【声明】「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律(案)に対する声明」を発表しました

ヒューマンライツ・ナウは本日「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律(案)に対する声明」を発表しました。

全文とPDFをお知らせいたします。

人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律(案)に対する声明

人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律(案)に対する声明

2015年5月28日

認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ

  2015年5月22日、民主党、社民党及び無所属の議員が「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律(案)」(以下「法案」という)を参議院に提出した。近年、ヘイトスピーチをはじめとする在日外国人や外国にルーツを持つ日本人に対する深刻な人種差別が横行しており、抜本的な施策が求められてきた。人種差別撤廃のための施策は、人種差別撤廃条約に加入し締約国となっている日本が実施すべき責務である。

  ヒューマンライツ・ナウは、2014年、ヘイトスピーチの実態調査を実施すると共に、包括的な差別禁止法の制定を勧告してきた。[1]今回、法案が提出されたことを、日本における人種差別撤廃法制の最初の一歩として歓迎する。

 

1. 目的・定義等

  法案は、1条において、人種差別撤廃条約の理念に基づき、人種等を理由とする差別の撤廃のための施策を推進することを目的として掲げ、国と地方公共団体の責務を明確しており、評価できる。

  第2条においては、「人種等」が定義されており、第3条1項では「人種等を理由とする不当な差別的取扱いが禁じられているが、何が「不当」であるか、また「差別」となるかという定義は明記されていない。「差別」の定義を明らかにすることなく、必要な施策を実効的に行っていくことは困難であり、速やかに「差別」の定義を明確にすることを求める。

  そして、その際には、人種差別撤廃条約1条にいう人種差別の定義(人種、皮膚の色、世系又は民族的もしくは種族的出身に基づく区別、排除、制限又は優先であって、公的生活の分野における平等の立場での人権享有を妨げ又は害する目的又は効果をもつもの)に沿った定義とすべきである。

  法案第3条が人種等を理由とする差別の禁止原則を明示した点は評価することが出来る。

また、第3条2項において、人種等の共通の属性をもつ不特定の者に対する不当な差別的言動を差別として明確に禁止している。これは国として、ヘイトスピーチは許されない人種差別であるということを明確に示したとして重要な意義がある。

  但し、「それらの者に著しく不安若しくは迷惑を覚えさせる目的」という要件が曖昧な点があり、必ずしも当該集団の人々に直接届かなくとも社会全体に人種差別の思想を訴え広めることを主眼としている言動の場合に当てはまらないおそれがある。また、第3条2項は全体として、他人種集団に対する暴力行為の扇動の禁止など人種差別撤廃条約第4条で求められている施策をカバーできていない。よって、本項は、同条約4条に沿った内容となるように規定を修正すべきである。

  例えば、「それらの者の人種等の属性を理由として、公然と人種差別を扇動し又は、それらの者に対する暴力行為を公然と扇動する言動をしてはならない」という内容も含めるべきである。[2]

 

2 . 施策

  法案は、政府の責務として、人種差別の防止に関する基本方針を定めることとされ(7条)、施策の実施について国会に年次報告を提出することとなった(9条)。これは、実効性ある人種差別撤廃のための取り組みを政府が責任をもって推進していくうえで重要な仕組みとして評価できる。

  具体的な施策は、相談(10条)、相互理解促進のための措置(11条)、啓発(12条)、国と地方公共団体による人権教育(13条)などであり、いずれも必要な施策である。また、インターネット上の差別防止の施策が施策に規定された点は重要であるが(15条)、自主的な取り組みの支援にとどまっており、必要に応じてさらに実効的な施策を期待する。さらに、法案が人種差別の実態調査を行うとした点(18条)は重要である。

   国や地方公共団体が人種差別の実情や被害実態について調査を行って公表し、施策に反映させるというプロセスはこれまで取られてこなかった。ヘイトスピーチをはじめとする人種差別は現在深刻な事態にあるのであって、国の実態調査は急務である。さらに、施策の策定実施に当たり、差別の被害者等の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずる(19条)とした点も評価できる。

 

3. 人種差別防止政策審議会の設置

  法案が、政府の基本方針の策定や調査審議、政府等への勧告などを行う機関として人種等差別防止政策審議会を設置し、これを内閣府のもとに置くとしていることは重要である。

  法案が提起する人種差別防止政策審議会は、障害者基本法に基づいて設置された障害者政策委員会と同様のメカニズムであるが、同委員会について障害者基本法33条2項は、「委員の構成については、政策委員会が様々な障害者の意見を聴き障害者の実情を踏まえた調査審議を行うことができることとなるよう、配慮されなければならない」と規定し、実際に障害当事者が委員になるなどの参加が確保されている。

  法案は、「人種差別防止政策審議会」の委員を、「人種等を理由とする差別の防止に関し学識経験を有する者」とするが、障害者基本法33条2項と同様の規定を置くことによって、人種差別の被害を経験した者が委員に入ったり、調査審議に被害者の経験が十分に反映される仕組みを実現することを求めたい。

 

4. まとめ

  以上のように、法案は人種差別撤廃のための基本法として必要な立法であり、必要な修正をしたうえで、速やかに可決成立し、人種差別撤廃のための施策が実施されるよう、政府およびすべての国会議員に対し、求める。

  なお、具体的な人権侵害の救済については、法案の規定では十分とはいえないことから、基本法をもとにより具体的な法整備を行うとともに、救済機関として、政府から独立した国内人権機関の設置を速やかに検討すべきであると考える。

 

                                      以 上

[1] ヒューマンライツ・ナウ在日コリアンに対するヘイトスピーチ被害実態調査報告書http://hrn.or.jp/activity2/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%
83%81%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8.pdf

[2] これと併せ、日本政府は、人種差別撤廃条約4条にかかる留保を撤回すべきである。前掲報告書参照。