【声明】中国政府は香港基本法及び基本的人権を侵害する香港国家安全維持法を制定できない

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は中華人民共和国の全国人民代表大会による、香港に対する国家安全法の制定に深い懸念を示す英文声明を発表しました。
以下の日本語声明は2020年6月15日に掲載致しました英文声明の翻訳版となります。

(英文声明はこちらをご覧ください)

日本語声明文は下記にてご覧ください。

また以下のリンクからPDFファイルで声明をダウンロードすることも可能です。

https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2020/07/715d4ea01bb8d53097f03485afb350f4.pdf

 

中国政府は香港基本法及び基本的人権を侵害する香港国家安全維持法を制定できない

東京に本部を置く国際人権NGO ヒューマンライツ・ナウ(Human Rights Now:HRN)は、中国の全国人民代表大会(以下、全人代)が一方的に香港国家安全維持法(以下、香港国安法)を制定する決定をしたことを、深く憂慮する。決定は基本的人権を侵害し、香港基本法に反して中国当局が公然と香港で活動することを許すものである。香港大律師公会(香港弁護士会:Hong Kong Bar Association)が指摘する通り、香港基本法は全人代が香港国安法を制定する権限を持たないと明確に示しており、HRNは、中国政府がこの事実を認識し、決定を撤回するよう要求する。

 

1、新法制定の決定が示す人権侵害の可能性について

2020年5月28日、全人代は香港国安関連法を制定するための草案を可決した。関連法は、これから全人代常務委員会(NPCSC)によって起草され、その後公布される。この手続きにおいて、香港政府が香港の人権規定に合致させるべく議論したり、修正、承認したりすることは許されておらず、香港が当該法律を文字通り適用することを求めるものである。香港基本法第39条及び「中英共同声明」は、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」が認めている人権は香港でも守られるべきであるとしている。それは、表現、集会、結社、プライバシーの自由、恣意的拘束を受けない自由、平和的に異議を申し立てることを可能にする公平な裁判基準などが含まれる。新法はまだ起草段階であるものの、この決定は既に香港基本法とICCPRに違反する重大な人権侵害が起こる可能性を示している。例えば、保障されている活動に対して不当な逮捕や厳罰が課されたり、中国当局が合法的に香港で活動し、誰の監視も受けることなく人権を侵害したりする可能性がある。重要なのは、新法がICCPRに違反しないという保証が上記決定のどこにも書いていないことである。

 

a) 保障されている活動に対する不当な逮捕の危険性について

新法制定に向けた5月28日付の決定は、新法では分離主義、転覆活動、テロリズム、香港の問題への外国の干渉など、中国国家の安全を脅かすあらゆる活動を禁ずるとしている。決定の中では、これらの用語を定義しておらず、どのような活動がこれに該当するかも明確にしていない。前述のように、香港は文字通りにこの法律を守らなければならず、この法律が香港基本法やICCPRの規定に違反していたとしてもそこに議論の余地は認められない。香港行政長官キャリー・ラム(林鄭月娥)氏は、既に全人代の決定に「完全に従う」と表明している。

 

決定で使われている用語や定義の欠如の問題は、中国の国家安全法の実態を明らかにしている。中国において国家安全法は、表現、集会、結社、平和的な抗議活動を行った人権活動家を逮捕・拘束し、彼らに転覆などの罪を負わせ、10年もの実刑判決を課すために日常的に使用されている。その原因として、中国国安法において用語の定義が存在しない、または曖昧で厳密に定義されておらず、禁止する行動が具体的に指定されていなかったり、その基準が不明であったりすることから、当局があらゆる表現や抗議活動を犯罪にすることができることが挙げられる。

 

国連人権高等弁務官、自由権規約人権委員会及び多くの国連特別報告者が、中国の国安法にも言及しながら、刑罰法規において定義をせずに、またはあっても意味が広すぎたり曖昧にしたまま用語を使用することは絶対に避けられるべきだと明確に述べている。キャリー・ラム(林鄭月娥)氏は、香港において平和的に異議を唱えることさえもじきに違法となりうることを認識していたようである。平和的な抗議が処罰される可能性に対し、「ここはとても自由な社会です。だから当面の間、市民は言いたいことを言う自由があります。」と述べている。

 

b) 中国当局が香港で人権侵害を行う危険性について

決定は、「必要な時に」中国当局が合法的に香港で行動できると明記しながらも、当局が香港や中国の法に従うかどうかは示されていない。香港大律師公会(香港弁護士会)はその声明において、香港基本法第22条第1項のもとでは、中国当局は香港で独自に活動する権限を有していないと指摘している。中国本土においては、国家安全部、公安部の国内安全保衛局などの機関が頻繁に権力を濫用し、容疑者を中国に連行しその人権を侵害することがあるが、今後、香港においても中国当局が同じような行動を取る十分な可能性がある。中国警察では、恣意的拘束、強制的な「失踪」、逮捕前の隔離拘禁、自ら選んだ弁護士に接見する権利の剥奪、強要された自白をテレビ放映すること、証拠不十分なまま有罪判決が下されるといった不当な裁判、勾留中の拷問、勾留前後の不当な監視などが横行している。香港で中国当局が同様の職権濫用を行った場合、香港政府は香港基本法及びICCPRの明らかな違反であってもこれを阻止する力を持たない可能性がある。

 

法律の条文が曖昧であっても、香港の裁判所は、刑罰法規を厳格に解釈し、類推により拡大解釈してはならない、また曖昧な箇所は被告人の利益となるようより狭い解釈をしなければならないというコモン・ローの原則に従うべきである。しかし、一度もコモン・ローを適用したことのない中国の国家機関が、これからそれを尊重するようになるとは期待できない。上記決定の第3条は、香港の「司法機関は必ず関連する法律に従わなければならない」としており、これは、香港の裁判所を統制するために使われる恐れがある。香港大律師公会(香港弁護士会)は、その結果香港基本法が定めた香港における司法の独立が脅かされると警告している。

 

2、香港における恐怖、抗議と鎮圧、そして海外の批判について

前代未聞の措置により、香港市民は、平和的な表現、集会及び組織による抗議活動がまもなく犯罪とされ、香港内の中国当局によって厳罰が課されるかもしれないという脅威に直面している。こうした中、人権に関する政策提言を行っている市民グループはウェブサイトやソーシャルメディアを削除している。香港市民が恣意的逮捕を逃れ移住できるよう、イギリスは市民権を獲得する方法を提示している(台湾も同様の措置を取っている)。今年の天安門事件記念イベントで発表された共同声明は、今後、このようなイベントへの参加は重罪となる可能性があり、今年はそうならずに参加ができる最後の年になるかもしれないと述べている。上述の決定には、数多くの香港市民が抗議し、香港警察は少なくとも360人の抗議者を逮捕している。報道によると、中国人民解放軍は最近香港に新たな部隊を派遣し、香港駐在部隊の指揮官は、同部隊が香港の街を「守る」用意があると述べたと言う。このことは、中国国歌を批判する者を罰する法律が香港で可決されたのと時を同じくして起きている。

 

カナダ、アメリカ、イギリス、オーストラリアが共同声明を発表し香港国安法に深い懸念を示すなど、国際社会もまたこの決定を非難している。この一連の動きを非難する公開書簡には、26カ国の233名の議員が署名している。日本の外務省は声明の中で深刻な懸念を表明し、香港で長い間自由で開かれた体制を維持してきた政策の重要性を訴えている。これらのいずれも、香港国安法によって香港の市民社会がいかに前例のない深刻な脅威に直面することになるかを強調している。

 

3、中国は香港国安法を制定する権限を有していない

ここで注意すべきことは、香港大律師公会(香港弁護士会)が指摘したように、いかなる形であれ、中国政府は香港の国家安全に関する法律を制定する権限を有していないということである。このような法律の制定は、いかなる内容であれ香港基本法の明確な規定に違反しており、中国における香港の自治を根幹から揺るがすものであり、そもそも法律とは呼べないのである。

 

「中英共同宣言」の中で、中国政府は「一国二制度」の原則を尊重し、香港に高度の自治、権利、自由を認めなければならないとされた。このことは、付属文書3に列記されていない限り中国の法律は香港には適用されないと定めた、香港基本法第18条によって具体化されている。ただし、この第18条は、付属文書3に列記される法律は「国防、外交、その他の香港の自治の限界を超える事柄に限る」としている。香港だけを対象とする国家安全法は、国防でも外交でもない。「その他の香港の自治の限界を超える事柄」に関しても、香港基本法第23条に、国家の安全については香港政府が「自ら法律を制定するものとする」(引用者強調)と明記されており、国家安全の問題は憲法によって香港の自治の範囲内と定められているのである。中国政府は実際、刑罰を伴う法律を付属文書3に加えたことはこれまでなかった。また、香港が自ら国家安全法を制定することを先送りしてきたとしても、第18条や第23条は、それを理由に中国政府に香港の国家安全法を制定することを許すものではない。

 

4、中国政府は、香港国安法を制定する権限を有していないことを認識しなければならない

香港市民、国際社会と同様、HRNもまた香港国安法制定がもたらす基本的人権侵害という脅威に懸念を抱いている。香港大律師公会(香港弁護士会)が指摘したように、中国政府は香港国安法を制定する法的権限を有しておらず、 このような法律が制定されても法的に無効であるという事実を認めるよう、HRNは中国政府に要求する。

 

さらに、香港で可決されるいかなる国家安全法も、ICCPRで保障された権利を確実に尊重するものでなければならないし、権利が必要以上にまた不均衡な形で制約されることのないよう、正確で具体的な定義を使用し、どのような行為が犯罪となるかの基準やその準拠法を明確に示さねばならない。両義性のある条文は、コモン・ローを遵守するという香港の立場に従い、被告人に有利な形で厳格に解釈しなければならない。また、中国当局が香港で活動する権限を有していないことを認めるべきである。