去る3月16日、第62回国連女性の地位委員会開催中(㋂12日~23日)のニューヨーク市内で、ヒューマンライツ・ナウはNY州女性弁護士の会(Women’s Bar Association of the State of New York)と共催で、委員会の公式パラレルイベントであるシンポジウムを開催しました。
今回、ヒューマンライツ・ナウは、日本から性暴力被害の根絶のために勇気を出して声をあげたジャーナリスト・伊藤詩織さんをメインゲストにイベントを開催し、詩織さんのメッセージを広く伝え共感を広げたいと考え、国連での記者会見とともに、パラレル・イベントの開催を行いました。
パラレルイベント会場は100人以上の市民とメディア関係者が詰めかけ、大変熱気あふれるイベントとして成功しました。また、イベントに先立ち国連本部内で開催された記者会見にも多数のメディアが出席、記者会見の模様が広く取り上げられました。イベント開催に当たり、ご協力、ご支援いただいたすべての皆様に心より感謝申し上げます。
パラレルイベントに登壇頂いたのは以下の6名の方々です。
<スピーカー>
伊藤詩織氏:ジャーナリスト、ドキュメンタリー・フィルムメーカー、『Black Box』著者
伊藤和子氏:弁護士、ヒューマンライツ・ナウ事務局長
後藤弘子氏:千葉大学法学部教授、ヒューマンライツ・ナウ副理事長
ジョゼフ・ムロフ氏(Joseph Muroff):NY市ブロンクス区検事局 性犯罪特捜班チーフ
クリストファー・ブレナン氏(Christopher Brennan):Ziegler, Ziegler & Associatesセクシャルハラスメント訴訟専門弁護士
<モデレーター>
津山恵子:在NYジャーナリスト、フォトグラファー
<イベントの映像はこちらから>
#MeToo運動は、世界中の性犯罪に遭った女性たちに声を上げる勇気を与えたと同時に、レイプなどの性暴力が今もなお世界各地で頻発していることを明らかにしました。#MeToo運動の影響で、アメリカでは今や職員のセクハラ経歴の暴露による企業・会社のイメージ低下を恐れ、重役の候補選びにこれまでより慎重になりつつあるといいます。しかし国によっては、声を上げたことによって、世間やメディアから厳しい批判や中傷を受けるケースも少なくはありません。
今回のシンポジウムでは、被害者が被害を訴え真実を追求することによって、或いは現状を変えようして、世間から批判される、という日本の社会現象を例にとり、何をどのように改善してゆけば良いのかを、日本とアメリカ両国からのスピーカーを交えて討論することを目的に行われました。
「#MeTooが無理なら#WeTooでも」
メインスピーカーの伊藤詩織氏のパネルは、レイプは世界中のどこでも誰にでも起こり得る、という前置きで始まりました。自身のレイプ被害、警察に被害届けを出して開始された捜査への不信感、ジャーナリストとしての将来と真実の追求の狭間で悩んだ時期、記者会見や本出版を通して世間から受けたバッシングや脅迫による苦しみなど、伊藤氏の体験談は一人のレイプ被害者女性が通るには過酷すぎる日本の現状を物語っていました。それでも信念を貫く伊藤氏の勇気ある姿に、会場には拍手が溢れました。そして、日本で#MeToo(私も)と言うことができないなら、#WeToo(私たちも)でもいいから運動を継続しよう、というのが、伊藤氏やヒューマンライツ・ナウの共通の想いであることも伝わりました。
「世界共通の問題?日本における#MeToo運動への挑戦」(原題 “Is this a universal problem? Challenges of the #MeToo movement in Japan” )
伊藤和子氏のパネルは、少女や女性が性犯罪に苦しむ現実を変えてゆく必要性を強く訴えました。日本における#MeToo運動の普及が滞る背景には、沈黙を破った人には危険が待っている、加害者でなく被害者が咎められる、という社会風潮が定着しているからであり、それを変えないことには少女や女性の苦しみは終わらない、と伊藤氏はいいます。加えて、多くの男性が、男女ふたりきりでお酒を飲むことや食事をすることが女性の性行為への同意サインと見なしていること、そして女性と男性の認識に大きなずれがあることを例にとり、社会全体の性交やレイプに関する意識の向上の重要性を強調しました。
「日本の性犯罪法改正」(原題 ”Japanese sex crime law reform”)
後藤弘子氏のパネルは、2017年に日本の性犯罪法が実に110年ぶりに改正された点にフォーカスを当てました。言うまでもなく、1907年に作られた旧法には参政権さえなかった当時の女性の意見や観点は盛り込まれておらず、一世紀以上もの間同じ法律でレイプ犯罪が裁かれていた驚きの事実が語られました。2017年を前後に多くの女性が沈黙を破り、ようやく刑法改正に至ったこと、最低3年の刑だったのが5年になったのは進歩だが、法律が定める性行為のための承諾年齢が13才と未だ低すぎる点、日本の刑事司法制度内には性的偏見がまだまだ存在していて性的中立さに欠ける点、など様々な面で課題があることを訴えました。
「職場で性差別被害を受ける日本人女性」(原題 “Japanese women victims of gender-based discrimination”)
クリストファー・ブレナン氏のパネルは主に、女性は声を上げることを恐れず立ち上がってほしいという願いが込められたものでした。
数々の有名日本企業相手のセクシャル・ハラスメント訴訟を扱ってきたブレナン氏は、「アメリカの日系企業では日本からの駐在員の地位がトップで、現地採用の日本人女性は最下位である。日本の環境をそのまま持ち込むので、現地採用の優秀な女性も差別され理不尽な扱いを受けている。」と指摘しました。
そして、訴訟で傷つくこともあるが、誰かが立ち上がって声をあげることで状況は変えられるのだということを訴えました。#MeToo運動を通して見えてきたのは、コレクティブ・アクションを起こすことにより、実際に変化をもたらすことが可能だということを目のあたりにしたことだ、と氏は言います。過去5カ月内を見るだけでも、ハリウッドの大物プロデューサーのハービー・ワインスタインなど権力のトップにいるような人間が、数日間でアメリカの歴史のページから消しさられようとしている。これは、民間企業のセクシュアルハラスメント案件にも強い影響を及ぼしていといい、立ち向かう相手が権力のある人間であろうと、勇気を出して皆で立ち上がることで世の中は変えられる、と力強いメッセージを頂きました。
「何が性的暴行の弁証を特殊なものにするのか」(原題 “What makes sexual assault allegations different than other types of allegations?”)
ジョセフ・ムロフ氏のパネルでは、性犯罪と関わってきた33年の経験を元に、NY市の現場の声を語って頂きました。ムロフ氏は過去17年、レイプやドメスティック・バイオレンスを中心に扱ってきましたが、「レイプされた」と警察に通報するのは、「盗難にあった」「暴行にあった」など他の犯罪の通報と何が違うのだろう?という疑問をテーマに語って頂きました。
レイプというと、大抵の人は通りで見知らぬ人間に襲われた、という印象を持つかもしれないが、実際は約89パーセントのレイプ事件の加害者は、被害者と面識のある人間や同じ屋根の下に住む人間だと氏は言います。
さらには、レイプ被害者は同じリアクションをするはずだ、性器に傷を負っているはずだ、DNA証拠があるはずだ、被害者はすぐ被害届を出す、などレイプにまつわる固定観念や先入観も多いのが事実だが、実際はかなり違うという点も氏は説明しました。
長年の経験から、被害者が通報すると決めた場合、警察の捜査と即急対応がとても重要になってくるが、実際この17年で警察の捜査や対応の質は大幅に改善されてきているとのこと。例として、FETI(Forensic Experiential Trauma Interview)などでも知られるTrauma informed interview (心的・精神的外傷の予備知識トレーニングを受けた者による被害者へのインタビュー)が挙げられました。特捜班課では毎日のようにレイプ被害者にインタビューをするが、トラウマを体験をした後の被害者に、事の始まりから終わりまで順序どおり話してもらうのは無理な話だし酷でもある。トラウマにより、出来事の受け取り方や思い出し方が人によって違うということを理解しなければならないし、この分野で更なる改善に取り組んでいきたい、と氏は言いました。
パネル・セッションの後、モデレーターの津山恵子氏によるディスカッション・パネルがありました。津山氏は始めに、「自分のモデレーターとしてのゴールは、声を上げることがどれだけ大変か、ということを会場の皆さまに理解して帰ってもらうこと。そして、どうやったら女性が声を上げやすい社会構造・文化に変えてゆけるのだろう、という疑問と向き合って考えてもらうことです。」と言いました。
各パネリストを交えてのディスカッションでは、主にレイプ被害を受けてからの被害者がすべきこと、捜査や医療チームの取るべき対応や姿勢などが討論されました。
性的暴行事件の捜査システム(NY市の場合)
ムロフ氏はNY市の捜査実務について以下のように紹介しました。。
- レイプ・クライシス・センターや病院の緊急室に行くと、NY市では普及されているSART(Sexual Assault Response Team)と呼ばれるセーフ・プログラムがある。レイプされたことを伝えると、一時間以内にレイプ被害者の特別対応トレーニングを受けたスタッフが来て、必要な心身のケアをしながら検査などしてくれる。おかげで、被害者が病院に座って待ちぼうけ、という従来あったこともなくなってきた。レイプ・クライシス・アドボケートと呼ばれるトレーニングを受けたチームメンバーがいて、被害者に寄り添って質問をしたり、レイプ・キットなどで証拠集めなどをしてくれる。それから被害者が警察に通報を決心したらする流れになっている。
- 警察へ被害を通報したら、Trauma Informed Trainingを受けた特別被害者の警察、検察官、捜査官などが対応して動く。
- 性行為への承諾ができない意識不明状態の場合、ビデオなどは強力な証拠。
- Quasi rape(準レイプ)というものは存在しない。レイプはレイプ。
- アメリカには陪審員システムがあり、裁判の結果を決める12人の陪審員を啓蒙・教育し、レイプにまつわる先入観などによるバイアスが裁判の結果に影響しないよう努力している。
- 2006年に時効がなくなってからは、例え事件後10年経ってても、証拠さえあれば検事局はレイプの捜査をする。
- 検事局自体が、レイプ救援センター(Rape Crisis Center)としても機能している。
日本の場合
ムロフ氏の後には、伊藤和子氏が日本の現状を伝えました。NYと違って日本では、レイプ被害にあったら強行犯罪を扱う捜査官(その大半は男性)のところへ直接行って事件の状況など自分で話さなくてはならず、捜査の前にレイプ・クライシス・アドヴォケートによる証拠集めは日本にも導入されるべきであること、意識不明状態でのレイプで泣き寝入りしている女性が多く、法に則して加害者が罰せられるように、制度を抜本的に見直す必要があることを訴えました。
後藤弘子氏は、去年の刑法改正に続き、刑事訴訟法の改正も必要であること、アメリカと違って日本の検察庁には証拠集めのキャパシティがないので証拠を提出できないため、簡単に告発を取り消される傾向が強いこと、などの現状を伝えました。
職場ハラスメントにあったら
ブレナン氏からは、職場でのハラスメントについて幾つかのアドバイスや発言がありました。まずアメリカでは、職場でのハラスメントに民事裁判制度が介入できるのは、雇い主が従業員の人種や性別や年齢などで差別した証拠がある場合だという点が話されました。また、歴史的に職場で差別されてきた人々(女性も含む)はProtected Classと呼ばれ、Protected Classに属する人たちは、性行為と引き換えに昇格の話を持ち込まれる、などのセクシャル・ハラスメントを常に受ける傾向があることについても触れました。そして、職場でハラスメントに遭っていると感じたら日記などに記録しておき、人事部にいつでも提出できるようにしておくように、というアドバイスを頂きました。
ディスカッションでは会場から企業家のシンディ・ギャロップ(Cindy Garrop)が立ちあがり、今こそ私たちが声をあげていくべき時だ、という力強いメッセージをいただきました。
最後に
今回のシンポジウム全体を通して言えることは、人々の意識や社会システムや法律などを変えることは、困難ではあっても不可能ではないということです。そして、大勢の人が勇気と根気を持って共に立ち上がれば、世の中は変えられるということです。本イベントにご協力・ご参加頂いた多くの方々、取材や報道をして頂いたメディア関係者の方々、本当にありがとうございました。
また、イベント数時間前には、国連本部での伊藤詩織氏と伊藤和子氏による記者会見も行われ、多くのメディアに、日本における性暴力と#Metooに関する課題と、二人のメッセージが取り上げられました。
CSWパラレルイベントの写真・動画撮影
Kazushi Udagawa
国連本部での記者会見に関連する記事
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201803/CK2018031702000239.html
毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180317/k00/00e/040/290000c
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28268370X10C18A3000000/
ニューヨーク共同通信
https://this.kiji.is/347537527068509281?c=39546741839462401
中日新聞プラス
CSWパラレルイベントに関連する記事
Business Insider Japan
https://www.businessinsider.jp/post-164340
しんぶん赤旗
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-03-25/2018032514_01_1.html
Japan In-depth
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180322-00010000-jindepth-soci
Open Democracy
https://www.opendemocracy.net/ 5050/aya-takeuchi/i-was-told- not-to-bring-shame-on-japan