このたびヒューマンライツ・ナウでは以下の共同書簡に賛同しましたのでご紹介します。
(本文英語)
〒100-8919 東京都千代田区霞ヶ関2-2-1外務省
外務大臣 岡田克也 殿
2009年10月22日
スリランカの件
拝啓 貴殿の外務大臣就任にあたり、日本とスリランカとの二国間関係において、人権の保護と促進を最重要課題と位置づけていただきたく、書簡を送付申し上げます。スリランカでは、今なお約25万人の国内避難民が政府によってキャンプに拘束されているという悲惨な実態があり、これに取り組むことが、特に緊急の課題であると思料いたします。また、先の内戦で行なわれた重大な国際人道法違反行為に関する独立した国際調査を行うことも急を要しております。
日本は長年にわたり、スリランカとの間の良好な関係を築いてきました。和平プロセスの共同議長を務め、また、スリランカへの最大のドナー国にもなり、日本は、スリランカの経済発展とスリランカ市民の生活向上に関心を寄せていることを示してきました。
四半世紀続いた分離独立派タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との内戦の終結は、スリランカ政府にとって、人権を尊重する社会の実現にむけた新しい機会を提供しております。しかし、今年5月のLTTEの軍事的敗北以降、スリランカ政府は人権状況の改善にむけた努力や少数民族のタミル人の住民に手を差し伸べる努力をほとんどしておりません。スリランカ政府のこうした対応の結果、スリランカに平和な社会を構築するために必要な開発や和解に向けた日本などの国際社会の努力の意味が損なわれてしまっております。
スリランカ政府は、約25 万人もの脆弱な立場におかれたタミル人民間人を、汚物の散らばる過密なキャンプに違法に拘束・留置しております。政府は、タミル人から移動の自由を奪うとともに、被収容者を保護するための中立なメカニズムの導入も認めませんでした。雨季が迫りつつある今、収容されている人びとの健康と福祉は、急速に危険にさらされ始めています。そして、国連の人道機関のトップが、スリランカ北部での「bloodbath」(大量殺りく)という表現を用いてから5ヶ月が経過しましたが、今なおスリランカ政府には、政府軍及びLTTEが行なった広範な国際人道法違反の行為について、調査やアカウンタビリティ(責任追及)に向けた姿勢を見せてはおりません。
日本のスリランカに対する多額の援助は、援助を受ける人びとの生活を改善するのみではありません。日本を他国とは違った特別な存在、つまり、日本を、スリランカ政府が行っている誤った、あるいは、非生産的な政策に対して、スリランカ政府の注意を喚起できる存在としております。スリランカは日本の言葉に耳を傾けます。しかしながら、スリランカに対する他の主要ドナーや友好国が、25万人の違法収容に対して公けに懸念を表明している一方で、日本はこれまでそうした立場を表明しておりません。また、スリランカ政府及びLTTEの行なった国際人道法の重大な違反行為に対するアカウンタビリティを呼びかけることもしておりません。
すべてのスリランカ人の基本的人権のために、日本の新政権が今こそ沈黙を破り、スリランカとの特別な二国間関係を活用すべきときであると思料いたします。
私どもは、スリランカ政府が民間人の違法収容を止めるように、日本政府が断固とした行動をとることを要請いたします。また、スリランカ政府とLTTEの双方が行った国際人道法に対する重大な違反行為に対して、法の正義及びアカウンタビリティが重要であると日本政府が声をあげることを求めるとともに、独立した国際事実調査委員会を迅速に設置するよう日本政府が強く求めることも要請いたします。
強制収容キャンプの状況
スリランカ北部で行なわれた戦闘の結果、数十万人の民間人が家を追われ、国内避難民となりました。2008年3月以来、スリランカ政府は、LTTEを逃れ避難民となったほぼ全ての人びとを、政府が管理するキャンプに留置してきました。政府はこれらのキャンプを「福祉村」と呼んでおりますが、実際には、軍に管理された民間人収容のための留置キャンプとなっております。
スリランカ政府は、国際法を無視して、これらのキャンプに拘束されている人びとの自由に対する権利や、移動の自由を奪ってきました。収容されている人びとは、緊急の治療を受けるためにしかキャンプを離れることはできず、その際も、軍の護衛付きがほとんどです。拘束されている人びとのうち多くには、住居と生活の手助けしてくれる親戚たちがいるにも拘わらず、そのためにキャンプを離れることを許されたのは数千人にすぎません。
キャンプから人びとが去ることを政府が許さないことから過密状態が続いていることに加え、人道機関にキャンプへの適切なアクセスを許されていないため、キャンプの現状は国連が定める基準を満たしておりません。雨季の到来とともに状況はさらに悪化し続け、キャンプ住民の困難や苦しみがいっそう増すと危惧されます。8月中旬の豪雨は深刻な洪水を引き起こしました。雨季にはまた問題が発生することを示唆しております。この洪水の結果、テント等の避難所は破壊され、調理は不可能になり、道路も崩壊したことで飲料水などの最重要の援助物資の配布が妨げられました。さらに、洪水は水道施設を破壊し、下水が人びとの暮らすテントに流れ出す事態となりました。援助機関は、洪水による病気の脅威に強い懸念を抱いております。
キャンプの住民は、移動の自由がないことに不満を募らせており、キャンプを管理する軍と住民との間の対立をもたらしています。今年9月26日には、マニック・ファーム(Menik Farm)キャンプ内の2つのゾーン間を移動しようとしたとされる住民グループに、政府治安部隊が発砲し、子どもを含む数人の民間人が負傷するという事件が発生いたしました。
今年5月、スリランカのマヒンダ・ラージャパクサ大統領は、潘基文国連事務総長とともに、可能な限り早期にこれらのキャンプを閉鎖すると国際社会に約束いたしました。その後5ヶ月近くが経過いたしましたが、約束は果たされておりません。
それどころか、スリランカ政府は、意図的にキャンプの外部からの監視を妨げており、キャンプに暮らす人びとを人権侵害の危険にさらしております。人道団体は、キャンプに入って、医療が必要かどうかを独立して調べることも認められていません。戦闘から逃れる最中に検問所で拘束された家族の消息や、キャンプから連れ去られた家族の消息が、数週間或いは数ヶ月経っても分からないとの報告も、重大な懸念であります。政府はキャンプで活動する人道団体の職員にキャンプ住民と会話することを禁止しており、状況の確認や人びとの保護も妨げられています。私どもは、強制失踪、恣意的逮捕、虐待が起きているとの報告も受けていますが、人道団体やジャーナリスト、その他の独立したオブザーバーのキャンプ立ち入りが許可されていないため、これらの報告を裏付けることが出来ません。
私どもは日本の新政権に対し以下を強く要請いたします。
·スリランカ政府に対し、民間人の恣意的拘束を止めるとともに、強制収容キャンプから出たいと希望する人びとを直ちに解放するよう求めること。また、LTTE戦闘員との容疑を受けている者たちを、国際基準に沿って訴追するとともに、容疑者に対する家族や人道機関のアクセスを確保するよう、求めること。
·これらのキャンプの実体を正確に示すために、キャンプを「収容(留置)キャンプ」(detention camps)と公けに呼ぶとともに、そこで暮らす民間人の自由への基本的権利が奪われ、移動の自由も奪われている状態に対し、日本政府が深い遺憾の意を抱いているということをあらゆる機会を捉えて表明すること。
·キャンプ内の劣悪な環境は、避難民に移動の自由を認めず拘束しているスリランカ政府の政策の結果でもあるとの事実に注意を喚起すること。
·スリランカ政府に対し、人道団体及び人権団体の安全かつ妨害のないキャンプ住民への即時のアクセスを確保するとともに、人道団体及び人権団体による人びとの保護やモニタリング活動を可能にするよう、求めること。
·スリランカ政府に対し、行方不明の親族を探す制度を施行するか、あるいは、国際人道団体がそのような活動を行うことを認めるよう、働きかけること。
帰還と再定住に関し、スリランカ政府に以下を求めるよう提案いたします。
·避難民の帰還や再定住を行う際に、国連の国内避難に関する指導原則を順守すること。これには、避難民自身が自らの帰還、再定住、再統合の計画と管理に全面的に関わり、避難民自身の意見が反映されるよう確保することも含まれる。
·避難民が希望に応じて、安全と尊厳が守られた方法で自宅や故郷に自主的に帰還し、あるいは国内の別の場所に移住できるという権利があることを迅速に告知すること。
·故郷への帰還や再定住に関して、十分な情報をもとに自主的な決定をするという国内避難民の権利を保障すること。
法の正義とアカウンタビリティ(責任追及)
スリランカの内戦は、2009 年5月、LTTEの軍事的敗北により終結いたしましたが、両陣営とも国際人道法の重大な違反を犯しました。スリランカ政府の度重なる否定にも拘わらず、政府軍は幾度となく人口密集地帯に砲撃を加えました。その中には、政府が「戦闘禁止地域」に指定して民間人に避難を呼びかけていた地帯の中や付近にあった病院が30回以上砲撃された事実も含まれます。LTTEは、民間人を人間の盾とし、戦闘地域から脱出しようとする民間人を武力で阻止したほか、兵士たちを人口密集地帯の中や付近に配置して民間人を不必要な危険にさらすなど、戦争法に違反する行為を犯しました。しかし、メディアや人権団体などの中立的なオブザーバーは戦闘地域付近で活動することを禁じられていたため、戦闘の実態や両陣営の戦争法違反行為に関する情報は限られております。
2009 年5月23日に発表された潘基文国連事務総長とラージャパクサ大統領の共同声明は、国際人道法及び国際人権法の違反に取り組むため、アカウンタビリティを追求するプロセスが重要であると強調しております。本声明では、「政府は、これらの違反への措置を講じる」と述べられております。
しかし、そのような措置はまだとられておりません。内戦終結から5ヶ月が経過致しましたが、スリランカ政府は国際法違反を調査する試みを怠ったままであります。のみならず、スリランカ政府は、そのような調査の必要性はないという発言を何度も繰り返しており、共同声明の中での約束と矛盾する態度を示しております。
ラージャパクサ大統領は、今年7月14日のタイム誌とのインタビューで内戦について語り、「人権侵害はなかった。民間人の犠牲者もいなかった。」と述べました。真実和解委員会に関してさえ、「過去を掘り返し、傷を開ける」ことはしたくない、と述べております。
こうしたスリランカ政府のアカウンタビリティに対する姿勢は、先日放映されたスリランカ軍兵士による捕虜の即決処刑と見られるビデオ映像への公式の対応にも現れております。スリランカ政府はそのビデオ映像を即刻否定し、内容は偽造された「でっち上げ」だと発表致しました。スリランカ政府は、今年9 月の国連人権理事会で、スリランカ政府が指名したスリランカの調査員4名(その内2名は政府当局者)がそのビデオを「偽物」であると結論づけたと報告しましたが、この結論を支える詳細な調査報告を明らかにしようとはしませんでした。国連の超法規的・即決・恣意的処刑に関する特別報告者フィリップ・アルストン氏は、このビデオに対する調査を要求しております。
スリランカ政府は、過去にも、重大な人権侵害の調査を放置してきた歴史があり、不処罰はスリランカでの根深い問題となっております。過去20 年にわたり、強制失踪事件や違法殺害事件が未解決のままとなっており、その数は数万件にものぼります。しかし、これまでに訴追が行われた事件はほんの僅かにとどまっております。過去にも、大統領調査委員会などのアドホックなメカニズムによる人権問題対処が試みられたことがありましたが、事実の解明や訴追につながることは殆どありませんでした。
2006 年8月、パリに拠点を置く人道援助機関アクション・コントル・ラ・ファム(ACF)のスリランカ人援助要員17名が殺害されるという事件が発生致しました。これまで設立された中で一番新しい政府調査委員会が、この事件を含む16件の重大人権侵害事件を調査することとされましたが、この委員会の実態も、スリランカでの不処罰の問題を浮き彫りにするものでした。委員会は今年、16件のうちほんの数件を調査しただけで、ACFの事件も含め政府が誤った行いをした証拠はない、と結論付けたのです。政府委員会のモニターを担当していた著名な国際的専門家のグループは、「政府委員会の手続きが、透明であったとも基本的な国際基準を満たしていたとも・・・結論付けられない」として、辞任してしまいました。政府委員会作成のラージャパクサ大統領あての報告書の全文は、今も未公開のままとなっております。
スリランカ政府の過去の行い、最近の発言、および内戦終結後の行動の欠如は、内戦中の違反行為に対する公平な調査をする意思がスリランカ政府にないことを明確にしております。
そこで、私どもは、日本の新政権に以下を提案申し上げます。
·国際人権法や国際人道法への重大な違反行為があったとの信頼性の高い報告にも拘わらず、スリランカ政府に、公平な調査への意思や、責任者を法の下で裁くという意思が欠如していることに対する批判を表明すること。
·超法規的・即決・恣意的処刑に関する国連特別報告者及び国連人権高等弁務官が呼びかけた人権侵害疑惑に対する独立した調査を支持すること。
·政府軍及びLTTE双方が内戦の最後の数ヶ月の間に犯した人権侵害を調査するため、独立した国際調査委員会を設立するよう明確に強く求めること。
·ラージャパクサ大統領と共に人権侵害調査を行うと約束した国連事務総長に対し、国連調査団を迅速に設立するとともに、設立及び任務の遂行のため必要な全ての措置を講ずるよう強く求めること。
スリランカでの戦闘は終結したかもしれませんが、約25万人の人びとの苦しみは続いております。日本政府を含む国際社会が要求を続けない限り、スリランカには一時的な救済もアカウンタビリティも、実現することはないと思料いたします。
スリランカにおけるこうした緊急の課題に注意を向けてくださることに心より御礼申し上げます。そして、更なるお話をさせていただくため、大臣と面会させていただきたく、ここに申し入れさせて頂きます。
敬具
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
事務局長 渡辺美奈
アムネスティ・インターナショナル日本
事務局長 寺中誠
反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC) 反差別国際運動 (IMADR)
理事長 武者小路公秀 事務局長 原由利子
ヒューマン・ライツ・ウォッチ ヒューマン・ライツ・ウォッチ
アジア局長 ブラッド・アダムズ 東京ディレクター 土井香苗
特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ
事務局長 伊藤和子
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