ヒューマンライツ・ナウは本日「原発被災者に対する支援・賠償打ち切り等の方針に反対し、支援の継続・拡充を求める声明」を発表しました。
全文とPDFをお知らせいたします。
原発被災者に対する支援・賠償打ち切り等の方針に反対し、
支援の継続・拡充を求める。
2015年5月26日
認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ
福島第一原発事故から四年以上が経過したが、被害者の方々に対する政府の施策は極めて不十分なままである。報道によれば、福島県、政府・与党が今、これまでの不十分な施策をも打ち切ろうと検討を進めているという。
ヒューマンライツ・ナウはこれに反対し、支援を継続・拡充することを求める。
1 自主避難者への無償の住宅提供
報道によれば、福島県は、2015年5月、東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難したいわゆる「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入り、反応を見極めた上で、5月末にも表明するという。[1]
いわゆる自主避難者は、原発事故の影響を受ける地域でありながら、政府が決めた年間20ミリシーベルトという避難基準を下回ることから避難指定されなかった地域から、自らの決断で避難した方々である。
そもそも、低線量被ばくに関する国際的な研究や広島・長崎等の疫学的研究に照らせば、年間20mSvという避難基準自体があまりに不十分である。国内法でも年間5mSvの地域は「放射線管理区域」として一般人の立ち入りや、飲食・就寝が禁止されている。
チェルノブイリ事故後は、年間1ミリシーベルト以上の地域に居住している住民には「避難の権利」が認められ、避難を決断した場合は政府から住宅支援や十分な賠償、教育・雇用の支援などが行なわれてきた。しかし、日本ではこうした支援もないまま、やむなく自主的な避難を決断した人々が多く、推計で3万6000人にも上るとされる。
自主避難者への無償の住宅提供は、自主避難者へのほぼ唯一の支援策であったが、この支援策がなくなれば、自主避難者は一層困窮し、帰還を余儀なくされる可能性もある。
避難者からは住宅支援を打ち切らないでほしいとの強い声が上がっている。福島県にはこのような決断を下さず、支援を継続し、むしろ拡充するよう、強く求める。
また、政府は、原発事故子ども被災者支援法に基づき、政府は住宅の確保に関する施策(10条)を実施する責務があり、住宅支援が打ち切られないよう措置を講ずるべきである。
2 避難指示の解除
さらに報道によれば、政府与党は、いわゆる「帰還困難区域」を除くすべての避難区域も2017年3月までに解消することを計画していることが明らかになった。
自民党の東日本大震災復興加速化本部は、5月21日の総会で、福島第1原発事故にともなう避難指示解除準備区域と、居住制限区域について、「各市町村の復興計画等もふまえ、遅くとも事故から6年後までに避難指示を解除し、住民の帰還を可能にしていく」とし、2017年の3月までに避難指示を解除するなどとする、第5次提言案をまとめた。 自民党は、5月中に政府に提出する方針だとされる。[2]
政府はこれまでも原発事故直後に指定した避難区域等を順次整理縮小し、2014年12月には南相馬市の避難勧奨地点を解除し、帰還に向けた政策を推し進めようとしてきた。
このうち、波江、双葉、大熊の原発事故周辺などの、年間積算線量が50mSvを超える「帰還困難区域」のみを避難区域として残し、それ以外の「避難指示解除準備区域」および「居住制限区域」も解除するという計画である。
居住制限区域には、飯館村のように今も深刻な汚染が続いている地域が少なくなく、放射線量も高く、インフラ整備も十分に進まないまま、避難指示解除を強行するのでは、住民に健康で安全な生活環境を保障することは到底出来ない。
なお、避難指示が解除されると、その1年後に東京電力は避難者に支払ってきた精神的賠償の支払いを停止している。これでは経済的に立ち行かなくなり、帰還を事実上強要される危険性が高い。
3 精神的賠償の打ち切り
さらに報道によれば、政府・与党は、 福島第一原発事故の避難者のうち、計5万5千人に東京電力が1人月10万円を支払っている精神的賠償について、政府・与党は、避難の期間を「事故から6年」と見なし、その1年後、すなわち2018年3月分までに支給を終えるよう、東電に求める検討に入ったとされる。[3]
これでは、住民の意向や、放射線量の低下が進まない、インフラ整備が進まない、などの事情で、避難指定の解除が進まないとしても、精神的賠償については2018年3月までに打ち切るというのである。
長引く避難生活によって多くの人が疲労を深めている。政府は集団での移転先を提供するなど、放射線量が低く、インフラも整備され、生業をやり直せるようなコミュニティを整備・提供するような措置をまったく講じず、被災者に寄り添った支援をすることなく過酷な避難生活を強いてきた。
そのうえ、この段階で賠償を打ち切ることは、住民の有効な選択肢を奪い、未だに放射線量も高く、復興も進まない地域に帰還するよう事実上強要することにほかならない。
4 人権の視点に立った政策を
こうした住民の意向に寄り添わない施策の強行は、被災者の権利を切り捨てるものと言うほかない。
放射性物質の健康リスクに最も脆弱な立場に立つ子どもたちや妊婦等への健康被害もいっそう懸念される。
2015年5月に福島県は、県民健康管理調査の甲状腺検査の結果、103人の子どもが甲状腺がんと確定し、今年1~3月の検査で新たに16人が甲状腺がんと確定している。
低線量被ばくの健康リスクについて懸念が益々深まる中、年間50ミリシーベルトを超える帰還困難区域以外の地域について全て避難区域を解除し、必要な支援を打ち切り、帰還を強要することは住民の健康に生きる権利を侵害するものである。
2013年5月、国連人権理事会に提出された国連「健康の権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏の報告書は、「放射線量の限度を設定する場合、「健康に対する権利」に基づき、とくに影響を受けやすい妊婦と子どもについて考慮し、人びとの「健康に対する権利」への影響を最小にすることが必要である。」
「低線量の放射線でも健康に悪影響を不える可能性はあるので、避難者は、年間放射線量が1mSv以下で可能な限り低くなったときのみ、帰還することを推奨されるべきである。
」とし、「原発事故子ども被災者支援法」の実施について、年間放射線量1mSVを超えるすべての地域において、被災者が必要とする、移転、住居の確保、雇用、教育、その他の必要不可欠の支援に関する、財政支援を提供するように、強く要請する」と勧告した。[4]
また、2014年、国連の自由権規約委員会は日本政府に対し、「締約国は福島原発事故の影響を受けた人びとの生命を保護するために必要なあらゆる措置を講ずるべきであり、放射線のレベルが住民にリスクをもたらさないといえる場合でない限り、汚染地域の避難区域の指定を解除すべきでない。」と勧告した。[5]
日本政府には、自主避難者支援の打ち切り、避難区域の解消、精神的賠償の打ち切りを行わないよう強く求める。
そして、改めて被災者・避難者の声を十分に聴き、低線量被ばくの健康影響を真剣に向き合い、人権の視点からの国連勧告を考慮し、住民の切実な人権を保障するための政策転換を行うよう要請する。
以上
[1] 朝日新聞2015年5月17日付報道
[4] A/HRC/23/41/Add.3 http://hrn.or.jp/activities/fukushima/参照
[5] http://hrn.or.jp/activity/2066/