【提言書】コーポレートガバナンス・コード改訂についての パブリックコメント

ヒューマンライツ・ナウは、2021年5月7日付で東京証券取引所上場部にコーポレートガバナンス・コード改訂についてのパブリックコメントを送りました。

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コーポレートガバナンス・コード改訂についてのパブリックコメント

 

2021年5月7日

 

東京証券取引所 上場部 御中

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ

 

 

1 改訂案に対する意見

 

コーポレートガバナンス報告書の記載事項について、コーポレートガバナンス・コードの原則2−4、2−5及び4−11、並びに補充原則2−3①及び3−1③を改訂し、非財務情報開示を諸外国並みに促進する(改正提案は2021年4月6日公表の改定案[1]との対比で下線のとおり)。

 

 

補充原則2−3①

取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、国連ビジネスと人権に関する指導原則に則り、国際人権規範で定められた人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。

 

補充原則3−1③

上場会社は、経営戦略の開示にあたって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

人権の尊重に関しては、国連ビジネスと人権に関する指導原則に基づき、以下の情報を開示するべきである。

(1)事業、企業のストラクチャー及びサプライチェーンに関する情報

(2)人権方針をはじめとする関連する方針とその実施状況及び結果

(3)事業及びサプライチェーンに関する人権リスクに関し、下記の事項を含む方針並びに人権リスク評価の手続きに関する情報

・企業活動を通じた人権侵害リスクへの対応(とりわけ強制労働、奴隷労働、人身売買、児童労働、障害者・性的少数者・外国人差別・職場におけるハラスメント)

・国際労働機関条約(ILO)の促進及び遵守(とりわけ強制労働、奴隷労働、人身売買の禁止、児童労働の禁止、結社の自由・団体交渉権等)

・差別の禁止(とりわけ障害者差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保)

・海外贈収賄に関する内部統制における方針とその実施内容

(4)上記人権リスク評価の具体的な内容及び人権リスク管理のための取組みに関する情報

・人権に悪影響を及ぼす可能性のある取引関係、製品又はサービス、及び、対象会社の当該人権リスクの管理方法

・業態に応じた人権に関する特定リスクへの対応(紛争鉱物対応を含む紛争助長回避の対応方針及び実施、先住民の権利・土地の権利に関する対応方針と実施等)

(5)人権に関する侵害・違反事例の予防・軽減・救済のための方針、その実施状況及び採用している重要成果評価指標(KPI)

 

【原則2−4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきであり、適切な対応を行い、以下の事項を開示すべきである。

(1)下記の事項に関して、採用している方針及び、リスク評価の手続き・基準

・女性活躍促進法・男女雇用機会均等法に基づく男女平等・女性の活躍に関する取り組み、差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保と差別解消のための取り組み

(2)女性差別、女性に対する暴力、セクシュアルハラスメント、パワーハラスメントに対する防止、被害救済のための方針と相談対応・調査・救済に関する体制

(3)方針の実施状況と結果

(4)重要なリスクに関する情報と、リスク評価とリスク管理のための取組みに関する情報に対する対処状況

(5)採用している重要成果評価指標(KPI)

 

【原則2−5.内部通報】

上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきであり、その方針及び取り組み状況を開示すべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。

 

【原則4−11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきであり、現在の構成及び多様性確保の取り組み状況を開示すべきである。また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・会計に関する適切十分な知見を有している者が1名以上選任されるべきである。

取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。

 

 

意見の理由


(1)はじめに

2011年、国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、国家の人権保護、企業の人権尊重責任、人権侵害の被害者救済の枠組みで、事業活動による人権侵害を是正し、人権の実現を目指す包括的な国連文書である。企業は、国際人権規範が定める人権を尊重する責任を負い、そのための人権デュー・ディリジェンスを履行することが要請されている。

G7サミット等では繰り返し同原則へのG7首脳のコミットメントが宣言されてきたが、2020年10月、日本政府もようやく「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定した。行動計画の実効的な実施にあたり、企業の非財務情報開示に関する施策の一層の推進は大きな鍵となる。

 

(2)ESG開示に関する国際的動向

HRNは、2018年4月29日、世界各国・地域の非財務開示に関する法制度の調査報告書「非財務情報(ESG)開示をめぐる国際的動向と提言」[2]を発表した。その結果、欧米のみならず、アジアにおいても、非財務情報開示に関する法令や証券取引所におけるルールが、日本よりもはるかに進んだ形態で策定・実施されていること、日本の議論が取り残されている状況にあることが明らかとなった。しかし、グローバル市場における非財務情報に関する取り組みは、当時からさらに進んでいる。とりわけ、欧州での動きは目覚ましく、2021年4月21日には開示内容や開示情報の信頼性の強化などを目的として、非財務情報開示指令の改正案として企業持続可能性開示指令案が発表されている。

 

(3)非財務情報開示に関する国内の現状及び提言

2015年、年金積立金管理運用独立行政法人(以下、「GPIF」という。)が、そして、2016年には、企業年金連合会(以下、「PFA」という。)が、国連責任投資原則(Principle for Responsible Investment。以下、「PRI」という。)に署名した。同原則では、機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務があるとして、この受託者としての役割を果たす上で、環境・社会及び企業統治の問題である、いわゆるESGが重要であるとして、投資対象の主体に対してESG課題について適切な開示を求めている。

これに先立つ2014年に策定された日本版スチュワードシップ・コードである、責任ある機関投資家の諸原則は、昨年4月の改訂において「運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)」を、目的を持った対話(エンゲージメント)においても考慮することなどが加えられている。こうした国内外の流れを受け、非財務情報の開示に向けた議論は政府内でも進みつつあるものの、非財務情報の法定開示にまでは踏み込めていない状況にあるのは従前通りである。

開示の実態については、前記調査報告書において、リスク情報は投資家にとって有用な情報であるものの各社横並びの記載となっている、ひな型的記述や具体性を欠く記述が多く、付加価値に乏しい場合が少なくない、個性がない、有効的には機能していない等の意見・批判がある点を指摘した。その後、2019年1月31日「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正により、非財務情報の記述の充実が求められている。しかし、現状の実務上も非財務情報に関する日本企業の開示は、上述のような法制度の不十分さも原因となり、国際的スタンダートには達していない。

2020年7月の日本銀行金融市場局による報告書「ESG投資を巡るわが国の機関投資家の動向について」[3]では、運用機関に対して行われた「ESGを投資判断やエンゲージメントにおいて考慮するうえでの障害について」とのアンケート結果で、日本に関して、「企業のESGに関する情報開示が不十分」とする回答が9割以上にのぼることが示されている。「ESG投資に係る体制が不十分」とする回答も欧州・北米と比して、6割強と圧倒的に高い。

また、ビジネスと人権に関する行動計画においても、企業に対して人権尊重責任の実施を国が期待する一方で、明確かつ実効性ある形で非財務情報開示について具体的な施策は導入されていない。ESG情報の開示をルールとして確立することは、的確な投資判断という点で重要であると同時に、何よりも開示を通じて、企業によるESG課題へのコンプランス遵守の徹底を図り、指導原則に定められた企業の人権に対する責任を果たし、持続可能な開発目標(SDGs)等に示された企業の社会・環境問題への責任と課題解決の促進を進めていくにあたって極めて重要であり、今こそ国際的潮流を受けてルール化を進めるべきである。

諸外国の状況、日本における現状を踏まえ、非財務情報について意義のある開示としていくことを表記の通り提言する。

 

(4)それぞれの項目について
なお、それぞれの項目については提言のとおりであるが、以下、その趣旨を述べる。
1)原則2−3、補充原則2−3①及び補充原則3−1③

現在のESG開示の国際的趨勢においては、とりわけ「S」、人権について開示を進める必要性が指摘され、EU非財務報告指令をはじめ、英国現代奴隷法、仏人権デュー・ディリジェンス法といった各地域・法令において開示を求める内容が個別具体的に議論されていることに鑑み、抽象的な開示にとどまることのないよう、開示項目については具体的に明記するよう提言する。

2)原則2−4

従前のコードは女性活躍推進に関するものであるが、まったく改訂が予定されていないことは適切でない。人種、性的少数者、障害者等マイノリティに対する差別解消、多様性確保が盛り込まれるべきであり、また、近年ESGリスクとして重要となっているセクシュアルハランスメント対応についても明記すべきである。これらの方針と取り組み状況等について、EU非財務報告指令を参照した項目に基づき開示するよう提言する。

3)原則2−5

内部通報に関しても、開示に関する記載がないままであることから、その方針及び取り組み状況に関する開示について明記するよう提言する。

4)原則4−11

取締役会に関するジェンダーや国際性の面を含む多様性確保に関する改訂はポジティブなものとして評価するものであるが、この観点からの取締役構成と取り組み状況に関する開示についても明記するよう提言する。

 

以上

 

[1] 金融庁「『コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について』の公表について」2021年4月6日 <https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210406.html>

[2] HRN「非財務情報(ESG)開示をめぐる国際的動向と提言−ビジネスと人権に関する国別行動計画(National Action Plans)への提案−」2018年4月29日 <http://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2018/05/b355a05350281611040192d4861fc01b.pdf>

[3] 日本銀行金融市場局「ESG投資を巡るわが国の機関投資家の動向について」2020年7月 <https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2020/data/ron200716a.pdf>