【イベント報告】2020年1月25日 『国際人権アカデミー:ビジネスと人権特別セミナー』

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2020年1月25日(土)、青山学院大学にて、ビジネスと人権に関する国際基準及び国際人権法を学ぶセミナー「国際人権アカデミー:ビジネスと人権特別セミナー」を開催いたしました。ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。

本セミナーは、当該分野の第一線で活躍する実務家講師陣から国際的スタンダードをご提供する目的で開催いたしました。「ビジネスと人権」は、現在大きな関心を持たれている分野であり、今後ますます注目される分野です。日本でも国別行動計画の策定に向けた作業が進められています。ビジネスと人権に関するこうした状況の中、「抽象的な話が多く、実務的にどのように取り組んでいいのか分からない」、「人権デュー・ディリジェンスが必要だと言われているが、ここで言われている人権とはどのようなものなのか、この機会に学んでみたい」、「ステークホルダーとの対話が重要とのことであるが、具体的にどのように行えば良いのか分からない」などのお声にお応えする機会となりました。

セミナーは次の5名の講師によって行われました。

佐藤暁子 弁護士(ことのは総合法律事務所)

申惠丰  教授(青山学院大学法学部・大学院法学研究科教授、HRN理事長)

高橋大祐 弁護士(真和総合法律事務所)

指宿昭一 弁護士(暁法律事務所)

國廣正  弁護士(国広総合法律事務所、HRN運営顧問)

伊藤和子 弁護士(ミモザの森法律事務所、HRN事務局長)

 

 

1限目「「ビジネスと人権」概論」

佐藤曉子弁護士による講義では、1990年代以降特に顕著になった、国境を超える経済活動の活発化に伴い生じている、ビジネスと人権の課題を概観しました。

最初に、2011年に国際連合人権理事会決議において支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」に関し解説されました。指導原則は大きく三つの内容から構成されています。第一に、「人権を保護する国家の義務」、第二に、「人権を尊重する企業の責任」、第三に、「救済へのアクセス」です。これらの原則は、2015年にエルマウサミットで支持されており、国別行動計画を策定する努力を促しています。

次に、人権やその課題に関する事例を検討しました。たとえば、日本では東京オリンピック、パラリンピック関連事業実施に関わり、労働者が過酷な労働環境の下で働かざるを得ないこと、それにも関わらず労働環境の改善が積極的に行われていないことなどが指摘されました。また、アジア地域においては、各国のガバナンスの脆弱等に由来する人権面での課題がある一方で、欧米企業や市民社会からのプレッシャーによって人権課題への積極的な取り組みが期待しうる状況も示されました。最後に、英国現代奴隷法等が参照されながら、ハード・ロー化の潮流の現状について言及されました。

 

2限目「企業が遵守すべき国際人権基準」

申惠丰教授は、「ビジネスと人権に関する指導原則」における「人権を尊重する企業の責任」について、企業が尊重すべき対象となりうる国際人権基準について解説しました。

前提として、国際人権章典をなす世界人権宣言(1948)と二つの国際人権規約、ILOによる国際労働基準、グローバル・コンパクト(1999)においてすでに、人権の尊重の原則が示されていることを確認しました。

そして、「ビジネスと人権に関する指導原則」の成立以降、より具体的な基準が形成されつつあることが事例と共に解説されました。「OECD多国籍企業行動指針」2011年の改訂では企業の人権に対する責任を明示した章の新設がされたことや、デュー・ディリジェンスの規定の盛り込みがなされたことが取り上げられました。SDGsでは「ジェンダー平等」、「働きがいも経済成長も」、「人や国の不平等をなくそう」などの目標が掲げられています。ほかにも全国銀行協会はその「行動憲章」において「人権の尊重」及び「環境問題への取り組み」を明言しています。

最後に、日本の労働法制について言及され、「働き方改革」法の成立にも関わらず、過労死ラインを容認する矛盾や職種によって適用が除外される場合などの問題点が指摘されました。

 

3限目「人権デュー・ディリジェンスの実務」

高橋大祐弁護士は、デュー・ディリジェンスに関する事例についてmデュー・ディリジェンスを企業の人権を尊重する責任の核と位置づけ、その方法論について講演されました。

まず、事例として、サプライチェーンにおける外国人労働者問題の事案に関連する諸問題点について指摘されました。多数のサプライヤーがいる中での調査対象の選別・特定、調査方法(誰に対して調査を行うのか等)、問題解決の目標が明確とならない等の問題が存在する点を解説されました。

一方で、「ビジネスと人権の指導原則」は、サプライチェーンを含めた人権尊重を要求していると言います。この場合の人権は、外国人労働者、地域住民、その他さまざまなステークホルダーの権利が考えられるだけでなく環境社会の問題など幅広い概念だということを強調されました。2011年以降は、人権は普遍的なものであるという観点から、人権尊重責任は単に企業が自主的に取り組む社会的責任ではなく、法的義務ないしそれに準じるルールが形成されつつあります。

デュー・ディリジェンスは、企業側のリスクを考慮する前に、ステークホルダー側のリスク・影響を対象とする点が重要であります。その際、ステークホルダーとの対話、サプライチェーンとのコミュニケーション及び働きかけ、投資家の好感に資する情報の開示、人権侵害救済へのアクセスを確保するメカニズムを創設することなどが重要だと述べられました。

 

4限目「技能実習生問題の今~企業に求められる対応」

指宿昭一弁護士は、長年、低賃金、長時間労働等に苦しむ外国人労働者の救済に携わってきた経験から、技能実習生問題の最新状況と企業に求められる社会的責任について解説されました。

まず、外国人労働者の概況を示されました。外国人労働者は現在約150万人で増えるづけていること、国籍別では特にベトナムが急増していること、在留資格別では技能実習、資格外活動(留学)、「専門的・技術的分野」がそれぞれおおむね30万人となっていることなどについて言及されました。

技能実習はもともと「発展途上国への技術移転による国際貢献を目的として創設」されていますが、その実態は労働者確保となっており、しかも多くの人権侵害が顕在化しています。例えば、手取りが3、4万円のみの低賃金であったり、制裁や労災隠しとしての強制帰国などが起こっています。構造的には、虚偽の目的、移動に関する自由の剥奪、中間搾取などの問題があります。

近年、技能実習生の労働環境問題に関する報道には、企業側の姿勢を厳しく問う内容がみられるようになってきております。企業側はこれに対して、謝罪の表明や社会的責任及び道義的責任を認める表明を出すといった対応を迫られています。もはや、企業側は「ノー」といえる状況ではないのでしょうか。

5限目「ステークホルダー・ダイアローグの実務~企業とNGOとの付き合い方」

5限目の前半は國廣正弁護士による講義、後半は国広弁護士と伊藤和子HRN事務局長との対談が行われました。國廣弁護士は、サプライチェーンへの責任に対する日本企業の発想の課題を指摘しました。また対談を通して、企業とNGOとの対話の可能性が示されました。

講義の中で、日本企業はサプライチェーンへの責任を明確に示さず、その発想が遅れていることが指摘されました。NGOに対する閉鎖的態度、レピュテーション・リスク感覚の欠如などは欧米企業の対応とは大きく異なっています。リスクマネジメントとしてのNGOとの対話が重要であると説明されました。企業には、NGOを、企業自身が気が付いていないリスクを認識させてくれる存在して認め、オープンマインドであることが求められるとも述べました。

また、伊藤事務局長との対談では、企業とNGOとの対話に関してより具体的な話題が取り上げられました。企業リスクとは、法令・規則の射程内では狭く、企業価値に関わるリスクであること、NGOとの対応を政府(対談の中では中国政府)も関心を寄せており、対話を回避することはリスクに該当することなどを言及されました。