【声明】ミャンマー(ビルマ) 難民の本国への帰還に関して

ミャンマー(ビルマ) 難民の本国への帰還に関して

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 ビルマにおける民主化の進展や一部民族との停戦合意が伝えられる中、国境で避難生活を長期にわたり余儀なくされてきた難民たちの帰還がクローズアップされている。

とりわけ、タイ・ビルマ国境においては、両国政府が早期の帰還について検討を進めていると報道されている。
  しかしながら、迫害の対象となってきた少数民族との停戦合意の実施は不安定な状況に留まり、少数民族地域における地雷の除去や人権侵害の根絶は進んでいない。
  東京を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、タイ・ビルマ国境沿いの難民キャンプに2008年以降足を運び、難民の実情を調査してきた。そして今年8月にも難民キャンプでの調査活動を行ったが、この機会に、帰還に関する難民たちの懸念が改めて表明された。ヒューマンライツ・ナウは、早計な帰還の促進に懸念を表する。


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 タイ・ビルマ国境ウンピアム難民キャンプのカレン族女性たちは、20128月、難民の帰還に強い不安をヒューマンライツ・ナウ調査団に対して語った。
  「カレン族と政府軍の間では停戦したというものの、多くの地域で未だに武力衝突が後を絶たず、政府軍が私たちの土地を占領していると聞いています。ビルマ軍は私たち女性をレイプしたり殺害してきました。そうした悲劇が帰還後に繰り返されない保障はどこにあるのでしょうか」「停戦したばかりで、まだ多くの地域には地雷が埋められています。どこに地雷が埋められているかわからないのに、安心して戻れるはずがありません。」
  武力紛争や人権侵害、対人地雷による犠牲等、少数民族が避難を余儀なくされた原因は未だ改善されていない。

特に、少数民族は軍によって、殺害、徴用、強制労働、拷問等の深刻な暴力を受けてきたものであり、少数民族女性たちに対する軍政によるレイプ等の性的暴力は極めて深刻であった。未だに少数民族に対する人権侵害が報じられるビルマにおいて、こうした人権侵害・迫害の懸念が払しょくされたとは到底いえない。
  難民の帰還プログラムは、紛争の真の終結や人権状況の改善が確実でない限り、推進されるべきでない。そして帰還にあたっては難民の自由意志が尊重されるべきは当然であり、人権侵害等の不安を抱えながら帰還を強要するようなことは許されない。

3  他方、難民の帰還のプロセスも重大な問題をはらんでいる。
  メラ難民キャンプのリーダーでカレン族の男性は、「タイ政府とビルマ政府は私たち難民の意向も聞かずに話し合いを持ち、カレン族の難民たちが帰還する場所を既に決めてしまったと伝えられている」「しかし、当事者である難民に一言も相談なく決めることは許されない。難民の代表を帰還のプロセスに参加させるべきだ」とヒューマンライツ・ナウ調査団に語った。

ビルマからの難民たちの多くはもともと農業で生計を立てていた。帰還できるならば、以前生活していた場所に戻り、生業であった農業を再開したいと考える難民が多く、こうした意向は最大限に尊重されなければならない。
 帰還の決定プロセスのすべてに、難民の代表を各民族・グループごとに参加させ、帰還の有無、時期、帰還先について十分協議をするとともに、その実行にあたっては、ひとりひとりの難民の自由意志を尊重すべきである。
  さらに、難民が避難してきた理由は様々であり、中には、現在の軍政以前のイスラム教徒への迫害によって祖国を逃れ、30年以上も難民生活を送っている者もいる。また、長期の難民生活の結果、帰還先や帰還後の自立が展望できない者も少なくない。
  帰還が困難な者に対しては特別な配慮に基づくプログラムを実施し、保護を与えるべきである。
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  カレン族の民族団体、女性団体は、それぞれ難民の帰還にあたっての要望を明確に示している。

カレン民族団体(KCBOs)は、2012911日に声明を発表した。その声明によれば、KCBOsは、

「すべての難民が、帰還するかしないかについて自由に選択する権利を持つべきだ。」

「さらに、難民の帰還には数多くの前提条件が整えられるべきである。」

としたうえで、その前提条件として、

1) 民族武装グループとビルマ政府との間で、政治的合意がなされるべきである。

2) 難民が帰還する地域においては、地雷が完全に除去されなければならない。

3) 難民が帰還する場所には、病院と学校が整備されなければならない。KCBOsは、難民の帰還にあたって整備されるべきインフラをさらに呈示していく。

4) 難民は、ビルマに戻るのか、現在避難している地に残るのか、ビルマに戻るとしてもいつ戻るのかについて、個々に決定権を有さなければならない。

5) 難民が帰還するのに適した場所の評定は、現地のモニタリングチームによってなされなければならない。

6) 難民は、自分がこれまで属してきた集団内に戻り、今後どのように生活していくかについて明確な将来設計を描けるようにするべきである。

7) 難民が帰還する間、保護されるべき人々、特に妊婦や乳幼児を抱えた母親、慢性病を患った病人、エイズや結核の感染者、高齢者、障害者等には特別な配慮を与えなければならない。

などの要望を掲げている。

また、カレン女性団体(KWO)も、難民の帰還について声明を発表し、

1) 難民の帰還は、自発的に、かつ、難民の完全な同意の下でなされるべきである。彼らは、決して強制的に戻されるべきではない。

2) 帰還は、難民の尊厳に敬意を払ってなされるべきである。

3) 難民キャンプは、難民が帰還する前に撤退しなければならない。

4) 地雷は最初に撤去されなければならない。

5) 難民が戻りたいと思う村や場所に、学校や病院、生計を立てる手段があるかどうか、評定されなければならない。

6) 人権を侵害する暴力は、即刻止めさせなければならない。性的虐待、強制的労働、強奪、虐殺、難民の田畑や果樹園の破壊のような暴力は、難民が帰還するまでに即刻止めさせなければならない。

7) いかなる民族からの攻撃も止めさせ、停戦合意しなければならない。

8) 難民が帰還する前に、まず国内避難民に帰還し再集結する優先権が与えられるべきである。

9) 難民が帰還する間、保護されるべき人々には特別の配慮をしなければならない。保護されるべき人々とは、たとえば、妊婦や乳幼児を抱えた母親、病人、高齢者、障害者などである。

10)学校や病院、生計を立てる手段、その他のインフラへのアクセスを保証する証明書が、難民キャンプにおいて発行されなければならない。

などの要望を掲げている。

これらの要望はいずれも正当なものであり、ビルマ現政権・タイ政府は、これら民族団体等の意向を最大限に尊重して帰還計画を推進すべきである。



5 国連難民高等弁務官(UNHCR)は、難民の自発的な帰還に関して、声明を発表し、

1) 難民は自発的に帰還すべきである。

2) どの難民も平等に、帰還の計画と実施の対象とされ、帰還に関する情報やプロセス、援助にアクセスすることができるよう、あらゆる手段が尽くされなければならない。

3) 家族は、できる限り一緒に帰還させるべきである。

4) 難民の子どもたちのうち学校に通う者は、できる限り現在の履修課程を終えられるようにすべきである。

5) 親を亡くした孤児やその他社会的弱者には保護が与えられるよう、特別な配慮がなされなければならない。

6) 母国に戻った難民については、ずっと母国にとどまっていた者と比べて冷遇されていないか、有効かつ永続する市民権を取得できているか、政府による早期かつ完全な保護が与えられているかに焦点を当てたモニタリングがなされるべきである。

などの原則を公表しており(1986年ハンドブック等)、こうした国際スタンダードが、ビルマ難民の帰還についても遵守されるべきである。

タイが、難民条約を批准していないもと、ビルマ難民を正式には難民として認めない建前を貫いていることも、ビルマ難民の地位を不安定なものとしている。

そもそもこうした状況を抜本的に改善することも必要である。

 

6   ビルマ現政権およびタイ政府は、故国から迫害されて長期にわたり避難生活を送り続けてきた難民の人権を最大限に尊重して、難民が自由意志に基づき、尊厳をもって帰還できるような政策を実施すべきである。そのために、難民を政策決定プロセスに参加させるべきである。
  そして、国際社会は、民主化・人権支援において欠くことのできない重要な課題として、ビルマ国境において避難生活を送る難民の保護および帰還プロセスについてモニタリングを行い、支援を進めていくべきである。

                                     以 上