特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウは、本日2012年9月3日、
意見書「原発事故の影響を受けた人々に対する甲状腺等の検査体制の抜本的改善を求める。」
を発表いたしました。
福島県庁・厚労省回答メモ.pdf
福島県庁・厚労省回答メモ.pdf
「原発事故の影響を受けた人々に対する甲状腺等の検査体制の抜本的改善を求める。」
福島第一原発事故後、放射線被ばくの影響により、子どもたちへの健康影響が深刻に懸念されている。
「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援に関する施策の推進に関する法律」第13条は「被災者の定期的な健康診断の実施その他東京電力原子力事故に係る放射線による健康への影響に関する調査について、必要な施策を講ずる」とし、子どもである間に一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住したことがある者等に対する健康診断については、生涯にわたって実施されるように措置をとることを国の施策として明記している。
しかし、同法は基本法に留まっており、具体化は進んでいない。
その一方、現場では、充分な健康調査がなされず、医療を受ける権利や自己の身体について知る権利が否定される深刻な事態が進行している。
1 チェルノブイリ事故後、子どもに対する甲状腺がんが多発したことが各国の報告から認められている。過去の経験に学び、甲状腺がんの発生を防止するため、国・県が必要とされるすべての検査・医療措置を講じて早期発見と治療に努め、経過を観察していく必要がある。また、その他懸念される身体影響に対しても、定期的な健康診断等により早期に対応していくことが求められる。
この点、福島県は福島県立医大等に委託して甲状腺検査を実施している。
県によれば、平成23年3月11日時点で0歳から18歳までの福島県民に対し、平成23年10月から平成26年3月末までに、1回目の甲状腺(超音波)検査を実施し、甲状腺の状況を把握する、という。[1]
しかし、このペースでは、すべての子どもが甲状腺検査を終えるまでに、原発事故後3年以上が経過することとなる。そして、その後の本格検査は、平成26年4月以降、20歳までは2年ごと、それ以降は5年ごとに甲状腺(超音波)検査を行う、という。
これは、小児がんの早期発見という観点から著しく遅いペースと言わざるを得ない。
さらに、甲状腺検査は18歳以下に限られた実施に留まり、甲状腺検査と併行して実施されるべき血液検査や尿中セシウム等の尿検査については併行して実施されていない。[2]
ホールボディカウンターによる内部被ばく検査については福島県内で未だ数万人にとどまっており[3]、かつ定期的に無料で検査できる体制は整っていない。
これでは、放射線の健康影響について長期的にモニタリングしていく検査体制が整っているとはいえない。
2 福島県は平成24年3月に、子どもに対する甲状腺検査の結果を公表した。
これによれば、県は甲状腺検査を38,114人に対して実施し、そのうち 結節や嚢胞を認めなかったもの(A1判定)が、24,468人(64.2%)、5.0㎜以下の結節や20.0㎜以下の嚢胞を認めたもの(A2判定)が13,460人(35.3%)であるという。さらに、5.1㎜以上の結節や20.1㎜以上の嚢胞を 認めたもの(B判定)が186人(0.5%)いることも明らかになったという。[4]
ところが、このうち、A1ないしA2判定の者は、二次検査の対象とならず、次回の検査まで次回(平成26年以降)の検査まで経過観察とされている。二次検査の対象となるのはB判定以上となった者のみである。
そもそも、結節について5.1㎜以上、嚢胞について20.1㎜以上でない限り二次検査の対象としないというのは、福島県独自の基準であって、国際的に確立された基準でも独立した第三者機関によるチェックを経た基準でもない。そして、基準の「安全性」を基礎づける説得的な根拠は示されていない。
結節・嚢胞のような所見がありながら、このような独自の基準で安全と判断し、より精密な検査を受ける機会を提供しないことは極めて問題である。
子どものがんの進展は一般に大変早いものであり、予防医学的な立場からも、「早期発見・早期治療」が求められる。結節や嚢胞が認められた事案については、経過を注意深く見守り、定期的なエコー検査により進展を確認することが必要である。
甲状腺検査で異常所見が得られた子どもに関しては、少なくとも1年に1回は検査する実施体制を実現することが求められる。
3 さらに問題なのは、「県民健康管理調査」検討委員会座長を務める山下俊一福島県立医大副学長(同大学放射線医学県民健康管理センター長)らが、日本甲状腺学会所属の医師に同様の基準を徹底しようとしていることである。
山下氏は本年1月16日付で日本甲状腺学会会員の医師に対し、通知を出している。
この通知は、福島県では、「異常所見を認めなかった方だけでなく、5mm以下の結節や20mm以下の嚢胞を有する所見者は、細胞診などの精査や治療の対象とならないものと判定しています」とし、会員医師に対する個別の相談等に対し、「どうか、次回の検査を受けるまでの間に自覚症状等が出現しない限り、追加検査は必要がないことをご理解いただき、十分にご説明していただきたく存じます」としている。
こうした通知を受けて、多くの医師が、原発事故の影響を憂慮する子やその保護者の求めにも関わらず、甲状腺に関する検査を拒絶しているという事態が少なからず報告されている。このようなかたちで国民・市民の医療・検査に対するアクセスを妨害し、セカンド・オピニオンを得る機会を奪うような行為は到底容認しがたい。
エコー検査のように侵襲性を伴わない検査については頻繁な検査に伴うデメリットはなく、行政によるパターナリスティックな制約に何らの正当性もない。
4 さらに検査結果に対する情報提供のあり方にも重大な問題がある。
福島県の甲状腺検査では、甲状腺に関する異常所見が見つかったが、A2判定とされた場合、「おおむね良好」「小さな結節や嚢胞がありますが、二次検査の必要はありません」などの通知が交付されるだけであり、症例に関する詳しい説明がなされてこなかった。
HRNの問い合わせに対し、福島県は、最近になって情報提供のあり方を改善し、結節、嚢胞の大きさ、数について記載することとしたと回答した(2012年8月28日)。
しかし、カルテやエコー検査画像等については未だに本人に見せることはなく、印刷画像も開示しないという(同上)。
そして、検査に関する情報の開示は、条例に基づく情報公開手続に基づいて行わない限り認められず、かつ情報公開手続をとったとしても、エコー画像のデジタルデータの開示は行わず、静止画像がコピー用紙に印刷されたものを提供するだけだという。[5]
これでは、異常所見が見つかっても、子どもの身体の状況に関する重要な情報に子ども自身も親もアクセスすることができず、自己の身体に対する自己決定が阻害されることとなる。また、所見についてセカンド・オピニオンを求めたり、診察・治療を受ける機会が奪われ、取り返しのつかない事態にもなりかねない。
医療データは本人に帰属するものであり、検査機関のものではない。憲法で保障された知る権利、自己に関する情報をコントロールする権利(憲法13条、21条)に基づき、被験者は検査結果の開示を受ける権利がある。
検査の委託を受けた医療機関が保有データを開示する義務を負うことは、個人情報保護法25条および「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」[6]から明らかであり、また厚労省の「診療情報の提供等に関する指針」には「医療従事者等は、患者等が患者の診療記録の開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない。診療記録の開示の際、患者等が補足的な説明を求めたときは、医療従事者等は、できる限り速やかにこれに応じなければならない」と明記されている。[7]
検査結果(エコー画像)を本人ないし保護者に見せて、希望があれば説明を行うとともに、本人または保護者の求めがあれば、情報公開のような手続をとることなく、すべての検査結果資料をいつでも開示できるようにすべきである。また、将来にわたる経過観察のための比較資料として長期にわたり保管するべきである。[8]
5 甲状腺検査を2年に一度しか行わないという県の方針に対し、基礎自治体のなかには、追加的な検査を実施しようとする自治体もあるが、県は、「個人情報」を理由に、基礎自治体に対しても検査データをシェアすることを拒絶している。
そして、こうした追加的検査に対する公的な資金の援助もなされていない。これでは住民の切実な要求を受けて、基礎自治体が甲状腺検査を行う事も極めて困難である。
6 いま求められているのは、健康影響に関する透明性のあるモニタリングを継続して、住民の健康被害を予防し、早期に発見して適切な治療を行うことである。
そして、検査結果を速やかに本人に提供して、身体の状況に関する情報へのアクセスを確保することである。
ところが、現在の福島県の検査体制は、こうした要請に反して、住民から医療・診察を受ける権利を奪い、自己の身体に対する情報へのアクセスを阻害している。
被ばくの影響を長期間にわたりモニタリングして早期の治療につなげていくため、検査体制の抜本的な改善が必要である。
HRNは、福島県に対し、
1 子どもに対する甲状腺検査については、「早期発見」「早期治療」のため、少なくとも1年に1回の検査を実施すること、とりわけ嚢胞、結節の所見の見られたケースについては早急にその体制を確立、実施すること
2 甲状腺検査を成人にも拡大するとともに、甲状腺検査に加えて、血液検査・尿検査も実施すること
3 甲状腺その他の県による検査結果(血液検査・甲状腺エコー画像等)を被験者本人または保護者に渡し、希望があれば説明を行うこと
4 甲状腺等の検査結果は、将来にわたる経過観察のための比較資料として長期にわたり保管し、本人または保護者の求めがあれば、情報公開のような手続をとることなく、すべての検査結果資料をいつでも開示すること。また、検査対象者が検診を受ける自治体、医療機関に対しても、データを共有できるよう措置をとること[9]
国に対し、
1 原発事故周辺住民の健康に対する権利を守る責務を負う立場から、国の責務として、住民の健康診断、検査、医療に関する方針を早急に確立すること。その際に国際的な知見やチェルノブイリ事故における当事国の医療政策のグッドプラクティスを取り入れること
2 甲状腺検査等の健康管理検査に関する検査結果を本人に開示する指針を公表し、県に指導すること
3 国として、県の健康調査に関与し、上記福島県に対する要請事項に基づいて抜本的な検査体制・是正、拡充を求めること
4 福島県内の市町村が独自に実施する甲状腺検査・内部被ばく検査等の検査体制確立に財政援助を行い、また、全国に甲状腺検査等に関する拠点病院を確保することを通じて、原発事故の影響を受けた市民が居住地の如何に関わらず、少なくとも年に1度は甲状腺検査・内部被曝検査等の必要な検査を無料で受けられるように財政援助すること
山下俊一「県民健康管理調査」検討委員会座長(福島県立医科大学副学長、同大学放射線医学県民健康管理センター長)に対し
1 日本甲状腺学会員に対する通知文書(2012年1月16日付)を公的に撤回すること
を求める。
以上はいずれも、人々の健康に対する権利(憲法25条、社会権規約)を保障するために重要な事項であり、速やかな改善・実施を求める。
以 上
[1] http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/koujyou.pdf
[2] 血液・尿検査は、現状では避難地域等限られた地域に居住する住民にしか実施されておらず、尿中セシウムの検査は実施されていない。http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/kenkousinsa.pdf
[3] そのうち、多くを占めるのは、南相馬市立総合病院と民間のひらた中央病院である。http://www.wa-dan.com/article/2012/06/post-830.php
[4] このうち、5.1㎜以上の結節を認めた者は 184人0.48% 、5.0㎜以下 は201人 ( 0.53%) 、20.1㎜以上の嚢胞を認めた者 は1人(0.003%)、 20.0㎜以下の嚢胞を認めた者は、13,384人 (35.1%)であったという。http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/koujyosen-ketuka2403.pdf
[5]毎日新聞報道http://news.livedoor.com/lite/article_detail/6890172/, HRNの福島県庁への問い合わせ(2012年8月28日)
[6]http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/170805-11a.pdf
「医療・介護関係事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときは、本人に対し、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない。」(30P)
「開示等の求めの方法は書面によることが望ましいが、患者・利用者等の自由な求めを阻害しないため、開示等の求めに係る書面に理由欄を設けることなどにより開示等を求める理由の記載を要求すること及び開示等を求める理由を尋ねることは不適切である」(35p)
[7] http://www.med.or.jp/nichikara/joho2.html、医療法1条4も参照
[8]医療記録は医師法24条により診療録(いわゆるカルテ)は5年間の保存義務が課され、また医療法21条により、診療録以外の病院日誌、処方箋、手術記録、エックス線写真等は、2年間の保存義務が課されている。今回の超音波検査(エコー検査)はエックス線写真等に属する医療記録であり2年間の保存義務がある。
[9] 個人情報保護法23条との関係については、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」において、同意を得るための措置等が詳述されている。http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/170805-11a.pdf