2019年8月25日(日)、ヒューマンライツ・ナウは、東京・玉川聖学院にて表題のイベントを開催しました。
日本の報道の自由度ランキングは、国際NGOの調査では180か国のうち67位です。近年大きく後退し、国連特別報告者も懸念を表明しています。
このような状況を受け、この夏話題の映画『新聞記者』のモデルとなった東京新聞の望月衣塑子記者、シリア取材中に武装勢力に拘束され、40か月後に解放されたジャーナリストの安田純平氏の両氏をゲストに迎え、真に自由な報道のできる社会について貴重な講演を開催しました。会場には幅広い年代の方々178名が足を運んで下さいました。
はじめに、望月衣塑子氏による講演がありました。
まず、森友問題、加計学園など、官邸による干渉が強まっている極めて危険な動きを取り上げ、このような動きの中、官邸記者クラブ取材において質問者や質問内容までもが官邸権力のもとでコントロールされているという、マスコミ関係者だけが知る取材操作の生々しい実態について述べました。安倍政権に不都合な取材に対する制限・妨害・排除・無視が相次いでおり、民主主義の根幹を揺るがす報道の自由が脅かされているという危機的な現状について訴えました。
この他にも、政府に批判的な記者、キャスター、識者等々に対する相次ぐ番組降板・更迭人事の数々を列挙しました。大手メディアの上層部人事についても官邸による介入の実態があり、官邸にとって不都合な幹部から、官邸と距離が近い人物への挿げ替えや、菅官房長官によるマスコミ関係者への接待による懐柔策が頻繁にとられており、官邸圧力による萎縮・粛正の空気感がマスコミ関係者内部に広がっている現状について明かしました。望月氏は、こうした政府とメディアとの距離感が、報道の自由を脅かすものであると警鐘を鳴らしました。
そもそもメディアとは、権力が隠していることを明らかにするのがその役割の原点であると言います。メディアは巨大権力であり、政権側が対抗するのはある意味当然であり本来の姿である、とする海外記者の言葉を紹介した上で、また、日本の報道への“圧力”は非常に分かりづらい形で行われている、という国連特別報告者による指摘もありました。日本社会の動向に対しては、国際社会からも注目が注がれています。
望月氏は、自由な報道を取り戻すために、我々一般市民の声が重要であると力強く語りました。公正で公平な報道を求める市民の要望や声を、官邸や記者たちに直接届けること、内閣府広報室・記者クラブ・テレビ局・新聞社へ、抗議や激励の電話やFAXやメールをすることが、記者クラブと官邸の間に緊張感を生み、また奮闘する記者たちへの勇気や励ましにつながると訴えました。
続いて、安田純平氏からの講演がありました。
シリアでは2011年に反政府運動が勃興して以来、シリア政府軍による一般市民への無差別な空爆が現在も繰り返されています。約37万人にのぼる膨大な数の死者が出ており、約2千万人の国民のうち、半数が難民として生活している過酷な状況にあります。医療の配給やインフラ整備は反政府軍によって支えられており、治療を行うはずの医師でさえもが政府軍のスナイパーに狙われるため、治療もままなりません。集会の禁止、デモに対する銃撃など、政府による監視が強まっており、市民が政治について自由に話すことはできません。
こうした状況は今に始まったものではなく、1980年代に反政府運動が起きた際にも既に厳しい取り締まりが行われていました。シリア国民は政府軍に徹底的に弾圧され、軍が町を包囲して焦土作戦を行ったため、政府を恐れて政治に関する話をする人々は次第にいなくなりました。市民が集会を行う場所には私服の秘密警察が潜んでおり、集会に参加する市民の顔ぶれを監視し、自由な言論を抑圧する風潮が生まれました。当時のシリア国民は表向きのんびり暮らしているように見えており、一見すると外側からは平和な国に見えたものの、内情は水面下の見えにくい部分で市民への圧力が広まっており、沈黙を強いる空気感が充満していたそうです。
政府軍は、人々を黙らせる手法として、事実としてテロリストか否かに関わらず、政府に批判的な人物を「テロリスト」という言葉を使って呼び始め、そうしたレッテルを貼ることによって相手を敵視することが容易になり、これを名目に人々が捕まったり殺されたりしました。安田氏はこれを非常に危険な動きであると感じ、現場の実態を自分の目で突き止めなければいけないという強い思いから、現地での取材を開始したとのことです。
シリア国内では、政府軍による空爆や暴力の現状を伝える為に市民がSNSを使って投稿しましたが、政府軍はこれらを自作自演や合成にすぎないとして一蹴し、市民が内側から声をあげること自体があまり意味を持たなくなっていると言います。こうした状況下では、海外メディア等の第三者による現地からの情報発信が必要不可欠であり、外側の存在が非常に重要な意味を持つと指摘しました。
安田氏はまた、私たちのSNSの扱い方にも慎重さが必要だと訴えました。イスラム過激派組織による拘束ののち解放に至った当時の日本では、メディアから多くの誤情報が流れ、情報が錯綜していました。実際の水面下では、政府の動きとは別にブローカーが勝手に交渉を行っており、日本政府による解放のための身代金は払われていなかったというのが真実でした。
信憑性が高いと信じられている大手メディアにおいてさえもこうした誤情報の氾濫が起こるわけですから、溢れかえるSNSの情報の波の中では安易な投稿や拡散は大きな危険性を孕んでいます。注意深く情報源を見極め、確証の持てる情報源であるという裏付けをとってから、発信するということの大切さを強調されました。
安田氏は現在、シリアでのイスラム過激派組織による拘束、そして解放された代償として、日本政府から5年の間パスポートの発給を拒否されている状況にあります。同様に拘束から解放された他国のジャーナリストは誰もそんな状況に置かれていません。特定国への渡航禁止であるばかりか、日本以外の何れの国へも出国できないという日本政府の対応は法律の拡大解釈であるとして、疑問を呈しています。政府は「自己責任」を強調しながらも、一方では本人の選択の権利を奪い移動の自由を与えないというのは、もとより自己責任の追求ではなく、「自己責任」という言葉を濫用した「規制」であると指摘します。
お二人の講演ののち、質疑応答、全体での討議を行った後、ヒューマンライツ・ナウ事務局長 伊藤和子を交えてまとめをし、イベントを終えました。