【意見書】国連人権理事会のUPR審査のフォローアップを求める(2008/9/5)

国連人権理事会は、2008年5月9日、日本に関する普遍的・定期的審査(UPR)を行い、各国より日本の人権状況に対する様々な懸念が示され、日本の人権状況改善のため、26の勧告が出されました。

日本政府はこれに対し、国連人権理事会第8会期において、フォローアップの声明を出し、全ての勧告を受け入れる代わりに、いくつかの勧告を選択的に受け入れ、他を拒否するという残念な態度をとりました。


日本政府が受諾した勧告には注目すべきものが含まれていますが、私たちが深い懸念を各国政府と共有する、重要な勧告が受諾されませんでした。

国際人権NGOであるヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、2008年9月5日付けで、政府が普遍的・定期的審査の成果に立ち、人権理事国としての責務に足るフォローアップをすることを求め、見解を発表しました。

意見書(word文書)>>080905uprhrnop.doc

 

 (意見書全文)

国連人権理事会の日本の人権状況審査(UPR)を受けてのヒューマンライツ・ナウの見解

(2008年9月5日 ヒューマンライツ・ナウ)

国連人権理事会は、2008年5月9日、日本に関する普遍的・定期的審査(UPR)を行い、各国より日本の人権状況に対する様々な懸念が示され、日本の人権状況改善のため、26の勧告が出された。
(A/HRC/WG.6/2/L.10 Subparagraphs of the Paragraph 60, in the Draft Report of the Universal Periodic Review)
日本政府はこれに対し、国連人権理事会第8会期において、フォローアップの声明を出し、全ての勧告を受け入れる代わりに、いくつかの勧告を選択的に受け入れ、他を拒否するという残念な態度をとった。
日本政府が受諾した勧告には注目すべきものが含まれているが、私たちが深い懸念を各国政府と共有する、重要な勧告が受諾されなかった。
国際人権NGOであるヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、ここに、政府が普遍的・定期的審査の成果に立ち、人権理事国としての責務に足るフォローアップをすることを求め、見解を発表することとした。

一  日本政府が受け入れた勧告
1  日本政府は、国連人権理事会第8会期に開催されたUPRフォローアップ審査において、
1) 政府から独立した国内人権機関の設置
2) 女性に対する法律上のすべての差別をなくし、女性差別に対する措置を講ずること
3)  マイノリティ女性の直面する問題に取り組むこと
4)  性同一性およびジェンダー同一性に基づく差別の根絶のための措置を講ずること
5) 女性・子どもに対する暴力を減少させる措置を講じること
6) 特に女性と子どもを対象とする人身取引と戦う努力を継続すること
7) 子どもに対する体罰を禁止すること
8) 難民認定プロセスを、拷問禁止条約その他の関連する人権条約に適合させること、および移住労働者に対し必要な法律扶助を提供すること
9)  フォローアップのための市民社会との対話を推進すること
などについて勧告を受け入れ、
さらに、注目すべきことに、死刑に関する自由権規約第二選択議定書を除く人権条約と選択議定書への加入を検討する、と宣言した。
HRNは、これら勧告の受諾の意思表示と人権条約選択議定書への批准への前向きな意思表示を評価する。
2  とりわけ、日本政府が前向きな姿勢を示した人権条約・議定書には、未加盟の障害者権利条約、自由権規約第一選択議定書(個人通報制度)、拷問禁止条約選択議定書、女性差別撤廃条約選択議定書が含まれることは重要である。
これによって、条約上の権利を侵害されていると考える個人が、各条約機関に直接個人通報をすることができ、日本の人権状況が国際人権基準に合致するかが世界の専門家により検討されることとなる。また拷問禁止条約選択議定書の批准により、拷問禁止委員会小委員会が日本国内の被拘禁者を訪問調査・勧告をする権限が付与されることになる。
 HRNは、日本政府に対し、今後5年以内にこうした条約・選択議定書への批准を確実に実行すること、その調整・体制整備のための計画を早急に策定し、進捗状況を適宜、市民社会に知らせ、市民社会との協議のもとにこれを進めていくことを要請する。
 
3  また、HRNは政府から独立した国内人権機関の設置についての勧告(Subparagraphs 2 , 3)を日本政府が受け入れたことを歓迎するものであるが、今後提案されるであろう国内人権機関が、過去の提案と異なり、パリ原則に基づく、真に独立性を有するものであるかどうかが厳しく問われなければならない。

4  HRNは、日本政府が、女性差別的立法をすべてなくし、女性差別に対する措置をとるべきとする勧告(Subparagraph 7)を受け入れたことを歓迎する。
 民法上、婚姻年齢の差別が存在し、自由権規約委員会の懸念にもかかわらず、婚姻の解消または無効から6ヶ月以内は、女性に再婚を認めないという差別的な法律がいまだ存在する。また、女性差別撤廃委員会・子どもの権利委員会等からの度重なる勧告にもかかわらず、婚外子差別が続いており、民法第900条4項は、明確に婚外子の相続権を差別しているがいまだ改定されていない。こうした法律は人権理事会での誓約に基づき、ただちに廃止されなければならない。
また、改正雇用機会均等法の間接差別禁止規定は極めて不十分なものであり、間接差別の実態にあわせて、厳格化すべきである。

5  HRNは、女性に対する暴力に関連する勧告(Subparagraph 14)の受諾を歓迎するが、現実の措置を伴うことが必要である。とりわけ性暴力事案への対応における警察官のトレーニングや、暴力の被害にあった女性のための相談所・シェルターへの資金投入の抜本的に増額することが必要である。また、日本が過去に犯した女性に対する重大な人権侵害である戦時性奴隷制に関する明確な認識とその教育の機会等における周知、補償が実現することなくして、日本の女性に対する暴力に対する施策を評価することはできない。

6  日本政府は、フォローアップの声明のなかで、6月6日国会がアイヌ民族を先住民族だと認めた決議について紹介した。HRNは、6月6日国会がアイヌ民族を先住民族だと認め、先住民族の権利に関する国連宣言に従ってアイヌ民族に権利保障を行うよう日本政府に求めたことを歓迎する。日本政府は、官房長官声明でこの決議を受け入れ、新しい有識者懇談会を設置したが、アイヌ民族の権利保障が、先住民族の権利に関する国連宣言に従って行われるようプロセスの段階から確保するよう求める。

7  HRNは、難民認定プロセスを、拷問禁止条約に適合させるべきとの勧告(Subparagraph 20 )受諾を歓迎する。しかし、日本政府は、「日本の難民認定手続は、1951年難民条約を基本とし、ノン・ルフールマンの原則に従っている」という認識を示しており、勧告受諾によって何を具体的に変える予定なのかは不透明である。
日本の難民認定手続を難民条約第3条のノン・ルフールマン原則に適合させるため、出入国管理および難民認定法に、拷問を受けると信ずるに足りる理由がある国には送還してはならない旨の規定を明文化すべきである。

二、日本政府が受け入れなかった勧告について
1  起訴前勾留と取調べの全面可視化(Subparagraph 13 )
  2008年5月9日のUPRセッションにおいて、日本の代用監獄制度、自白偏重、取調べの状況に対し、各国から深刻な懸念が表明され、取調べの全面可視化などの適正化措置が勧告された。
これに対し日本政府は、取調べの全面可視化は、被疑者と取調官の信頼関係を阻害し、被疑者が真実を語ることを妨げる(17頁)などと国際的には全く通用しない弁明をし、「取調べの記録化を実現するには慎重な考慮が必要である」と答弁し、勧告を受け入れなかった。
すでに1998年に自由権規約委員会は、日本の取調べ状況について自由権規約14違反の深刻な懸念を表明し、取調べの全面可視化を勧告しているのであり、2007年の拷問禁止委員会も取調べの全面可視化を勧告している。にも関わらず、それから10年経過した後も人権状況を頑なに改善しない態度は極めて遺憾であり、人権理事国として誠実な態度とは到底いえない。
  日本では志布志、氷見などの虚偽自白による冤罪事件が相次いで発覚しており、密室の取調べによる人権侵害、虚偽自白の危険性は看過しえない。
    現在検察庁が試験実施している取調べの一部可視化では、全面的なモニタリングは到底なしえず、あらたな誤判原因ともなりかねない。HRNは、取調べの全面可視化を速やかに実現するよう要請する。
2  死刑(Subparagraph 12 )
2008年5月9日のUPRセッションでは、HRNなどの情報提供に基づき、日本の死刑囚が劇的に増大していることに対する懸念が各国から表明され、9カ国が速やかな死刑廃止ないし死刑執行停止を日本に対して勧告した。
これに対し、日本政府は、「2007年の死刑判決数の統計が手元にないため、死刑囚の増加についてはコメントできない」などと極めて不誠実な態度をとったうえで、「日本人の大多数は、きわめて悪質な犯罪については死刑も避けられないと考えている。政府も、複数殺人や誘拐殺人などの凶悪犯罪がいまだに後を絶たない状況等をかんがみると死刑を科することも止むを得ず、こうした事情から死刑廃止は適切ではないと考えている」とし、死刑廃止も死刑執行の停止も考えておらず、2007年の死刑執行停止に関する国連総会決議も支持しない、と答弁した。
 しかし、過去に自由権規約委員会でも委員から指摘されているとおり、国民世論は、国家の人権尊重義務を免責する理由にはならない。
  いくつかの政府の代表UPRセッションにおいて、日本政府に対し、死刑廃止に関する2007年国連総会について、国民に啓発・周知を行っているか、質問したが、日本政府はこれに対してなんら回答しなかった。 多くの国民は、2007年国連が死刑執行停止を決議したことも、先進国で死刑を存置しているのは日本とアメリカのみであり死刑廃止が世界の趨勢であること、最も重大なジェノサイドなどの犯罪を裁く国際刑事裁判所も死刑を採用していないこと、などを知らされていない。
  こうした世界の趨勢を一般市民が何ら知らされることがないまま、日本では、2009年から、重大な刑事事件について裁判員制度が導入される。この制度では、無作為抽出された6人の市民が3人の裁判官とともに有罪・無罪と量刑を単純多数決で行うこととなっている。また、日本における死刑囚の取扱い、死刑執行方法について、市民は十分な認識を欠いており、この点に関して人権の観点からの国際社会からの強い批判があることも知らされていない。こうしたなか、死刑に関する十分な認識やコンセンサスもないまま、死刑判決がさらに増加する危険性が懸念される。
  さらに、日本では冤罪事件が相次いで発覚しており、刑事司法手続のあり方にUPRや条約機関から様々な懸念表明と勧告がなされている。こうした状況下において、今後も誤判による死刑判決や死刑執行の危険性は消えない。 現に、2008年、強盗殺人事件である布川事件について再審開始決定がされ、2005年には死刑事件である名張毒ぶどう酒事件について再審開始決定がされている。こうした問題を解消することもないまま、死刑制度を存置することは人権上重大な問題をはらむ。
  HRNは、日本政府に対し、死刑廃止にむけた前進的な措置を講ずる姿勢に転換すること、そして緊急に、死刑制度とその国際的趨勢に関する市民に対する啓発・普及をはかることを求めるものである。

3  従軍慰安婦
2008年5月9日のUPRセッションでは、大韓民国政府代表ほか数カ国が、日本の従軍慰安婦問題に対する対応の欠如について懸念を表明し、この問題に対処すべきとの勧告が出された(Paragraph 15 項、26 項、32 項、37 項ほか)。
日本はこうした勧告を受け入れなかったことは極めて遺憾である。
日本政府は、答弁のなかで、アジア女性基金の活動を強調している。しかし、アジア女性基金は国家補償ではないうえ、すでにその活動を終えており、日本政府は同基金に代わるなんらの具体的なスキームも提案していないのが現状である。
日本は、今後の活動として、日本人の同情を理解していただく(promote understanding of the sympathy of the Japanese people)、慰安婦を思いやる活動をする(operate in the activities for caring the former ” comfort women)などと抽象的な答弁をするにとどまった。しかし、問題の本質は、戦時性暴力という重大な人権侵害が組織的になされたことであり、日本が過去の人権侵害に対する責任をどのように果たすかであり、「同情」(sympathy)や「思いやり」(caring)の問題ではない。
日本が加入したICCにみられるとおり、戦時中の重大人権侵害、とりわけ戦時性暴力についての真相を究明し、不処罰を断ち切り、被害者への適切な補償を実現することは国際社会の重要な使命となっている。とりわけ、被害者の方々の年齢を考えるならば、日本がこの問題を引き延ばすことは許されない。
日本政府はUPRの勧告および女性差別撤廃委員会、拷問禁止委員会の勧告に基づき、人権侵害の包括的な調査、責任者の特定、起訴、被害者の補償の措置を具体化しなければならない。
4  差別禁止
   差別禁止法の制定(ブラジル等、Subparagraph 6)在日コリアンに対する差別撤廃(朝鮮民主主義人民共和国、Subparagraph 9)などの勧告を受諾されていない。当然受諾してしかるべき勧告であり、極めて遺憾である。
5  難民認定手続
日本政府はスロバキアによる「難民認定のための独立した機関を設けること」との勧告を受諾しなかった。この点、日本政府は、出入国管理及び難民認定法が2004年に改正されたことにより、参与員制度の導入がなされたことを強調するが、この制度は問題の解決にはなっていない。参与員は、民間の有識者・学識者から構成され、難民認定の異議申立手続の中で、法務省に対して意見を述べることになっているが、その意見には拘束力がない。また、参与員は法務大臣に任命されるため、参与員が政府から組織的に独立していないことも批判されている。さらに、参与員の事務作業は入国管理局に委譲されている。任命手続には透明性がなく、現在までに国連難民高等弁務官事務所が参与員の候補に上げた8人のうち、法務省に任命されたのは4人に留まる。これでは到底独立した機関とはいえない。勧告を受け入れ、難民認定のための真に独立した機関を実現することを強く求める。

三、勧告に反映されなかった人権問題について
HRNの提供した情報はその多くが勧告に反映されたが、勧告に反映されなかった重要な問題点もある。
その主要なものは、社会権侵害であり、生活保護申請拒絶により連続して餓死事件が発生しているなど、政府の社会的経済的文化的権利を充足すべき義務の違反である。
さらに、学校現場で日の丸、君が代が強制されている問題や、政治活動の自由の侵害などについても通報したが、UPR審査には、反映されなかった。
  とりわけ、人の生死や尊厳に深くかかわる社会権の問題についてUPRにおける議論が深まっていない点については、今後の改善をぜひ求めていきたい。
  先般、社会権規約の選択議定書が採択されたとおり、国際社会は社会権についての国際基準を確立しそれを実現しようとする流れにある。日本は、勧告受諾に従い、社会権規約の選択議定書の批准も推進していくべきであり、規約と日本において後退の続く社会権の現状との乖離を埋める義務を真摯に果たしていかなければならない。

四、フォローアップおよび市民社会の参加について
日本政府は、UPR審査のフォローアップを市民社会との対話のもとに実現する、との勧告を受諾した (Subparagraph 26)。
HRNは、日本政府に対し、UPRのフォローアップの第一ステップとして、UPR審査の結果について日本語に翻訳して日本の市民に普及・周知すること、とりわけ、自らが国際社会に対して受諾した勧告および答弁内容を日本の市民に対してすみやかに周知し、その実施方針を国内で正式に表明することを求める。
また、HRNは、日本政府に対し、フォローアップのための市民社会との対話の仕組みを早急に確立するよう求める。
フォローアップのために、定期的な協議の場を設定すべきであり、関連する省庁の出席した実効的なメカニズムであるべきである。HRNとしては建設的な対話により人権状況の前進が図られるよう、期待するものであり、対話に取り組む用意がある。

                                              以  上