【声明】カンボジア特別法廷で初の有罪判決は歴史的一歩 :正義の実現のため関係者はさらなる取組みを

カンボジア特別法廷第一号事件判決を受けて、特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウは以下の見解を発表しました。




2010726日、カンボジア特別法廷(ECCC)は、第1号事件(Case 001)の判決を言い渡し、トゥールスレン(Tuol Sleng)収容所の元所長で、人道に対する罪などに問われたカン・ケク・イウ(Kaing Guek Eav、通称Duch)被告(67)に対し、その主文で禁固35年の有罪判決を命ずるとともに、被告の謝罪陳述を同法廷のウェブサイトに掲載することなどを命じた。

同法廷は、カンボジアの19754月から19791月までのクメール・ルージュ(ポル・ポト派)政権時代に行われた虐殺、拷問などの重大な人権侵害について、その幹部及び最も責任のある者を裁く目的で設置され、2006年から運営を開始した。東京に本拠を置く人権団体ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、既に30年近くが経過したこの重大な人権侵害について、最初の有罪判決が出されたことについて、不処罰の歴史を克服し、カンボジアで発生した人権侵害に対する責任を追及し、被害者にとって正義を実現する第一歩であると評価する。

 とりわけ、このプロセスが、カンボジアとこれを支援する国連の双方のスタッフから成る混合法廷において、多くの課題に直面しながらも、カンボジア現地で実施され、現実に多くの被害者が参加する手続の中で実現してきたことを、ヒューマンライツ・ナウは、率直に評価するものであり、国際社会はその歴史的な重要性を改めて認識する必要がある。これは、一人ひとりの市民によって担われるべきカンボジアの平和構築のプロセスに資するものであると同時に、重大な人権侵害を裁く国際的な刑事手続の実務上も画期的な意義を有するものである。

 他方、同法廷が命じた補償措置は、被告が公判手続中に謝罪し、責任を認めた陳述を集約して判決確定後にウェブサイトに掲載すること、および、手続に参加した民事当事者(Civil Party)について被告の犯罪により被害を受けたことを確認・宣言するに留まっている。ヒューマンライツ・ナウは、同法廷の規則の下で、この補償措置が事件の被害に照らして十分であるか否かについて、上訴審で十分な検討がなされること、今後の事件においてもその事件の特徴に基づいた新たな補償措置が命じられることを希望する。

ヒューマンライツ・ナウは、本法廷が真に被害者のための正義の実現の場となるよう求め、2006年の法廷運営当初から注視し、政策提言を続けてきた。特に、ヒューマンライツ・ナウは、この法廷に被害者が当事者として参加することを求める提言を行い、その実現に努めてきたが、同法廷ではその後、被害者が当事者として参加する制度が実現し、現実に被害者が第1号事件に民事当事者として参加した。また、ヒューマンライツ・ナウは被害者参加が効果的に行われるよう実務的提言も行ってきた。同法廷において、これまで人権侵害の再発を恐れ、心の傷を負ったまま沈黙を守ってきた人々が被害を語り始めたことは、カンボジア社会の平和構築にとってきわめて重要な経験である。

しかしながら、多くの人権侵害に関する責任が最も重いとされるクメール・ルージュ幹部らの公判は開始されていない。20077月、司法捜査(予審)部は、カン・ケク・イウだけでなく、ヌオン・チア(Nuon Chea)、イエン・サリ(Ieng Sary)、キュー・サムファン(Khieu Samphan) 、イエン・チリト(Ieng Thirith)の幹部4名に対する第2号事件(Case002)の捜査開始も決定したが、未だ公判が開始されていない。身柄拘束の長期化や幹部らの年齢を考慮すれば、4人の公判の遅延は許されない状況となっている。また、第3号・第4号事件(Case003Case004)については、未だ司法捜査が始まったばかりの段階である。

人権侵害に重い責任を負う者に対する訴追と司法判断がなされない限り、加害の構造を公に明らかにし、被害者のための正義の実現と不処罰の克服、人権侵害の再発防止を図るという法廷の目的を達することはできない。

ヒューマンライツ・ナウは、カンボジア特別法廷に関わる全ての関係者に対し、人権侵害に最も責任を負う者らに対する訴追及び公判の開始が遅滞なく行われるよう全力を挙げることを強く要請する。

国際社会、とりわけ日本などの主要ドナーは、迅速な手続と法廷運営を支援し、カンボジア社会における法の支配の確立に貢献することが求められる。国際社会は、法廷運営に対する注視を継続し、汚職防止を確保するとともに、遅延につながる政治介入に対して明確に反対することが求められる。

同時に、ヒューマンライツ・ナウは、国際社会に対し、本法廷が道を開いた人権侵害の被害者に対する非金銭的・集団的補償措置が、より具体的な形で実現されるよう支援することを強く求める。

 

2010/8/13

特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ