【プレスリリース】
フィリピンの人権状況に関する調査ミッション(4月14日から21日)を受けて
HRN フィリピン調査団
1. 調査の経過と概要
ヒューマンライツ・ナウは、2007年4月14日から22日にかけて、フィリピンにおける超法規的殺害及び強制失踪の調査を行った。
フィリピンでは、2001年以降、数百名もの人権活動家、社会活動家が非合法に虐殺・暗殺されたと言われ(以下、超法規的殺害という)、国際社会において問題とされ、昨年12月には、安倍首相、麻生外務大臣が、日比首脳・外相会談でこの問題に関する懸念を表明した。その後同国を訪問した国連の特別報告者フィリップ・アルストン氏は、殺害に軍が関与しているとの認識を公に示し、大統領の命じた特別調査委員会も軍の一部が殺害に関与したことを認める報告書を大統領に提出している。大統領はこれを受けて、2月に対策を発表しているが、殺害はその後も続いている。
私たちは、アジアの友人であるフィリピンで多くの人が殺害に犠牲にあっているという彼らの訴えに懸念を深め、今回の調査を行なうに至った。
私たちは今回、内務省高官、人権委員会、フィリピン弁護士会などと面会し、カラパタンなど、いくつかの人権団体とも面会した。また重要なことに、超法規的殺害や強制失踪の被害者やその関係者から直接の聴き取り調査を行うことができた。私たちが調査を行ったのは、超法規的殺害が14件(被害者数26人)、強制失踪3件、そして5人の被害者がいる拷問の事件1件である。
2. 聴き取り調査を終えて、ヒューマンライツ・ナウの事実調査団は、調査したほとんどの事件において、フィリピンの軍又は警察が、殺害や失踪、拷問に関して責任があるとの認識に至った。
第一に、調査を行ったいくつかの事件において、軍が殺害に関与していることを確信した。それが最も顕著な例は、2004年11月16日に起きたハシエンダ・ルイシータ農園におけるストライキ中の虐殺(判明しているところで7名が死亡)である。
第二に、目撃証人が軍隊・軍人の犯行だとはっきり指示・特定している事件が相当数存在する。例えば、昨年、フィリピン大学の女子学生二人が拉致され現在も失踪中だが、その拉致現場を目撃した証人は、私たちに対して、「犯人が56大隊に所属する軍人であった」ことをはっきりと証言した。私たちはこの証言は非常に信頼性が高いと考える。
第三に、ほとんどの事件において、その組織的な手口と状況証拠が政府と殺害事件とのつながりを示している。ほとんどの事件で、被害者は殺害される前に、公的機関から「左派」又は「国家の敵」とレッテルを貼られて非難されたり、脅迫や嫌がらせを受けていた。
最後に、私たちは「タガイタイ5」という呼び名で知られる5人の被収容者に面会する機会があった。彼らに対する事情聴取から、国家警察が彼らの活動に関する情報を聞き出すために、残忍な拷問を行っていたことが判明した。
果たして何人の人がこのようにして超法規的に殺されたのか。今回の調査だけでは判明せず、さらに慎重に評価・検討する必要がある。
しかし、重要なのは、実際に国家の関与によって超法規的に殺害されている人が相当数いる、ということである。同様に、深刻なのは、上記の事実にも関わらず、政府関係者が裁かれることもなく、人権を侵害した者が処罰されないままになっていることである。私たちが会った被害者遺族はみな、責任者に対する何らの裁きも責任追及もなく、きちんとした捜査が行われないと訴えていた。
3. 国連の特別報告者であるフィリップ・アルストン氏が今年2月、フィリピンに調査に訪れた後も、超法規的殺害をめぐる状況は改善していない。
例えば、2007年3月31日には、9歳の少女Grecil Buyaが、ミンダナオのコンポステラ・バリーで軍によって殺害されている。私たちはこの少女の両親から聴き取り調査を行い、記者会見にも同席した。私たちはこの少女の死は軍による無辜の市民への攻撃によるものであると判断した。 軍は、彼女がNPA(新人民軍)の子ども兵士で、M16型のライフルを持っていたと主張していた。しかし、彼女が学校に通う小学生であったということ、彼女の体の大きさでは、約1メートルの長さのM16型のライフルを操ることは困難であること、そして彼女の両親の証言からみて、私たちは、この軍の主張に信をおくことはできなかった。
この事件後、軍からの公的な謝罪や犯人に対する捜査が何ら行われていないことは非常に問題であり、私たちは、少女の殺害と犯人の不処罰に抗議する。
4. 私たちが調査を行った事件の被害者のなかには、高い尊敬を集めた弁護士や人権活動家、労働組合の長、教会の司教、市議、村長、左派の活動家がいた。彼らのほとんどは、一般市民を代表して権利を主張している人々であった。このような人々の殺害は、人々の恐怖心を煽り、表現の自由を損ない、結果として民主社会全体を蝕むことになる、という点で大変に深刻であることを強調したい。
私たちは、フィリピン国軍が作成したとされている反乱鎮圧作戦文書「オプラン・バンタイラヤ」(自由の監視作戦)とその付属文書を入手した。これらの文書には、NPA(新人民軍)と合法的に活動する団体を区別せずにターゲットとし、これらターゲットを一定期間内に“neutralize”(注: 「中立化」と直訳されるこの言葉は、暗殺の隠語として過去に使用されてきました)する、との記載が存在する。
しかし、合法的な活動を行う市民は、NPAとみなされたり、国家によって標的にされるべきではない。国際人道法の根本原則は、武力紛争に直接参加していない市民を軍事的標的にしてはならない、ということである。政府は、武装集団と市民活動家を厳密に区別すべきであり、いかなる状況下にあっても、市民活動家の生命に対する権利を尊重し、保障すべきである。
5. 私たちは、人権侵害に対する対応についても問題があるとの認識に至った。 大統領が設置した特別調査委員会の報告書は、フィリピン国軍前将軍のパルパラン氏について、「相次ぐ殺害の一部に責任がある」と指摘している。しかし、同氏に対して、現状では何らの捜査も行われていない。政府高官の責任が問われない状況は依然として続いている。
私たちは内務省事務局次長であるMelchor Rosales氏と会見したが、彼は、この国には「超法規的殺害」など存在せず、ただ、原因不明の殺害があるだけだ、との認識を示した。彼はまた、警察はマルコス政権崩壊後から定期的に人権教育を行ってきたのだから、国連の特別報告者に指摘されて更なる人権のための措置を講じる必要はまったくない、とも述べた。
フィリピン政府は、現在までのところ、超法規的殺害や強制失踪の再発を防止するという義務を十分に果たしていないと言わざるを得ない。殺害はそれぞれ孤立した事件ではなく、組織的・系統的に行われている人権侵害である。これに対処するには、特別裁判所の手続にまかせるだけでは十分でなく、国家として、徹底的で効果的かつ透明性のある捜査を、被害者の全面的な参加と適切な国際的監視及び技術的支援のもとに行うべきである。
6. 国際自由権規約を批准している国として、フィリピンは、その領域内にあるすべての個人の人権を保障する義務があり、とりわけ人々の「生命に対する権利」を侵害することは許されない。また、人権侵害に対する捜査や訴追を含む措置をとることによって、あらゆる形態の人権侵害から人々を保護しなければならない。
確かに、フィリピンには、非国家主体(non-state actor)による人権侵害という問題がある。しかし、非国家主体が人権侵害を行っているという事実をもって、国家が自身の人権義務違反を正当化することはできない。
そこで、私たちは、フィリピン政府に対して以下のことを要請する。
1) 市民団体及び活動家個人を標的にした政策を直ちにやめること。
2) 超法規的殺害や強制失踪とされるすべての事件に対して事件の捜査を行い、または再開すること。
3) 被害者の全面的な参加、国際社会のモニタリングや適切な技術支援のもとに、人権侵害の真実と動機の捜査に関する徹底した、透明性のある調査を行い、補償も行なうこと。
4) すべての国際人権法及び人道法を遵守すること。
7. フィリピンに対する最大の援助国政府として、日本政府は、援助国における基本的人権を保護・促進するという同義的責任がある。 日本のODA大綱もこの責任に言及している。すなわちODA大綱の援助実施原則(4) は、「民主化の促進、市場経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払う」と規定している。
2006年12月9日、日本の安倍首相は、アロヨ大統領との会談の席上、「フィリピンにおける人権状況についての日本国内に強い懸念がある」ことを指摘した。しかし、最近のフィリピンの現地報道は、「今年5月にアロヨ大統領が来日した際に二カ国が第27次円借款に署名するだろう」と伝えている。私たちは、現在の状況下でフィリピンに対して無条件に円借款を供与することは、日本政府がフィリピン政府の人権政策を支持又は黙認している、という誤ったメッセージを伝える危険性があることを強調したい。政府開発援助は、人間の安全保障、平和、安定、そして人権に対して悪影響を与えるものではあってはならない。
そこで、私たちは日本政府に対して以下のことを要請する。
1) 人権状況およびアカウンタビリティーメカニズムが明確に改善されたと認識されるまで、円借款協定を停止すること。
2) フィリピン政府と人権について建設的な会話を行うと同時に、フィリピンにおける人権状況とアカウンタビリティーメカニズムを監視し続けること。
3) 国連人権理事会においてこの問題に関して発言することを通じ、この問題に関する国際社会の意識喚起をはかること。
8. ヒューマンライツ・ナウは、二ヶ月以内に今回の事実調査の報告書を出し、日本とフィリピンの両政府、そしてこの問題に関心を持つすべての国家と人権団体に同報告書を送付する予定である。ヒューマンライツ・ナウは、フィリピンでの調査を担当した、国連の特別報告者フィリップ・アルストンを招聘し、5月8日に東京で講演会・シンポジウムを開催する(東京大学駒場キャンパス18号館、午後6時半より)。 引き続き、日本と国際社会に対し、この重大な人権侵害に関する意識喚起に努めていく予定である。
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