【国際人権先例・CAT】2005/No.268 スイス

Switzerland  v.  A. A.

通報日

非許容決定日

文書発行日

通報番号

02/02/2005

01/05/2007

11/05/2007

No.268/2005

 全文

http://www.unhchr.ch/tbs/doc.nsf/(Symbol)/b87467efb793cdb9c125730500490e05?Opendocument

手続上の論点 

 

実体上の論点

拷問等を受ける危険のある国への送還の禁止(3条)

通報者の主張

 通報者はパキンスタン国籍。20043月、パキンスタンのSialkotにある反政府組織Muslim League/Youth Orgnization(PML_N)の地域リーダーに就任した。

 20043月、通報者は、道路建設に反対するデモを組織したことで逮捕されたが、一日で釈放された。更に、200486日、通報者は抗議デモ行進を組織したが、警察が催涙ガスや武器を以って制圧しようとするデモ隊と衝突し、参加者一人が死亡した。通報者をこの死亡事件の容疑者とされ、逮捕状が発布されたことから、2004812日、パキスタンを脱出し、同月27日にスイスに到着した。翌日、通報者はスイスに一時保護を申請したが却下された。通報者は直ちに控訴したが、これも却下され、同決定に対する再審請求も、審査委員会によって却下された。

 通報者の主張は以下のとおり。

1) パキスタンでは、下級審の腐敗と事件の多さから、一審開始まで何年もかかるのが通常となっているところ、もしパキスタンに送還されれば、身に覚えのない殺人容疑で拘束され、何年間も未決のまま勾留されることが避けられない。パキスタンの勾留施設の環境は極めて劣悪で、勾留自体が非人道的扱いに当たる。パキスタン人権委員会が出した年次報告書においても、監獄において拷問や残虐な行為が行われていることや、未決勾留期間が5年に及ぶことも珍しくないことが指摘されている。

2) 通報者は、弁護士と政治家からの2通の手紙を保持しているが、それらはいずれも、警察が依然として通報者を探しており、パキスタンに戻れば逮捕されて勾留され、拷問を受ける可能性が極めて高いことを記している。

3) 2005426日付で、通報者に裁判所への召喚状が発布されている。

当事国の主張

1)許容性については争わない。

2)本案について

・ 単に逮捕・起訴される可能性が高いというだけで、拷問等を受ける危険を肯定することはできないし、留置施設で拷問が行われているとしても、通報者が個人的にそのような危険に晒されていることを示さない以上、それだけで3条違反を認定することはできない。

・ パキスタンの現在の人権状況を以って拷問等の危険を肯定することはできない。そもそも通報者には殺人の嫌疑があり、通報者に対する捜査の目的自体に違法性はない。

・ 通報者は過去に拷問等を受けたことはなく、20043月に逮捕された際も1日で釈放されている。

・ 現在示されている情報によれば、通報者が3条に違反する扱いを受ける根拠は、彼の政治活動の結果ではなく、また、国外で何らかの政治活動に従事していたとの主張も出ていない。

・通報者は本件手続きになって初めて手紙を提出したことや、召喚状の日付が事件から8ヵ月半後に出されている等、通報者が提出している書類には不審な点が多々見受けられる。もっとも、書類が真性であるか否かは、本件において決定的な要素ではない。

委員会の決定

1)許容性について

 本件は、他の機関で取り扱われたことはなく、国内的救済措置も尽くされており、また、当事国が許容性について争っていないことから、本通報は許容される。

2)本案について

・通報者が送還された場合に、拷問等を受ける危険があると言うためには、単に当該国内で「重大かつ大規模な人権侵害」が行われているだけでは不十分で、それに加え、当該人物が個人的に危険に直面している状況が必要であるが、換言すれば、「重大かつ大規模な人権侵害」が当該国内で行われていないとしても、個々人の状況によっては、拷問等を受ける危険があると判断することも可能である。

・委員会が第3条に関する一般的見解で示しているとおり、「危険は、highly probableとまではいえなくても、単なるtheory or suspicionを越えて立証されなければならない」。

・ 本件では、通報者は今までまったく拷問等の不適切な取扱いを受けたことがなく、20043月に逮捕された際も、1日で釈放された。

・ 通報者が示した資料によれば、通報者は依然として殺人の容疑で警察に追われていると考えるのが妥当であるが、単に逮捕・起訴されるという事実を以って、通報者が拷問を受ける危険があると判断することはできない。

・ 通報者が提出したパキスタン人権委員会の年次報告書に照らしても、通報者自身が、拘置施設内において、個人的に拷問等の不適切な扱いを受ける危険に晒されていると認めることはできない。

 以上の事実に照らすと、通報者はパキスタンへの送還によって発生する、拷問等を受ける現実的、「具体的かつ個人的なリスク」について実質的根拠を示したとは言えず、通報者の送還は、規約第3条違反には当たらない。