに他ならない。
こうした事態が起きた背景には、政府・与党中枢が意に沿わない報道への介入・干渉を繰り返し行い、それが容認されてきた経緯があることは明らかである。
(3) 憲法・国際人権法上の責務
日本が批准する自由権規約19条は、表現の自由の最大限の保障を求めるものである。2011年に採択された同規約19条に関する「一般的意見」は、報道の自由に関して「自由な報道及び他のメディアが、公的問題について検閲も制約もなく論評でき、世論に伝達できる」ことを確保すべきこと、市民もこれに対応する権利としてメディアの発信を受け取る権利を有するとする。放送メディアに関しては、「締約国は、公共放送サービスが独立性を保って事業を営むことができるようにすべきである」「これに関連して,締約国は,彼らの独立性と編集の自由を保障すべきである」とする。
日本政府は憲法・国際法上の責務を十分に自覚すべきである。
3 結論
ヒューマンライツ・ナウは、政府・与党による言論の自由への介入に厳重に抗議するとともに、政府・与党には今後公開・非公開を問わず、報道内容へのあらゆる介入・圧力を行わないよう厳正な対処を求める。
また、今こそ報道機関の姿勢が問われており、報道機関には、言論への干渉・介入に抗議し、知る権利に応えることを通じて民主主義を支え、権力監視をする言論機関としての役割を十分に果たすよう要請する。
以 上
[1] http://www.asahi.com/articles/ASH4B3SDNH4BUTFK004.html?iref=reca 2015年4月10日朝日新聞夕刊8頁
[2]
http://digital.asahi.com/articles/ASH4K5CJFH4KUTFK00W.html
[4] http://www.asahi.com/articles/ASH6T5W6FH6TUTFK00X.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015062702000159.html?ref=rank
[5]
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-244806-storytopic-3.html
[6] なお、事態を受けて自民党執行部は、責任者の処分を決定している。