【提言書】コーポレートガバナンス・コードの改訂についての パブリックコメント

HRNは、2018年4月29日付で東京証券取引所上場部にコーポレートガバナンス・コードの改訂についてのパブリックコメントを送りました。全文(pdf)は、こちらからもご覧いただけます。

 

 


コーポレートガバナンス・コードの改訂についてのパブリックコメント

                                                    2018年4月29日

東京証券取引所 上場部 御中

                                                 東京都台東区上野5-3-4
クリエイティブOne秋葉原ビル7階
電話03-3835-2110
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ[1]

1   意見

コーポレート ガバナンス報告書の記載事項について、コーポレート ガバナンス・コードの原則2-3ないし5、4-11を改訂し、「特定の事項を開示すべき項目」を改正し、非財務情報開示を諸外国並みに促進する(改正提案は2018年3月26日公表の改定案[2]との対比で、下線のとおり)。

 

【原則2-3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題】

上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を 巡る課題について、適切な対応を行い、以下の事項を開示すべきである。

(1)    事業、企業のストラクチャー及びサプライチェーンに関する情報

(2)    下記の事項を含む環境、社会、ガバナンスに関する方針および採用しているリスク評価の手続き・基準

・国際労働機関条約(ILO)の促進及び遵守などの方針(とりわけ強制労働、奴 隷労働、人身売買の禁止、児童労働の禁止等)

・障害者差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保と差別禁止のための方針

企業活動を通じた人権侵害リスクへの対応(とりわけ強制労働、奴隷労働、人身売買、児童労働、障害者・性的少数者・外国人差別・職場におけるハラスメント)

・海外贈収賄に関する内部統制における方針とその実施内容

以下の事項を含む。

(3)    方針の実施状況と結果

(4)    事業およびサプライチェーンに関する主要な環境、社会、ガバナンスのリスクに関する情報と、リスク評価とリスク管理のための取組みに関する情報

・悪影響を及ぼす可能性のある取引関係、製品又はサービス、及び、対象会社が当該リスクをどのように管理するか

・業態に応じた人権に関する特定リスクへの対応(紛争鉱物対応を含む紛争助長回避の対応方針及び実施、先住民の権利・土地の権利に関する対応方針と実施等)を含む。

(5)    環境、社会、ガバナンスに関する侵害・違反事例が生じないことを確保するために採用している重要成果評価指標(KPI)

 

【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在 することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、 社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきであり、適切な対応を行い、以下の事項を開示すべきである。

(1)    下記の事項に関して、採用している方針および、リスク評価の手続き・基準

・女性活躍促進法・男女雇用機会均等法に基づく男女平等・女性の活躍に関する取り組み、差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保と差別解消のための取り組み

(2)    女性差別、女性に対する暴力、セクシュアルハラスメント、パワーハラスメントに対する防止、被害救済のための方針と相談対応・調査・救済に関する体制

(3)    方針の実施状況と結果

(4)    重要なリスクに関する情報と、リスク評価とリスク管理のための取組みに関する情報に対する対処状況

(5)    採用している重要成果評価指標(KPI)

 

【原則2-5.内部通報】

上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または 不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきであり、その方針及び取り組み状況を開示すべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。

 

【原則4-11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体と してバランス良く備え、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立さ せる形で構成されるべきであり、現在の構成および多様性確保の取り組み状況を開示すべきである。

また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な 財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・ 会計に関する適切十分な知見を有している者が1名以上選任されるべきである。 取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどに より、その機能の向上を図るべきである。

2  意見の理由
(1)はじめに
2011年、国連人権理事会は、「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択した。
同指導原則は、保護、尊重、救済という枠組みでビジネスによる人権侵害を是正していく包括的な国連文書であり、企業は、国際的な人権について尊重する責任を負い、そのため人権に関するデュー・ディリジェンスを履行することが要請されている。
G7サミット等では繰り返し同原則へのG7首脳のコミットメントが宣言されているが、日本では、未だに同原則の実施に課題を抱え、未だに国内行動計画が策定されていない。
2016年11月、国連人権理事会において、日本政府は「ビジネスと人権に関する指導原則」に関する国内行動計画を策定していくことを宣言、その策定作業が着手され、いかに実効性のある行動計画が策定されるか、注目が集まっている。
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、同原則の国内行動計画策定にあたり、ひとつの鍵となるのが企業の非財務情報開示に関する施策の一層の推進であると考える。

(2)非財務情報開示に関する現状
2015年、年金積立金管理運用独立行政法人(以下、「GPIF」という。)が、そして、2016年には、企業年金連合会(以下、「PFA」という。)が、責任投資原則(Principle for Responsible Investment。以下、「PRI」という。)に署名した。
同原則では、機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務があるとして、この受託者としての役割を果たす上で、環境上の問題(Environment)、社会の問題(Social)および企業統治の問題(Governance)(ESG)が重要であるとして、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めている。
これに先立つ2014年、日本版スチュワードシップ・コードである、責任ある機関投資家の諸原則が策定された。スチュワードシップ・コードでは、「機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を適格に把握すべきである。」とされ、把握すべき内容としては、社会・環境問題に関連するリスクに関わる事項が想定されるとしている。
こうした流れを受け、政府内においても、非財務情報の開示に向けた議論が進んでいるが、非財務情報の法定開示にまでは踏み込めていない状況にある。
2015年、東京証券取引所のコーポレート ガバナンス・コードの運用が開始され、このなかでは、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題、女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保、内部通報に関する対応が原則として示され、その実施または実施しない場合にはその理由の開示が求められることとなったものの、未だ内容が抽象的である。
こうした状況を受け、2016年6月に閣議決定された「日本再興戦略2016」は、2019年前半を目途として、国際的に見て最も実効的・効率的な非財務情報の開示の実現を目指すとし、2017年6月に閣議決定された、「未来投資戦略2017」は、ESG要素に関する情報開示に関し、より具体的な方向性を提起している。

(3)ESG開示に関する国際的動向
そこで、ヒューマンライツ・ナウは、別紙報告書のとおり、世界各国・地域の非財務開示に関する法制度を調査した。その結果、欧米のみならず、アジアにおいても、非財務情報開示に関する法令や証券取引所におけるルールが、日本よりもはるかに進んだ形態で策定・実施されていること、日本の議論が取り残されている状況にあることがわかる。

(4)日本の現状
他方で、日本の現状については、前記のとおり、コーポレート ガバナンス報告書において、コーポレートガバナンス・コードに関連した一定の開示や、ステークホルダーの立場への尊重に関する記載が要請されており、また、有価証券報告書においても、記載は可能であるとされている。もっとも、開示の実態については、例えばリスク情報は投資家にとって有用な情報であるものの、各社横並びの記載となっている[3]、ひな型的記述や具体性を欠く記述が多く、付加価値に乏しい場合が少なくない[4]、個性がない[5]、有効的には機能していない[6]等の意見・批判も示されている。また、経済産業省・2015年11月30日「第3・4回 投資家フォーラム会合 報告書」[7]においては、投資家から、「有価証券報告書の「事業の状況/業績等の概要」については、意味ある記載をしてほしい」「米国の10-K(法定開示様式)ではMD&Aは普通ちゃんと書いてある。虚偽記載の法的リスクというなら米国でも同様に問題となる筈で、日本でも有価証券報告書で同様の開示がなされて然るべき」「有価証券報告書では虚偽記載に対する罰則等をおそれて安全なことしか書けないというのなら、投資家としては、せめて統合報告書など違う媒体で積極的な開示に取り組んで欲しい」等の意見が出されている[8]。実例上も、いわゆる非財務情報に関して、有価証券報告書において積極的に開示している件数はそれほど多くないようである。

(5)調査および現状を踏まえた非財務情報の開示に向けた提言
HRNは、本報告書において行った調査を踏まえ、企業の非財務情報(ESG情報)の適切な開示を早急に促進する施策が必要であると考え、現在策定中の日本が国連ビジネスと人権に関する指導原則を実施するための国別行動計画にこの点を明確かつ実効性あるかたちで盛り込むことを提言する。
ESG情報の開示をルールとして確立することは、的確な投資判断という点で重要であると同時に、何よりも開示を通じて、企業によるESG課題へのコンプランス遵守の徹底を図り、国連ビジネスと人権に関する指導原則に定められた企業の人権に対する責任を果たし、持続可能な開発目標(SDGs)等に示された企業の社会・環境問題への責任と課題解決の促進を進めていくにあたって極めて重要であり、今こそ国際的潮流を受けてルール化を進めるべきである。
諸外国の状況、日本における現状を踏まえ、非財務情報について意義のある開示としていくことを表記の通り提言する。

(6)それぞれの項目について
なお、それぞれの項目については提言のとおりであるが、簡単にポイントを指摘する。
1)原則2-3
「社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を 巡る課題について、適切な対応」について記載した従前のコードからまったく改訂がなされないことは、現在のESG開示の国際的趨勢から取り残されていることに鑑み、EUの非財務報告指令および英国現代奴隷法の形式に即した開示について明記するよう提言する。

2)原則2-4
従前のコードは女性活躍推進に関するものであるが、まったく改訂が予定されていないことは適切でない。人種、性的少数者、障害者等マイノリティに対する差別解消、多様性確保が盛り込まれるべきであり、また、近年ESGリスクとして重要となっているセクシュアルハランスメント対応についても明記すべきである。これらの方針と取り組み状況等をEU非財務報告指令を参照した項目に基づき開示するよう提言する。

3)原則2-5
内部通報に関しても、開示に関する記載がないままであることから、その方針及び取り組み状況に関する開示について明記するよう提言する。

4)原則4-11
取締役会に関するジェンダーや国際性の面を含む多様性確保に関する改訂はポジティブなものとして評価するものであるが、この観点からの取締役構成と取り組み状況に関する開示についても明記するよう提言する。

なお、当団体のESG開示に関する意見・調査の詳細は別添付属資料
「非財務情報(ESG) 開示をめぐる国際的動向と提言」を是非、参照されたい。

以上

 

 

別添資料

「非財務情報(ESG) 開示をめぐる国際的動向と提言」 

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ

[1] 東京を本拠とする、国連特別協議資格を有する国際人権NGOであり、法律家等の人権のプロフェッショナルが人権に関する調査・政策提言等を行っている。認定NPO法人

www.hrn.or.jp

[2]「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について」(平成30年3月26日公表)https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326-2.html

[3]  経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築最終報告書

(伊藤レポート)81頁。

[4] 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ第1回議事録田原企業開示課長による説明(http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/gijiroku/20151110.html)。

[5] 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ第3回議事録太田委員意見(http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/gijiroku/20160219.html)。

[6] 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ第3回議事録熊谷委員意見

[7] http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20160314/03_5.pdf

[8] 同報告書8頁。