福島原発事故の被ばくリスクを指摘する米国の医師たち
汚染された空気や水、食べ物を通じて放射性物質が体内に入る内部被ばく。将来を担う子供たちの生命や健康を被ばくから守ることは、大人たちの重大な責務である。
先月、ニューヨークで開かれた、国連科学委員会(UNSCEAR)の「Fukushima Report(福島報告書)」をめぐるシンポジウムで、米非営利団体「社会的責任を果たすための医師団(PSR)」の元代表でアイオワ大学医学部助教のジョン・W・ラコー氏は、次のようなケネディ大統領の言葉を引用し、福島の子供たちの健康被害のリスクを過小評価すべきではないと訴えた。
「骨にがんができたり、白血病になったりする子供や孫の数は、統計学的に見れば、自然に発生する健康被害に比して少ないかもしれない。だが、これは、自然による健康被害でも、統計学的問題でもない。たった一人の子供の生命の喪失であっても、またわれわれの死後に生まれるたった一人の子供の先天性異常であっても、われわれ全員が憂慮すべき問題だ。われわれの子供や孫たちは、われわれが無関心でいられる単なる統計学的な数字ではない」
Reuters
放射線被ばくの検査を受ける福島の子供(2011年3月13日)
この演説は、米ソが核の軍拡競争に明け暮れる冷戦さなかの1963年、米国が旧ソ連と部分的核実験禁止条約の合意にこぎ着けた翌日(7月26日)、ケネディ大統領が、ブラウン管を通し、国民に向けて語りかけたものだ。
「50年前のケネディ大統領の演説が、UNSCEARの報告書にぴったり当てはまる」と、ラコー氏は言う。
「統計」よりも「人権」に重きを置く上記シンポジウム(PSRと日本の人権団体ヒューマン・ライツ・ナウによる共催)は、「被ばくした人たちの間で、放射線による健康への影響の発症が目に見えて増えることは予想されない」というUNSCEARの報告書要旨(10月、国連総会第4委員会に提出)を受けて、開かれた。UNSCEARに対し、最終的な報告書を完成させるに当たり、被ばく線量の推計や健康被害の予測に伴う不確実性の再認識などを求め、改善を促すのが目的だ。
PSRと米NGO「核戦争防止を目指す国際医師団(IPPNW)」ドイツ支部が共同作成した、報告書に関する論評によれば、UNSCEARの見解は真の放射線被ばく量を正確に示しておらず、現在も続いている放射線の放出を無視し、がん以外の影響を考慮していないという。
また、東電による原発作業員の線量評価や報告書の情報源の中立性に疑問を投げかけ、がん以外の病気や放射線の遺伝的影響もモニタリングする必要があると説く。被ばくリスクの小ささを説明する際にしばしば用いられる、放射性降下物とバックグラウンド(自然)放射線との比較についても、誤解を与えやすいと同論評は警鐘を鳴らしている。
ラコー医師によると、UNSCEARには同論評をメールで送り、「丁寧で迅速な返事」をもらったという。「われわれの懸念や提案が考慮されると感じ、非常に勇気づけられた」
報告書要旨については、UNSCEARが今年5月、福島の原発事故による「差し迫った健康への影響は認められない」という中間報告を行い、本コラムでも、報告書の議長役を務めるヴォルフガング・バイス博士(ドイツ連邦放射線防護庁・放射線防護健康局責任者)に話を聞いた(前・後編)。
当初は、今年の秋、国連総会で報告書の全容が発表される予定だったが、中間報告後、日本政府や東電が原発作業員の被ばくの実態を正確につかんでいなかったことが判明。UNSCEARは10月、放射性ヨウ素133(半減期約20時間)が作業員の線量推計に反映されていないなどとして、作業員の内部被ばく線量が2割ほど過小評価されている可能性を指摘し、報告書の完成は延期された。
国連発表によれば、10月25日、国連総会第4委員会で行われたカール・マグナス・ラーソン国連科学委議長によるブリーフィングでは、5月の中間報告同様、福島の原発事故による被ばくは「低い、または概して低く、直ちに健康に影響はない」という見解が発表された。
だが、子供については、「原子力の影響の及び方が大人と違う」ため、より慎重な対応を要することから、36万人の子供を対象にした大規模な甲状腺スクリーニング検査が実施されたと、ラーソン議長は説明する。とはいえ、通常よりも甲状腺がん・異常の割合が高かったことが、被ばくによるものなのか、他の原因によるものなのかは「区別不可能」だという。
被ばくによるがん発症リスクの増加は証明できないとする、こうしたUNSCEARの見解をラコー医師は一蹴する。「『放射線によって引き起こされるがんと他のがんは見分けがつかないため、福島の場合も、被ばくに起因しうると認められるがん発症の増加は予想されない』などというのは、典型的なトートロジーだ」(ラコー氏)。トートロジーとは、同じ意味の言葉を反復することで、レトリック上、必ず真となる命題や論理のことである。
Dr.John Rachow
米非営利団体「社会的責任を果たすための医師団(PSR)」の元代表でアイオワ大学医学部助教のジョン・W・ラコー氏
シンポジウムには、今年5月、「人権」に基づく被ばく規制の徹底などを日本政府に対して勧告する報告書を国連に提出したアナンド・グローバー国連人権理事会・特別報告官も出席。「国家は、国民が『健康でいる権利』を侵してはならず、国民を尊重し、守る義務がある」と、訴えた。
一方、国連総会第4委員会でのブリーフィングからは、UNSCEARに対する日本政府の無言の圧力もかいま見える。前出の国連のプレスリリースによると、日本政府の代表がブリーフィングで、UNSCEARの報告書は「誤解を招く」可能性があると指摘している。日本の一部メディアの記事のなかで、「報告書が、日本政府による原発作業員の内部被ばく線量の過小評価を結論づけた」と「incorrectly(不正確)に」報じられたからだという。
確かに最終報告書ではないが、UNSCEARが、作業員に関する東電の新たな集計などを受け、過小評価の可能性を指摘したことは事実だ。データに齟齬(そご)が生じた以上、それを反映させるのは当然のことである。上記発言は、最終報告書での「結論」への変更を暗に迫っているとも取られかねない。
実際、2011年9月9日付けの原子力安全委員会速記録によれば、UNSCEARの調査開始を前に同日開かれた「国内対応検討ワーキンググループ」初回会合で、藤元憲三技術参与や伴信彦専門委員は、UNSCEARによる独自のデータ分析をけん制するかのような発言をしている。
「ちょっと老婆心で思うのですが、ワーキンググループが頑張って詳細なデータ、立派なデータを集められてUNSCEARに提供されたら、外国人がそのデータを用いていろいろな評価をしてくると思うんです。(中略)日本できちんとやはりそれを評価して対応できるデータを準備しないと、データだけ提供して向こうに評価を任せるというような属国的な結果になっては全く恥ずかしいと思うんです(後略)」(藤元参与)
これを受け、伴委員は「私も本当にそう思う」と答えている。そして、それは、「オールジャパン体制でやっていかなければいけないので、そうなった時にデータの出し方と出すタイミングというのがあるんです」と続ける。初期のヨウ素による甲状腺被ばくについては、日本側がある程度解析をしてから UNSCEARの分析を仰ぐ必要性に言及。「データだけ出して向こうに勝手なことをされると逆にとんでもない結果を出されてしまう可能性があります」と、懸念を示している。
そもそも、一部データの信頼性にも疑問が残る。例えば、文部科学省のダストサンプリングの測定結果(11年6月7日付)によると、東日本大震災直後の3月18日に、福島大学など複数の場所で放射性核種が計測された。しかし、半減期が約2時間と短いヨウ素132が9100~1万7000ベクレル検出されているなかで、親核種テルル132(半減期約3日)が、いずれも「不検出」となっている。だが、ラコー医師いわく、娘核種のヨウ素132が検出されれば、テルル132も検出されるのが通常だ。
被ばくの科学的影響だけでなく、データの量や質自体にも「不確実性」が残るなか、UNSCEARが、どこまで「firm commitment to the truth(真実の優先・確約)」(ラコー氏)に迫れるか――。最終報告書が待ち遠しい。
*********************
肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト