イラク戦争及び占領下における重大な人権侵害について
国連人権理事会
第22回通常会合(2013年2月25日―3月22日)
第四議題:理事会が特別注意すべき人権問題
ヒューマンライツ・ナウ(HRN)による書面宣言
はじめに
本年は2003年イラク戦争の10周年にあたる。多国籍軍による侵略開始以降、アメリカおよびイギリスが指揮する連合軍とイラク政府は、国民の生命及び健康に対する権利を保護する責任を果たすことを怠り、結果として、イラク国民の生命及び健康に対して重大な結果がもたらされた。
イラク戦争及び占領下における重大な人権侵害について
イラクにおける惨事は破壊的なものであった。アメリカ、ジョンホプキンズ大学ブルームバーグ公共衛生大学院の研究によると、655,000人のイラク人が2003年のイラク戦争の結果死亡した[1]。世界保健機関(WHO)によると、2003年3月から2006年6月の間に151,000人が武力紛争の結果死亡したと推定されている[2]。ウィキリークスにより露呈されたアメリカ政府機密文書によると、2004年から2009年の間のイラク戦争により、66,000人の民間人が殺害されたと推定されている[3]。
イラク占領軍による国際人権法及び国際人道法の深刻な違反があるという報告が多くなされている。例をあげると、2004年4月と11月のアメリカ軍のファルージャに対する攻撃では、民間人攻撃、白リン弾に市民に対する使用、市民の病院へのアクセスの拒絶等の戦争犯罪行為が広く報告されている [4]。多国籍軍が、劣化ウラン弾、クラスター爆弾や白リン弾等の非人道、無差別または毒性兵器を、市民に対する危害を最小化するような手段を一切講ずることなしに、民間人の居住地で使用したことが報道されている。 [5]。これらの兵器の使用は、多数の死者をもたらし、イラク戦争後も重大な健康被害を引き起こしたと報告されている[6]。更に、アメリカ軍がアブグレイブ(Abu
Ghraib)及びその他の刑務所において、拷問・非人道的取り扱いに該当する身体的虐待や侮辱などの虐待的扱いがイラク人拘留者に対してなされていたことは多くの証拠に裏付けられている。 [7]。
ところが、こうした人権侵害については、米国の国内司法手続において、適切な捜査がなされず、人権侵害の加害者に対する訴追・処罰はなされていない。とりわけ、指揮命令を下した最高指揮官レベルの責任は問われていない。その一方、多くの被害者たちが補償を受けることもなく、身体的被害に苦しんでいる。また、いかなる国連の独自調査委員会も、十分かつ包括的にこれら人権侵害を調査していない。
ヒューマンライツ・ナウは、多国籍軍による侵略、占領下における国際人権・人道法違反に関する国連の独立調査委員会を設置して公正な調査を行い、正義の実現、責任の所在の明確化、再発防止及び全ての被害者に対する十分な補償を実現することを要請する[8]。
イラク各地における先天的障がいを負った乳幼児の出生現象
HRNは武力紛争により生じた有害物質により引き起こされている、現在および潜在的な健康・生命に対する危機について特に懸念する。
2003年のイラク戦争により、大量の有害物質が環境汚染を引き起こし、それは特に子どもの生命と健康を危機にさらし続けている。戦争後まもなく、イラク各地において先天的障がいを負った乳幼児の出生現象がみられるようになった。
イラクの医師たちは、様々なメディアを通じて、乳幼児の先天的障害の例が多発していること関する重大な懸念を国際社会に対して訴えてきた。インディペンデント紙によると、「イラクの医者たちは、2005年以来深刻な先天的障害を負った乳幼児の数の著しい増加を訴えている。先天性障害は頭が先天的に二つの頭をもった赤ちゃんから、下肢の傷害を負った赤ちゃんまで多様な症例がある。彼らは、ファルージャでのアメリカ軍と反乱軍の間の戦い後、がんの発症率が以前よりもはるかに高くなったとも話している」という[9]。
ファルージャ総合病院のサミラ・アラーン医師は、2003年以来ファルージャで生まれた15%の乳幼児に先天的奇形があるという調査を報告した。同医師は、「出生障がいをもった乳幼児が急激に増加し、ファルージャの人々の健康を損なう結果となっている。生き残った子ども達に対する治療は限界に達している」そして、「これらの障がいは近代兵器に含まれている環境汚染物質の結果に起因する可能がある」と結論付けている[10]。アメリカやイギリスの部隊が使用した劣化ウラン(DU)弾が、出生障害やがん発症率の増加に加担している分析する研究は依然として多い。また、バスビー、ハムダン、アリアビの2010年の研究は、ファルージャにおける2005年から2009年の「ウラン被ばくが、先天的奇形やがんの増加の主要原因であるか、または原因に関連性している」と結論付けている。[11]
国連環境計画(UNEP)の情報公開要請にも関わらず、アメリカ軍が情報を公表していない為、2003年のイラク戦争で使用されたDU弾の具体的な量や投下位置は、現在特定されていない[12]。全てのDU弾使用国が、影響をうけた国家の申立てのあった場合は、DU弾の量的及び位置的情報を公開するように、2010年の国連総会決議において要請された[13]。イギリス防衛省(UK MOD)1991年の湾岸戦争において1トン以下、2003年のイラク戦争においては約1.9トンのDU弾が使用されたとしている。2003年の紛争において用いられたDU弾の総量は170から1700トンにも及ぶと推測されている[14]。もっとも、依然、総量は不明のままである。
2003年のイラク戦争から10年がたったが、国連などの独立国際機関による、イラクにおけるDU弾に関連する健康被害に対する十分な調査は行われていない。イラク保健省とWHOによる、修正障害の増加に関する調査が2013年初めに公表される予定であるが、DU弾と出生障がいの関連については調査が行われていない[15]。
更なる生命と健康被害を防止する為に、出生障害の原因と発生状況の調査、原因の特定、実効的な保健政策立案と医療制度の構築、被害者に対する適切な賠償がなされる事が緊急の課題である。国際人権法、国際人道法及び国際環境法の賠償の「汚染者負担原則」(“polluter pays”
principle)の諸基準に基づき、責任者を特定することが重要である。
勧告
ヒューマンライツ・ナウは、こうした事実や問題に関して、国連人権理事会に対し、以下の行動をとるよう勧告する。
- イラク政府に対して、ファルージャ市民の健康状況に関する独立調査委員会を設置するよう要請すること。
- アメリカ及びイギリス政府に対して、イラクにおけるDU弾の使用の量的、地理的情報の公開を要請すること。
- アメリカ及びイギリス政府に対して、イラク戦争での人権侵害に対する捜査を行い、未だに続く人権侵害に対して、国際法上の責任をとるよう要請すること。
- 関連する国連特別報告者に対し、イラクの出生障がいの異常発生に関連する、原因、防止、治療、説明責任そして被害者の要求等の事項に関する事実調査を要請すること。
- 武力紛争における非人道、無差別及び毒性兵器の使用に関連する全ての人権侵害を調査する新しいマンデートを国連人権理事会の特別手続きのもとに設立すること。
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[1] Gilbert Burnham, Riyadh Lafta, Shannon Doocy, Les Roberts,
“Mortality after the 2003 invasion of Iraq: a cross-sectional cluster sample
survey”, The lancet PublishedonlineOctober11,2006
http://brusselstribunal.org/pdf/lancet111006.pdf
[2] Iraq Family Health Survey Study
Group, “Violence-Related Mortality in Iraq from 2002 to 2006”, N Engl J Med
2008; 358:484-493, January 31, 2008(95% uncertainty range, 104,000 to
223,000).
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMsa0707782
– t=articleBackground
[3] Leigh, D. ‘Iraq war logs reveal
15,000 previously unlisted civilian deaths’, The Guardian, 22 October 2010,
[Accessed 31 January 2013]
http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/22/true-civilian-body-count-Iraq
[4] Professor Paul
Hunt, the UN Special Rapporteur on the right to health stated credible
allegations persist that the Coalition forces have been guilty of serious
breaches of international humanitarian and human rights law, citing report that use of indiscriminate force has resulted estimated 750 civilian deaths, 90 per cent were
non-combatants. http://www.un.org/News/Press/docs/2004/hr4738.doc.htm; In November 16, 2004, the UN High Commissioner for Human Rights expressed
deep concern about the situation of fighting in Fallujah and stated that” all
violations of international humanitarian law and human rights law must be
investigated and those responsible for breaches — including deliberate
targeting of civilians, indiscriminate and disproportionate attacks, the
killing of injured persons must be brought to justice, be they members of the
Multinational Force or insurgents.”
www.unhchr.ch/huricane/huricane.nsf/view01/7472316E3570A216C1256F4E0046EDC6?opendocument
健康に対する権利に関する国連特別報告者ポール・ハント教授は、多国籍軍が国際人道法及び国際人権法の深刻な侵害を行ったという有権的主張がなされていて、無差別兵器の使用により、市民の死者が750人に及び、そのうち90%が非武装人員であったという報告を引用した。http://www.un.org/News/Press/docs/2004/hr4738.doc.htm;2004年国連人権高等弁務官はファルージャにおける紛争状況に監視、非常に懸念を示し、「意図的な市民への攻撃、無差別または不必要な攻撃、負傷者の殺害を含む、全ての国際人道法及び国際人権法違反を調査し、違反者は、多国籍軍であれ、反乱軍であれ、訴追されるべきである。」と主張した。
[5] “U.S. Using Cluster MunitionsIn
Iraq”, Human Rights Watch report,
http://www.hrw.org/news/2003/04/01/us-using-cluster-munitions-Iraq
[6] http://www.globalresearch.ca/us-military-committed-war-crimes-in-fallujah/8340,
“Fallujah; The hidden massacre”.
[7] http://video.google.ca/videoplay?docid=8905191678365185391&q=Fallujah%3A+hidden+massacre&total=38&start=0&num=10&so=0&type=search&plindex=0; Please refer to the following links;
http://www.globalresearch.ca/america-s-fallujah-legacy-white-phosphorous-depleted-uranium-the-fate-of-iraq-s-children/30372,http://www.hrw.org/en/reports/2003/12/11/target-0,
http://www.un.org/sg/spokesperson/highlights/?HighD=11/17/2005&d_month=11&d_year=2005; http://www.hrw.org/news/2003/04/29/iraq-clusters-info-needed-us-uk
[8] Batty, D. ‘Iraq war logs: UN calls
on Obama to investigate human rights abuses’, The Guardian, 23 October 2010,
[Accessed 31 January 2013] , http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/23/united-nations-call-obama-investigation-abuses-iraq?intcmp=239
[9] Patrick Cockburn, “Toxic legacy of
US assault on Fallujah ‘worse than Hiroshima'”, The Independent, 24 July 2010
http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/toxic-legacy-of-us-assault-on-fallujah-worse-than-hiroshima-2034065.html
[10] Samira Alaani,
MozhganSavabieasfahani, Mohammad Tafash and Paola Manduca, “Four Polygamous
Families with Congenital Birth Defects from Fallujah, Iraq”, Int. J. Environ.
Res. Public Health 2011, 8(1), 89-96
http://www.mdpi.com/1660-4601/8/1/89/pdf
[11] Cancer, Infant
Mortality and Birth Sex-Ratio in Fallujah, Iraq 2005-2009 Chris Busby ,
MalakHamdan and EntesarAriabi,
Int. J. Environ. Res. Public Health 2010, 7, 2828-283, http://www.mdpi.com/1660-4601/7/7/2828.
[12]
IKV Pax Christi, “Hazard Aware: Lessons
learned from military field manuals on depleted uranium and how to move forward
for civilian protection norms”, September 2012
http://www.ikvpaxchristi.nl/media/files/hazard-aware.pdf; International Coalition to Ban Uranium Weapons “Precaution
in Practice: challenging the acceptability of depleted uranium weapons”, 1
October 2012
http://www.bandepleteduranium.org/en/precaution-in-practice
[13] United Nations
General Assembly A/RES/65/55 Effects of the use of armaments and ammunitions
containing depleted uranium, 13 January 2011
http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/RES/65/55
[14] United Nations
Environment Programme, “Technical Report on Capacity-building for the
Assessment of Depleted Uranium in Iraq”, Geneva, August 2007
http://reliefweb.int/report/iraq/technical-report-capacity-building-assessment-depleted-uranium-iraq
[15] http://www.emro.who.int/irq/iraq-news/congenital-birth-defect-survey.html
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伊藤 和子
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