【提言書】人材と競争政策に関する検討会報告書に対するパブリックコメント

ヒューマンライツ・ナウは、2018年3月16日に公正取引委員会に対して人材と競争政策に関する検討会報告書に対するパブリックコメントを送りました。

添付(PDF)、もしくは下記で全文をご覧いただけます。

人材と競争政策に関する検討会報告書に対するパブリックコメント


       人材と競争政策に関する検討会報告書に対するパブリックコメント

                                                     2018年3月16日

 公正取引委員会 御中

             認定特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ[1]

第1 独占禁止法の適用を受ける役務提供者の範囲について

本報告書は、労働基準法の適用を受ける労働者を除く役務提供者に対し、広く独占禁止法の保護が及ぶとしている(9頁)。労働基準法は労働者を、使用者による優越的地位の濫用から保護するための強力な法的保護を与えているが、労働基準法上の労働者に該当しないと判断される役務提供者にはこうした保護が及ばず、極めて弱い立場に置かれてきたことを考えると本報告書がフリーランスや個人事業者等、個人の役務提供者を独占禁止法の適用範囲とする見解を示したことは非常に意義が大きい。

労働基準法上の労働者性が明確でない事例は、実は少なくない。

例えば、昨今社会問題となっているAV出演強要被害においては、契約書上は「タレント契約」「委任契約」等の契約が締結されているにもかかわらず、実質的には事務所との間で支配従属関係におかれる若年女性被害者がいることが明らかになっているものの、AV女優として役務提供をする者の労働者性についてはケースバイケースの取り扱いとなっており(2015年9月9日東京地裁判決は、アダルトビデオ出演強要をされた20代女性が受けた違約金請求につき、プロダクションとの契約を「雇用類似」との判断をして違約金請求を認めなかった)、労働基準法適用についてはさらに不明な点が多い。

近年同様に問題が指摘されている、タレント・アイドルにおいても同様に労働社性はケースバイケースの判断とされ(2016年1月18日東京地裁判決は、アイドルとファンの交際を禁止した規約に反するとしてプロダクションが提起した違約金請求訴訟につき、プロダクションとの契約を「雇用類似」として違約金請求を棄却した)、労働基準法適用についてはさらに不明な点が多い。

そこで、報告書の役務提供者の保護の趣旨を広く及ぼし、保護の狭間に置かれて苦しむ個人が置き去りにされることを防ぐために、一義的な解釈により明らかに労働基準法上の労働者と認められる者を除き広く適用対象とすべきであると考える。

 

第2 第6章 単独行為

1 1(2) 競争手段の不公正さの観点からの検討

報告書は、「発注者が役務提供者に対して実際と異なる条件を提示して、または役務提供に係る条件を十分に明らかにせずに取引することで他の発注者との取引を妨げることとなる場合に、独占禁止法上問題となり得る」と指摘するが、これを支持する。

個人の役務提供者はとりわけ、発注者との関係で立場が弱く、正確な条件・情報を得ることのないまま不本意な契約に基づく役務提供を強いられる場面が少なからず存在し、正確な情報を前提とした公正な取引とは到底言えない場面が多いことから、報告書の当該指摘は大原則とすべきである。

例えば、AV出演強要被害に関連した当団体の調査[2]では、AV出演であることを秘匿して契約をさせる、役務内容を告げないまま撮影現場に派遣し、出演を強要するという深刻な事例が確認された。

また、出演後も、個々の役務や拘束時間について正確な情報が提供されない、成果物に関する権利関係やパブリシティ、データの利用・譲渡権限等について何らの情報も提供されない、報酬についても事後に一方的に渡され事前の取り決めがない、等の問題が確認されている。

強い立場にある業者が一方的にすべてを決定し、役務提供者を無権利状態に置き、役務提供者は圧倒的不利な無権利状態に置かれ、立場の強い業者に言うがままに従わざるを得ない状態に置かれていた。

こうした不公正な取引に関する是正は急務である。

2 1(3)優越的地位の濫用の観点からの検討

報告書は、「優越的地位の濫用として問題となる行為は、事業者が取引上の地位が優越していることを利用して、取引の相手方に不利益となるように取引条件を設定するといった場合」と指摘している点を支持する。

しかしながら、ここでの解説は、「優越的地位」について、役務提供者の発注者に対する取引依存度が高い場合等狭く限定している点で問題がある。

若年層が標的となるAV出演強要事案や、モデル、性産業、タレント・エンターテイメントの業界に関する限り、優越的地位が、対象者の年齢、成熟度、経験・法的知識の乏しさ、業界慣行に対する知識の欠如等に基づくも間であることも少なくない。優越的地位はむしろ広く解釈されるべきである。

また、不当な不利益には、不当に廉価な対価の設定にとどまらず、拘束期間の長さ、役務提供者からの解約の制限、高額または金額の不明確な違約金条項、報酬額決定を発注者が事後的・独占的に行う契約または事実上の慣行、役務提供者に対する無条件での職務遂行義務を課す契約、アイドルの恋愛禁止ルール等の私生活の自由を制約する付帯条件、枕営業の強要等も含め、広く解釈されるべきである。

3 2 秘密保持義務及び競業避止義務

競業避止義務は、アイドル・タレントの独立の際に問題となる。契約書に明文で、契約解除後一定期間後の芸能活動の禁止・制限、芸名の使用禁止の条項が盛り込まれている場合がある一方、不文律として事実上、事務所が芸能活動を妨害し、芸名の使用を認めない場合もある(タレント能年玲奈は、本名であるにもかかわらず、その使用継続が認められなかった)。

特に、明文の規定もないまま、意に反して独立したタレントに対し、テレビ局等に圧力をかけて「干す」という慣行は、将来性あるタレント等の職業生活に甚大な影響を及ぼすものである。

このように競業避止義務、憲法上の職業選択の自由や、人格権を不当に侵害する危険性を有している。

よって、「取引上の地位が優越していると認められる発注者が課す秘密保持義務または競業避止義務が不当に不利益を与えるものである場合には、独占禁止法上の問題となり得る」との結論を支持する。

そして、特に芸能界の業界慣行に鑑みれば、単に契約上競業避止義務が明確に課され、発注者が役務提供者の行動を直接的に制限したり、賠償責任を求めたりするにとどまらず、事実上テレビ局等に働きかける等して間接的に役務提供者がその後の契約に参入することを妨害する行為を広く独占禁止法上の問題となり得るケースと把握すべきである。

また、不当に不利益であるか否かの判断基準として「他の取引相手の条件と比べて差別的であるかどうか」等が挙げられているが、独立後のタレントに過酷な競業避止を求める芸能界等の業界慣行は総じて問題をはらむものであるから、同業他社との比較を過度に重視すべきではない。

5 4 役務提供に伴う成果物の利用等の制限

報告書では、以下の行為が問題とされている。

「役務提供者の肖像権の独占的な利用を許諾させること」

「著作権の帰属について何ら事前に取り決めていないにもかかわらず、納品後や納期直前になって著作権を無償又は著しく低い対価で譲渡するよう求めること」

「発注者が役務提供者に対して制限・義務等の内容について実際と異なる説明をし、またはあらかじめ十分に明らかにしないまま役務提供者がそれを受け入れている場合」

当団体のAV出演強要被害に関する調査結果から、意に反して出演をさせられた後、一方的に「同意書」等へのサインも強要され、一切の著作権・肖像権を放棄すると書かされる事例が多いことが判明した。

その結果、役務提供者に位置付けられる出演強要被害者は、出演作品および、撮影の過程で記録されたすべての映像に関し、一切のコントロール権を失い、業者が勝手に二次利用、三次利用を際限なく行ったうえ、撮影の過程で記録された動画を無断で譲渡し、それが無修正動画として海外から配信される等、際限なく被害が広がっている事例が多いことが確認された。

特に、実際の性行為や全裸の姿態での演技という人格・プライバシーが最も尊重されるべき成果物に関して、被害者が全くの無権利状態に置かれている実情は著しい不正義である。

同様のことは、エージェンシーを通さない個人のモデルのケースにもあてはまり、ヌード・セミヌードが関わる撮影作品に関し、出演者が一切のコントロール権を失って未来永劫流通を続けることが出演者に多大な精神的苦痛を与える場合がある。

我が国の著作権上実演家は非常に限定された実演家人格権を有し、最初に許諾すればその後何らの異議申し立てもできない「ワンチャンス主義」が採用されている。この法体系を前提としても、業者が優越的地位に基づき、一切の許諾を強要し、他に選択肢を与えない場合は独占禁止法上の問題をはらむと考えるべきである。

そこでこれら役務提供者の人格権・肖像権が関わるケースについては

・契約締結にあたり、正確な情報を提供したうえで肖像権の範囲・利用方法・流通範囲と方法を、事前(撮影前)に明確に取りきめるべきであること

・肖像権の範囲・利用方法・流通範囲と方法を、事前(撮影前)に明確に取り決めていないにもかかわらず、無条件の使用の許諾を求めることは優越的な地位の濫用に該当すること

・肖像権の範囲・利用方法・流通範囲と方法を事前に明確に取り決めるにあたってはこれに応じた報酬についても正確な情報を提供し、役務提供者に不当な不利益を生じさせないようにすること、それがなされずに無条件の使用の許諾をさせる行為は独占禁止法上の問題となること

を報告書に追加してガイドライン化するよう求める。

7 「その他発注者の収益確保・向上を目的とする行為」

  • 著しく低い対価での取引要請

当然に独占禁止法上の問題がある。発注者利益に対し、何割を下回る場合は著しく低い対価に該当する等の明確な基準が必要である。

  • 成果物に係る権利等の一方的取扱い

再利用の際に役務提供者に対価を支払わない、肖像権を利用したグッズのロイヤリティについて協議や支払をしない、という事例は当然に独占禁止法上の問題がある。上記AV出演強要の場合は典型的である。

8 「競争政策上望ましくない行為」

「競争政策上望ましくない行為」として、競業避止義務の対象範囲が明確でない場合が明記されている点は、重要である。

競業避止義務の問題は上述したが、特にエンターテイメント業界の若年の役務提供者にとっては競業避止義務が明確でないまま拘束されることは将来への予測可能性を低減させるものであって相当でないことは明らかである。

また、「競争政策上望ましくない行為」として、役務提供者への発注が口頭である場合が特に明記され、「発注者は書面により報酬や発注内容といった取引条件を具体的に明示することが望まれる。」と記載されている。

この点、AV出演強要に関連し、発注者との関係で立場が弱く、正確な条件・情報を得ることのないまま不本意な契約に基づく役務提供を強いられる場面が少なからず存在することを指摘したとおりである。

被害事例には、契約書への署名を求められたものの契約書の交付を受けず、契約期間も不明で、仕事を拒絶した場合にどれくらいの違約金が課せられるかもわからないまま、怖くて契約について何ら質問すらできず、強要被害にあい続ける事例も少なくない。また、役務提供の内容が性行為という極めて人格権上真摯な同意が必要とされる内容であるにもかかわらず、個々の行為、撮影内容について台本も渡されず、口頭で曖昧な指示しか受けないことは、被害者を著しい無権利状態に置くものであり、こうした事例について厳正な対応が求められる。

  • その他

「その他発注者の収益確保・向上を目的とする行為」には、報告書に記載された事例と併せて、以下のような類型が加えられるべきである。

ア 契約上の拘束期間が不当に長い契約の締結

イ 役務提供者からの解約を制限する条項

ウ タレント等の契約において、タレントに無条件の役務提供を義務付ける、契約上の役務提供・協力義務の規定とその実行

(これにより、どんな現場であれ、事務所が獲得した仕事に従事することが義務付けられ、従わない場合は違約金が課される等して事実上諾否の自由が奪われている)

エ 高額または金額の不明確な違約金条項

オ タレント等の報酬額決定を発注者が事後的・独占的に行う契約または事実上の慣行

カ アイドルの恋愛禁止ルール等の私生活の自由を制約する契約上の付帯条件の要求と実施

キ 枕営業の強要等、役務提供者の意に反する営業活動の強要

第3 ガイドラインの策定と迅速な救済手段へのアクセスについて

本報告書のように、個人の役務提供者を広く独占禁止法に基づく保護する方向性は歓迎したい。報告書の結果が個人の救済に広く資するようになるためには、今後明確かつ具体的なガイドラインを策定し、業界に通達を示す等して広く普及の徹底を図っていくことが必要である。

他方、独占禁止法違反が認められても直ちに発注者と役務提供者の間の契約が無効となるわけではなく、個々の契約が公序良俗に反するか否かにより決せられているのが実情である。

個人の役務提供者は企業と異なり、脆弱な無権利状態に置かれやすく、エンターテイメント業界やAV出演にみられるように、若年層に関わる深刻な事例が発生しやすく、その救済に急を要する事例が多い。

数年間訴訟を行って勝敗を決するのでは取り返しのつかない損害が発生することも多いことに鑑みるならば、本報告書をもとにした原則を明確にするのと併せて、個人の役務提供者を不当な取引の被害から救済するための、実効性ある簡易迅速な被害救済制度を導入することを求めたい。

以上

 

[1] 東京を本拠とする、国連特別協議資格を有する国際人権NGOであり、法律家等の人権のプロフェッショナルが人権に関する調査・政策提言等を行っている。認定NPO法人www.hrn.or.jp

[2] http://hrn.or.jp/news/6600/ 【報告書】日本:強要されるアダルトビデオ撮影 ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害 調査報告書