2015年12月22日
カンボジア・野党議員に対する深刻な弾圧の即時停止を求める
1. 概要
ヒューマンライツ・ナウは、プノンペン地方裁判所による野党救国党党首サム・ランシー議員(Sam Rainsy)をはじめとする、最近の野党議員に対する一連の弾圧に対し、重大な懸念を表明する。
カンボジアの野党議員に対する弾圧は最近、明らかにエスカレートしているが、議会および司法の一連の措置は法的根拠に基づかないものである疑いが強く、世界人権宣言、自由権規約、カンボジア憲法41条によって保障される表現の自由、政治活動の自由を侵害する行為であって、許されてはならない。
2. ケム・ソカー氏の国民議会第一副議長解任決議
10月30日、国民議会は、野党救国党のケム・ソカー氏を国民議会第一副議長から解任する決議を可決した。
これは、123人の議員で構成される国民議会において、野党議員全員にあたる55人が議会をボイコットするなか、残りの68議席を占める与党カンボジア人民党の全会一致によって、決議されたものである。
本決議の結果について、与党は、ソカー氏が副議長になったのは、総議席の過半数を占める与党議員の支持によるものであり、与党は同様に同氏を解任する権利を持つと主張している[1]。しかし、副議長の解任としてカンボジア憲法第87条以外では解されないところ、副議長の辞職または死亡の場合に限られるが、本件では、ソカー氏は辞職も死亡もしておらず、今回の副議長を解任する決議は、憲法上の根拠を欠いている。
3. 野党党首 サム・ランシー議員に対する逮捕状および二つの召喚状
11月13日、プノンペン地方裁判所は、野党救国党のサム・ランシー党首に対して逮捕状を発行した[2]。
ランシー氏は、7年前の2008年4月17日にはオ・ナムホン(Hor Namhong)外務大臣に対する名誉毀損と差別的扇動の容疑で告発され、2011年に同地方裁判所から禁固2年および8百万リエルの罰金の判決を受けていた。これに対して同氏は控訴したが、控訴裁判所は棄却したことによって2013年3月12日に同氏に対する刑罰は確定した。
しかしその後、当該刑罰は執行されずに今日を迎えていたものである[3]。
さらに、ヒューマンライツ・ナウが得た情報によれば、ランシー氏はさらに2件の表現の自由に関わる事案について召喚状を発布されている。
プノンペン地裁は、8月12日にサム・ランシーのSNSアカウントに偽造地図に関するビデオクリップを投稿したとして、公文書偽造及び扇動の罪で現在拘束中のホン・ソクホア上院議員((当時)サムランシー党所属)が逮捕された事件に関して、11月20日、サム・ランシー救国党党首に対し,12月4日に同地裁に出頭するよう命じる召喚状を発した。同召喚状によると,同期日に出頭しない場合,連行ないし逮捕命令を発出するという。
さらに、プノンペン地裁は12月1日、同様にサム・ランシー氏が自身のSNSアカウントでヘム・サムリン国民議会議長を名誉毀損したという告訴に対して2017年1月4日の尋問へ出頭を命じる召喚状を発した。
4. サム・ランシー議員に対する、議員資格・不逮捕特権のはく奪
報道によればさらに、カンボジア国民議会常設委員会は11月16日に特別会合を開き「サム・ランシーは、議員特権を失い、国民議会の議員としての権利および議員資格を失った」という声明文を発表したとされる[4]。
国民議会議員の選出に関する法第120条によると、議員が犯罪行為または不品行為で有罪判決を受ける場合に議員資格を喪失するとされる。
しかし、ランシー氏は上記確定判決後に国会議員として当選し、新たな任期で議員活動をしている。今になってランシー氏の議員資格を事実上剥奪し逮捕を執行するということは、法的根拠を欠く疑いが強い。
さらに、ランシー氏の議員特権喪失の決定は、国民議会常設委員会の過半数票によって決定なされたと報じられるが、カンボジア憲法第80条によると常設委員会の決定は国民議会の全議員の3分の2の過半数票による承認をとるために次の会期で国民議会に提出されなければならならず、議会での最終的な承認なしに同委員会の決定で最終決定とすることは憲法に違反すると考えられる。
5. 勧告
一連の野党政治家の弾圧は極めて深刻な事態であり、カンボジア憲法に反するとともに、世界人権宣言、自由権規約、カンボジア憲法41条によって保障される表現の自由、政治活動の自由を侵害するものであり、民主主義や法の支配への挑戦ともいえるものである。
カンボジアの民主主義と政治活動の自由に対する危機的事態にあたり、ヒューマンライツ・ナウはカンボジアの関係機関に対し、以下のとおり要請する。
国民議会に対して
・明らかに憲法上の根拠を欠くであるケム・ソカー氏の国民議会第一副議長解任決議を見直し、同士の地位の回復させるための行動をとること、
・サム・ランシー氏の議員資格および不逮捕特権の回復の為の措置をとること。
プノンペン地方裁判所に対して
・憲法を尊重し、サム・ランシー氏の逮捕状執行を見合わせ、召喚を撤回すること
カンボジア政府および与党人民党に対して
・カンボジア野党議員に対する違憲・違法な弾圧を今後一切行わないこと
また、ヒューマンライツ・ナウは、カンボジアの民主主義と政治活動の自由に対する危機的事態を打開するために国際社会の関与を呼びかける。
日本政府および国際社会に対して
・国際基準に基づいて政党・政治的思想に関わらず全ての国民の表現を保護するよう、外交上のあらゆる機会を通じて、カンボジア政府に働きかけるよう要請する。
以上
[1] https://www.cambodiadaily.com/news/kem-sokha-removed-as-assembly-vice-president-98833/
http://www.aljazeera.com/news/2015/10/cambodia-vote-revives-political-tensions-151030105126165.html
[2] “Arrest warrant issued for Cambodian opposition leader Sam Rainsy” reported by BBC
http://www.bbc.com/news/world-asia-34813566
“Cambodia Poised to Arrest Opposition Leader; Violence Feared” reported by AP
http://hosted.ap.org/dynamic/stories/A/AS_CAMBODIA_POLITICS?SITE=AP&SECTION=HOME&TEMPLATE=DEFAULT
“US raises alarm over Cambodia opposition crackdown” reported by AFP
“Arrest warrant issued for Cambodian opposition leader” reported by REUTERS
http://news.yahoo.com/arrest-warrant-issued-cambodian-opposition-leader-120356323.html
“Rainsy faces arrest as violence flares” reported by NIKKEI Asian Review
http://asia.nikkei.com/Politics-Economy/Policy-Politics/Rainsy-faces-arrest-as-violence-flares
OHCHR
http://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=16682&LangID=E
[3] シニアCPP構成員と国民議会報道官のChheang Vonは、RFAの取材に対して2013年の控訴裁判所判決がランシー氏の議員特権を剥奪したので、ランシー氏はカンボジアに帰国後直ちに逮捕されるだろうと語ったという。http://www.rfa.org/english/news/cambodia/warrant-11132015165238.html
しかしカンボジア憲法第80条によると、「国民議会議員の告発、逮捕または勾留は国民議会または会期中の国民議会の常務委員会の許可によってのみ」可能であると明記されており、さらに同憲法第150条には、憲法が国の最高法規であると明文化されていることから、控訴裁判所の判決が議員の特権を剥奪するならば、明らかに憲法に反する。
[4]http://bigstory.ap.org/article/1156079052eb4e22a34e3654e96abcc1/cambodia-poised-arrest-opposition-leader-violence-feared