【声明】刑法の性犯罪規定の改正案についての声明

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは2017年3月8日、「刑法の性犯罪規定の改正案についての声明」を公表しましたので、全文をご報告します。

声明全文(日本語)刑法の性犯罪規定の改正案の審議に向けての声明 [PDF]


刑法の性犯罪規定の改正案についての声明

1 刑法の性犯罪規定に関する改正案が法制審議会でとりまとめられ、2017年3月7日の閣議決定を受けて、現在会期中の通常国会に上程が予定されている。改正案は、①強姦罪や強制わいせつ罪の非親告罪化、②強姦罪の行為者及び被害者の性別を問わず、かつ、現行法では「姦淫」に限定されている強姦罪の対象を「性交等」(膣性交、肛門性交、口淫性交)とする、③18歳未満の者を現に監護する者による、その影響力に乗じた性交等を処罰する、④強姦罪の法定刑の下限を3年以上から5年以上の有期懲役に引き上げるなどを内容としている。

2 性犯罪は人格の尊厳を踏みにじる深刻な人権侵害であり、女性に対する性犯罪は女性に対する暴力の一つとして、女性差別撤廃宣言、北京行動綱領等、さらには女性差別撤廃条約一般的勧告19等の国際文書で、その根絶に向けた各国の努力が要請されてきた。近年では、女性に限らない性暴力の深刻性についても国際社会は着目し取組を進めてきた。
これに対し、日本の取組は大幅に立ち遅れ、明治時代(1907年)に制定された刑法がそのまま踏襲され、性犯罪の防止および被害救済、そして処罰の対応のいずれもが著しく遅れていると言わざるを得ない。
日本の刑法の性犯罪規定に関しては、国連の女性差別撤廃委員会(2003年・2009年・2016年)、自由権規約委員会(2008年・2014年)、子どもの権利委員会(2004年・2010年)、社会権規約員会(2013年)から、繰り返し、懸念が表明され、その是正を求める勧告が出されている。
その主な内容は、強姦罪(刑法177条)の定義の拡大、男児や男性に対する強姦を重大な犯罪とすること、近親姦を個別の犯罪とすること、抵抗したことを被害者に証明させる負担を取り除くこと、非親告罪とすること、性交同意年齢を13歳以上に引き上げること、罰則を引き上げることであった。[1]

3 この点で、遅きに失したとはいえ、法制審議会がとりまとめた改正案は、国際人権基準を部分的に取り入れたものと評価できる。しかし、その内容は、性暴力被害の根絶および被害者保護のために到底十分とは言えない。
日本の性犯罪規定では、強姦の成立に「暴行・脅迫」が要件とされ、その程度も「相手の抗拒を著しく困難ならしめるもの」と解釈されてきた(最判昭和24・5・10刑集3巻6号711頁)。準強姦罪も「抗拒不能」が要件とされ、極めてハードルが高い。この点を是正する議論が法制審議会でもなされたものの、立法事実を踏まえた議論が十分になされず、最終的に「暴行・脅迫」要件の見直しが見送られたことは極めて遺憾である。
諸外国の法制では、意に反する性行為を広く性犯罪として処罰する国が広がりを見せており、セクシュアルハラスメントの刑事責任を明記する法制もあるところ、極めて狭い「暴行・脅迫」要件をそのまま維持する日本の状況は著しく立ち遅れている。
また、今回の改正要綱案では、配偶者間強姦が明確に処罰対象と法文上明記されなかったこと、13歳という性交同意年齢が引き上げられなかったことも極めて遺憾である。
性交同意年齢についてはとりわけ、諸外国の法制を参考とし、真摯な検討をすべきである。[2]
この点に関し、2016年3月7日、女性差別撤廃委員会は、日本政府の第7回第8回合同定期報告に関する最終見解において、今回の法改正に至る法務省の検討会の議論に関して、「配偶者強姦を明示的に犯罪化する必要があるとは考えなかったこと」、「性交同意年齢が13歳のままであること」に懸念を表明している。

4 ヒューマンライツ・ナウは、今般の改正案に基づいて速かなる法改正の実現を行うよう求めるとともに、今般の改正案にとどまらず、女性に対する暴力の根絶および性暴力被害者の人権保障に関する国際的な人権水準[3]に基づき、以下の点についても審議を尽くして、性暴力に関する犯罪規定の抜本的な改正が実現されるよう求める。

1 強姦罪の構成要件である「暴行・脅迫」要件の撤廃
2 夫婦間強姦の明示的な犯罪化
3 性交同意年齢(現在13歳)の引き上げ

以上

[1]女性差別撤廃員会は、①強姦罪を、膣性交以外にも拡大して定義すべきことについては、第7回および第8回報告に関する総括所見(2016年)において、②近親姦を個別の犯罪とすべきことについては、第2回ないし第8回日本政府報告に対する最終見解あるいは総括所見(2003年、2009年、2016年)において、③非親告罪化については、第6回ないし第8回報告に対する最終見解あるいは総括所見(2009年、2016年)において、④性行同意年齢の引き上げについては、第7回および第8回報告に関する総括所見(2016年)において、⑤罰則を強化することについては、第.2回ないし第8回日本政府報告に対する最終見解あるいは総括所見(2003年、2009年、2016年)において、それぞれ日本政府に要請している。⑥男性に対する強姦罪、証明負担の免除については、自由権規約委員会から勧告(2008年)が出されている。また、現行法下では、強姦罪等の性犯罪は、性的自由を保護法益としていると解されているが、女性差別撤廃委員会は、日本政府の第6回報告に対する最終見解(2009年)において、性犯罪を「身体の安全および尊厳に関する女性の権利の侵害を含む犯罪」として定義することを要請している。
[2]性交同意年齢に関しては、これを引き上げたうえで、年齢や精神的および身体的成熟度に大きな相違のない未成年者間の性行為は処罰対象としない手立てが可能である。
イギリスの2003年性犯罪法では、13歳未満の者との間で性行為に及んだ場合は罪に問われる(ss 5-8)。また、18歳以上の者が13歳以上16歳未満の者との間で性行為に及んだ場合、16歳未満であると信じるに足る合理的理由がある場合には、有罪となる(s 9(1))。イギリスでは16歳以上で同意は有効となるが、18歳以上の者が主従関係にある18歳未満の者との間で性行為に及んだ場合にも、有罪となる(s 16)。
[3]北京行動綱領、国連女性に対する暴力撤廃宣言、女性差別撤廃条約一般的勧告19。さらに、国連社会経済局・女性の地位向上部(現UNWomen「ジェンダー平等及び女性のエンパワーメントのための国連組織」)は、規範的立法の勧告(「女性に対する暴力に関する立法ハンドブック」2009年)を示している。