【声明】「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」案に対する声明を発表しました。

ヒューマンライツ・ナウは、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」案に対し、声明を発表しました。

原文は下記よりご覧になれます。

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「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」案に対する声明

2018年9月19日に、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」案(以下、「都条例案」という)が東京都議会に上程された。

 

東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、都条例案が、「様々な人権に関する不当な差別を許さない」ことを宣言し(前文)、性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取り扱いの禁止を含む「多様な性の理解の推進」に関する規定が設けられたこと(第2章)、及び、都道府県レベルではじめて「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(平成28年法律第68号)(以下、ヘイトスピーチ解消法という)の実効化を条例において行っている点(第3章)等については、積極的にこれを評価する。

 

一方、都条例案には、特に、「第3章 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組」に関して様々な問題点があり、オリンピック・パラリンピックに参加した選手や関係者、観客をはじめ、日本に滞在する外国人、人種的マイノリティに対する差別的取扱い、差別的言動(ヘイトスピーチ)に対して抑止効果が乏しい。

 

都条例案では、オリンピック憲章「オリンピズムの根本原則」における人権尊重の理念が参照されている。この点、IOC倫理規定根本原則第1条は、大会招致・開催準備・開催期間を通じて開催都市に対し「人権保護の国際条約がオリンピック競技大会での活動に適用される限り、それを尊重すること。特に以下のことを保障すること。」を求め、「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国もしくは社会のルーツ、財産、出自、その他の身分などの理由によるいかなる種類の差別も拒否すること」「あらゆる形態のハラスメントを拒否すること。それには身体への、職業上の、もしくは性的なハラスメントが含まれる」と定めている。そして東京都は、第32回オリンピック競技大会(2020/東京)開催にあたり、IOCと開催都市契約を締結し、これらオリンピック憲章やIOC倫理規定を遵守することを誓約している。

 

こうした憲章、規定に照らし、東京都に対し、以下のとおり、条例を修正するよう求める。

 

1 人種等に基づく差別的取扱いに対する禁止規定を設けること

都条例案は、性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取扱いの禁止を明記する(第4条)一方、外国人等に対する差別的取扱いについて規定を置かず、ヘイトスピーチ解消法第4条第2項を受けた、差別的な言動の解消に向けた取り組みを促進するとしている。

 

しかし、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身(以下、人種等という)に基づく外国人等に対する差別的取扱はそもそも許されるものではない。既に我が国の従前の裁判例においても、小樽入浴拒否事件(札幌地裁平成14年11月11日、札幌高裁平成16年9月16日(未公刊)(最高裁平成17年4月7日確定)(他にいわゆる浜松入店拒否事件。静岡地裁浜松支部平成10年10月12日(確定))により、入店拒否は「人種差別」にあたり「違法」とされる。これは確立した判例法理である。

 

性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取扱いを禁止する一方、外国人であることなどを理由とする差別的取扱いに関し、禁止規定はおろか規定すら設けていないことは、IOC倫理規程に照らしあらゆる差別を解消するとの見地からもあまりにも不均衡である。

 

性的自認又は性的指向に係る都条例案第4条と同様に「都、都民及び事業者は、人種等を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない」との規定を設けるべきである。

 

2 人種等に基づく差別的言動に対する禁止規定を設けること

都条例案は、不当な差別的言動についても「解消」をはかるとしつつも「禁止」を明記していない。この点、第1条は、「いかなる差別も許されない」との一般的抽象的な規定を有するものの、これを根拠として行政指導が事実上可能であるかは疑義がある。

 

そこで、都条例案第8条は人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく「不当な差別的言動をしてはならない」として明確に差別的言動を禁止すべきである。

 

なお、人種等に基づく差別的言動は、既に複数の高等裁判所においても違法とされている(「京都朝鮮学校襲撃事件」(京都地裁平成25年10月17日、大阪高裁平成26年9月16日、最高裁平成26年12月9日で上告棄却・不受理)、「徳島教組襲撃事件」(徳島地裁平成27年3月27日、高松高裁平成28年4月25日、最高裁平成28年11月1日確定)等)。これを禁止することはあまりにも当然である。

 

3 解消すべき対象を、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(平成28年法律第68号)(以下、ヘイトスピーチ解消法という)第2条に規定する「不当な差別的言動」(同法では「本邦外出身者に対する差別的言動」とする)でなく、人種差別撤廃条約第1条に規定する「人種差別」にあたる言動とすべきこと

また、適法居住要件(「適法に居住するもの」)を要件としないこと

我が国が批准する人種差別撤廃条約第1条第1項において、「人種差別」とは、「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」とされている。このうち差別的言動がここに含まれることは明らかである。あえて「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」なる概念を都条例案に設ける必要はない。

 

また、ヘイトスピーチ解消法が規定する、「適法に居住するもの」(いわゆる「適法居住要件」)は、在留資格の有無でヘイトスピーチへの対応を区別することになるものであって、準用すべきではない。

 

この点、人種差別撤廃委員会は「人種差別に対する立法上の保障が,出入国管理法令上の地位にかかわりなく市民でない者に適用されることを確保すること,および立法の実施が市民でない者に差別的な効果をもつことがないよう確保すること。」としている(人種差別撤廃委員会一般的意見第30号パラ7。2004年)。

 

我が国の国会においてもヘイトスピーチ解消法に関する附帯決議により「本法の趣旨,日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に照らし,第二条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば,いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであるとの基本的認識の下,適切に対処すること。」としている(2016年5月12日参議院法務委員会及び2016年5月20日衆議院法務委員会)。

 

さらに、人種差別撤廃条約委員会による対日勧告においても、「法律の適用範囲はあまりにも狭く、『日本に適法に居住する』人びとに向けたヘイトスピーチに限定されており」(2018年8月30日日本第10・11 回合同定期報告書13(a))と指摘の上、「(a) あらゆる人に対するヘイトスピーチを対象に含めるよう保護範囲を適切なもの…とするよう、「ヘイトスピーチ解消法」を改正すること」が勧告された(2018年8月30日日本第10・11 回合同定期報告書14(a))。

 

以上からすれば、ヘイトスピーチ解消法に規定する「適法に居住するもの」は既に死文化しているに等しいものの、都条例でもあえて積極的にこれを準用する弊害の方が大きい。

 

したがって、都条例では少なくとも適法居住要件は準用すべきではない。

 

4 公共施設の利用制限の要件は条例において定めること。またその際、いわゆる「迷惑要件」は不要とすべきこと

都条例案第11条は、「知事は、…公の施設の利用制限について基準を定める」とする。

 

しかし、公共施設の利用制限が、憲法が保障する集会の自由への制約であることに鑑みれば、議会は知事に利用制限の基準を白紙委任すべきではなく、議会による条例によって公の施設の利用制限に係る基準(要件)を定めるべきである。

 

また利用制限に関する基準として、「使用申請者に施設を利用させると他の利用者に著しく迷惑を及ぼす危険のあることが客観的な事実に照らして明白な場合」などといった要件(いわゆる迷惑要件)は規定すべきではない。

 

憲法が定める集会の自由の保障との関係で、上尾会館事件最高裁判例(最判平成8年3月15日民集50巻3号549頁)は、「住民等は,その施設の設置目的に反しない限りその利用を原則的に認められることになる」とし,他方,同調査官解説では,「利用の目的が当該施設の設置目的からみて不相当な場合に,これを拒否することに地方自治法244条2項の「正当な理由」…があるとすることには,異論をみないであろう」(「最高裁判例解説(平成8年)(民事篇)(上)」209-210頁参照)とする。また、いわゆる泉佐野事件最高裁判例(最高裁平成7年3月7日判決民集49巻3号687頁)の調査官解説(「最高裁判例解説(平成7年)(民事篇)(上)」282頁以下参照。)は「目的外使用等の場合に利用を拒否し得ることは当然であろう」としている(同解説290頁)。

 

一方、人種差別撤廃条約は,地方公共団体が同条約上の「人種差別」に手を貸すことを禁じている。すなわち,人種差別撤廃条約第4条は「締約国は,世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って,特に次のことを行う」とし,「(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」としているのである(なお我が国は人種差別撤廃条約第4条(c)を留保していない)。

 

そもそも人種差別を目的とする集会は、地方公共団体の設置する公の施設の設置目的に合致せず、目的外使用を理由に利用を拒絶しうる事案と認められる。

 

以上より、都条例では公共施設利用の消極的処分要件として「不当な差別的言動」が行われることが、客観的な事実に照らし、具体的に明らかに予測される場合(いわゆる言動要件)のみで足り、迷惑要件は不要とすべきである。仮に迷惑要件を設けるとしても、京都府の「公の施設等におけるヘイトスピーチ防止のための使用手続に関するガイドライン」(2018年3月)、京都市「ヘイトスピーチ解消法を踏まえた京都市の公の施設等の使用手続に関するガイドライン」(2018年6月)と同様に少なくとも選択的要件とすべきである。

 

5 審議会の規定を整備すること

最後に、都条例案第15条第1項では審議会の委員が5名以内とされ、既に実際に運用されている「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」と同様の員数とされている。

 

しかしながら、既に大阪市では、2017年度の年度始の未処理案件は26件、2017年度の未処理案件は24件であった。大阪市においてもこのように滞留案件が生じている状況にあるにもかかわらず、東京都のような大規模な地方公共団体において審議会の委員を大阪市と同様の5名とすれば、迅速な対応が困難であることは明らかであろう。

 

また、都条例案第15条第2項は、知事が審議会の委員を委嘱するとしている。

 

しかしながら、審議会の委員の資質として、差別的言動の該当性を判断するための専門性・公正性を備えることは必要不可欠である。専門性・公正性を適切に判断するために委員の委嘱には議会の同意を必要とすべきである。

  

以  上