【声明】ナバメセム・ピレー国連人権高等弁務官の訪日を機に、国内外の人権の保護と促進のために、日本政府が行うべきこと

【東京 2010年5月10日】

5月 12日から 15 日にかけて、ナバメセム・ピレー国連人権高等弁務官が訪日する。

 

これは同氏の2008年9月の就任以来、初めての訪日である。日本を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、この訪日を機に、日本政府が、一向に進んでいない人権政策の抜本的改革を前進させる立場に転換するよう求める。 

人権理事国である日本は本来、最高水準の人権保障を国内で実現するとともに、国連  人権高等弁務官事務所との緊密な連携のもと、世界の危機にさらされた人々の人権擁護に貢献する役割を果たすべき立場にある。しかし現実には、国際人権基準と日本の人権状況には大きな隔たりがあり、人権条約諸機関から繰り返し改善を指摘され、国際社会への人権面での目立った貢献もない。民主党を中心とする現政権は、人権分野における様々な前向きの改革を有権者に約束していたが、残念ながら昨年の政権就任以来目立った進展は見られない。

ヒューマンライツ・ナウは、今回のピレー国連人権高等弁務官の訪日を機に、日本が人権擁護の国際的責務と公約を再認識し、迅速な行動に踏み出すよう求める。

Ⅰ 日本国内の人権課題

 

1 構造的問題

 

(1)  背景事情

日本は自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、拷問禁止条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約を批准しているが、人権条約の個人通報制度のための選択議定書の批准ないし受諾の宣言をいずれもしていない。日本は各条約機関から繰り返し、条約に反するとの懸念事項と勧告を受けているが、その多くは未だに改善されていない。たとえば、自由権規約委員会の第4回政府報告書審査(1998年11月)では、委員会から「第3回報告の検討の後に発せられた勧告が大部分履行されていないことを、遺憾に思う」と指摘され、10年を経た第5回審査(2008年11月)にも同様の指摘を受け、事態は深刻である。

日本が条約機関の勧告に従っていない項目は、マイノリティに対する差別、民法の女性差別規定や婚外子差別規定、刑事手続、死刑制度、表現の自由、従軍慰安婦への補償など、極めて広い分野に及ぶ。

日本には、国内人権機関が存在せず、包括的な差別禁止立法も制定されていない。そして、人権のみを専門に扱う省庁が存在せず、また、国会にも人権に関する専門委員会が存在せず、政府の行った国内外での人権に関する活動を議会に定期的に報告するシステムもない。さらに、裁判所は国際人権条約を裁判規範として扱うことに消極的であり、条約機関による一般的見解を軽視する傾向にある。こうしたなかで、結果として日本の人権状況は国際的なスタンダードを著しく下回っているのが実情である。

(2) 勧告実施のためのアクション・プランの策定

ヒューマンライツ・ナウは、日本政府に対し、高等弁務官の来日を契機に、条約から勧告を受けて未だ履行していない課題をすべて洗いだし、すべての勧告を速やかに履行するためのアクション・プランを策定することを求める。そして、すべての関連省庁の関与のもとにこれを実行に移すべきである。

(3) 選択議定書の批准と国内人権機関の設置

ヒューマンライツ・ナウは、日本の人権状況を抜本的に改善するために

・人権四条約(自由権規約、拷問禁止、人種差別、女性差別)の選択議定書の批准または受諾宣言により個人通報制度を受け入れること

・パリ原則に基づく政府から独立した人権擁護機関を設置すること


が最も重要であると考える。

これらはいずれも、日本政府が、政権交代の際に公約として掲げたことであるが、未だ実現されていない。国際人権条約と日本の司法判断のギャップを埋め、日本の人権状況を国際水準にひきあげるため、個人通報の受諾は極めて重要である。また、人種、社会的マイノリティに対する差別的取扱い等の人権侵害が蔓延している状況を変えるためには、こうした人権侵害の被害者が実効的な救済を図ることができるよう、国内人権機関による人権救済制度の確立が不可欠である。

政府は、これらの二つの課題の現在の進捗状況を高等弁務官に説明するとともに、迅速な実施のため、今後のタイムスケジュールを決めてこれを公表し、市民社会、有権者への説明責任を果たすべきである。個人通報実現についてはすでに機は熟しており、今後1年以内に四条約すべてについて個人通報制度を受け入れることが求められる。

国内人権機関については、制度設計に市民社会や人権侵害の被害者の声を反映するメカニズムを早急に確立し、情報を適宜公開して説明責任を果たし、タイムスケジュールを明確にして法制化を進めるべきである。

 

2 個別課題

ヒューマンライツ・ナウは日本政府に対し、人権条約機関から繰り返し改善を勧告され、かつ政府も取り組む意欲を示してきた、以下の課題について、すみやかな改革の実施を求める。

(1) 刑事司法の改革と死刑

日本の刑事司法の実態は、自由権規約委員会、拷問禁止委員会などから繰り返し厳しく指摘されてきた。指摘されてきたのは、代用監獄による起訴前の身柄拘束と密室での長時間の取調べであり、さらに、多数の有罪判決が自白に基づくものであり、著しく有罪率が高いこと、これが死刑事件にも妥当することに深い懸念が繰り返し表明されている(1998、2008年自由権規約審査)。日本政府はこうした条約機関からの懸念と勧告を無視し、日本の刑事司法の改革を怠ってきた。

その結果、今年再審無罪が確定した足利事件では、無実の人が虚偽の自白をさせられ、17年間服役した末に、やっと無実と判明して釈放される事態となった。また1967年に発生した布川事件では無期懲役判決を受けた被告人らの再審開始が決定され、1961年に発生した名張事件では、1969年以来死刑棟で無実を叫び続けている84歳の死刑囚に対する死刑・有罪判決に最高裁判所が疑問を呈するに至った。いずれの事件でも、自白に依拠した有罪判断が誤っていた疑いが強い。

冤罪により死刑を宣告されたり、自由を長きにわたり奪われることは取り返しがつかない人権侵害である。冤罪による無辜の不処罰や処刑を防止するため、国際人権基準に基づく刑事司法の改革は不可欠であり、とくに裁判員制度のもとで市民が刑事裁判に参加する新制度下で冤罪防止の制度的保障は緊急の課題となっている。自由権規約委員会の勧告に基づき、虚偽自白をなくすための取調べの全面可視化を実現すること(1998、2008年勧告)、自由権規約14条に従い、被告人がすべての関係証拠にアクセスできる権利を保障する証拠開示に関する改革(1998年勧告)を緊急に進めるべきである。

そしてこのような冤罪の危険性が伴う刑事司法制度下での死刑執行は行われるべきではない。日本は、2008年国連総会決議を尊重し、死刑執行の停止を実現すべきである。 また、今年の国連総会で予定されている死刑執行停止決議には、従来の姿勢を転換して賛成すべきである。

(2) 女性差別、婚外子差別

日本の民法に存在する明白な女性差別および婚外子差別規定は、ただちに撤廃すべきであり、このことは、女性差別撤廃委員会をはじめ、人権条約機関から繰り返し勧告されてきた。日本政府は、こうした差別規定の撤廃を含む民法の改正を国民に約束したが、今国会では、未だに法改正は実現していない。日本政府は民法改正により、すみやかに、現行法上の女性差別、婚外子差別を撤廃すべきである。

 


Ⅱ 近隣アジア諸国に対する人権対話・人権外交を強化

日本は、人権外交の姿勢として「アジアでの橋渡しや社会的弱者保護といった視点を掲げつつ、国連の主要人権フォーラムや二国間対話を通じて、国際的な人権規範の発展・促進をはじめ、世界の人権状況の改善に貢献する。」としている。しかし、現実には世界、とりわけアジア諸国において、人権保護・促進のためのイニシアティブを十分に発揮しているとはいいがたい。特に国連人権理事会においては、特定のイシューを除いて、日本が合意形成に積極的な貢献を果たしている様子はうかがわれない。

しかし、欧米と途上国間の対立などから合意形成が困難を極めることが少なくなくい人権理事会にあって、先進国と途上国の「かけ橋」を標ぼうする日本こそが、こうした対立のいずれにくみすることなく、真に人権の普遍性に真にねざし、深刻な人権問題を解決するための公正で積極的なイニシアティブを発揮すべき立場にある。

日本が継続して取り組んでいる朝鮮民主主義人民共和国の人権問題の重要性は論をまたないが、ミャンマー(ビルマ)、カンボジア、スリランカ、パキスタンなど、日本がドナーとなっている近隣アジア諸国においても、深刻な人権侵害が存在する。日本政府は、こうした国々における人権状況を把握し、相手国政府と被害を止めるための真摯な協議や、場合によっては公然とした非難と要請を、いっそう積極的かつ緊密に行うべきであり、援助政策においても人権の保護促進を主流化すべきである。

一方、朝鮮民主主義人民共和国の人権問題への対応は、日本国内のマイノリティである在日朝鮮人への人権侵害や差別を助長する結果をもたらしてはならない。また人権外交を進めるにあたっては自らの人権侵害の過去への清算とりわけ従軍慰安婦問題の被害者補償を含む全面解決が欠かせない

人権外交の推進にあたり、日本は国連人権高等弁務官事務所とも一層の連携をはかり、人権促進に関わる多国間フォーラムの開催に貢献すべきである。日本、中国、北朝鮮などを含む地域である東北アジア地域には、国連人権高等弁務官の地域事務所が存在せず、そのことは域内の人権状況の打開を遅らせている。日本は同地域事務所を国内に招致することなどを通じて、地域事務所の実現に積極的に貢献することができるはずである。

ヒューマンライツ・ナウは、人権高等弁務官の来日にあたり、上記の事項を含む真剣な対話がなされ、人々のかけがえのない人権を守る国連の活動との強固なパートナーシップを日本が確立することを期待する。

以上