【声明】国連特別報告者の勧告に沿った、抜本的政策転換を要請する。

プレスリリース 

福島 

国連特別報告者アナンド・グローバー氏の勧告に沿った、抜本的政策転換を要請する。

 

1  本年1115日より26日まで、「達成可能な最高水準の心身の健康を享受する権利」に関する国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏が日本を訪れ、主に東京電力福島第一原発事故(以下原発事故)後の人々の健康に関する権利の実施状況を調査した。

グローバー氏は、各関連省庁、福島県庁、福島県立医大、自治体、東京電力等からの事情聴取を行うとともに、現実に被害を受けている多くの人々からの事情聴取を行った。さらに、福島県福島市、郡山市、伊達市、南相馬市、宮城県仙台市など広範囲の地位を調査し、原発事故の影響を受け、未だ放射線量の高いなかでの生活を余儀なくされている人々からの聴き取りと、モニタリング・ポスト周辺や学校、居住地域等での線量測定や仮設住宅訪問等の実地調査を行った。さらに、東京、北海道、宮城、山形のいわゆる「自主避難者」の状況に関する聴き取り、原発労働者からの聴き取り、市民グループからの聴き取り、専門家からの聴き取りも行われた。

グローバー氏は、26日の離日にあたり、プレスステートメントを公表した。このプレスステートメントは、事実調査に基づく中間的な所見を述べたものであるが、重要な懸念と勧告を含んでいる。

東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、特別報告者の精力的な調査に感謝の意を表するとともに、その示した懸念を共有し、その勧告を歓迎する。

日本が20131月から理事国を務めることになる国連の人権理事会が選任した国連特別報告者の見解は、世界人権宣言や日本が批准する社会権規約等国際人権基準に基礎を置くものである。日本は条約の誠実遵守義務(憲法98)に基づき、勧告を誠実に実施する責務を負う。

同特別報告者の最終報告は、来年6月の国連人権理事会に報告される予定であるが、HRNは、日本政府および関連機関に対し、6月の最終報告を待たずにこの勧告を実施するよう要請する。

2   まず、特別報告者は、原発事故後の住民に対する施策の前提となっている安全基準値について、次のように強い懸念を表明した。「日本政府は、避難区域の指定に年間20mSv という基準値を使用した。これは、年間20mSv までの実効線量は安全であるという形で伝えられた。また、学校で配布された副読本などの様々な政府刊行物において、100mSv 以下の放射線被ばくが、がんに直接的につながるリスクであることを示す明確な証拠はない、と発表することで状況はさらに悪化した」。

特別報告者は、この年間20mSv基準が、「1972 年に定められた原子力業界安全規制の数字と大きな差がある。」とし、「3ヶ月間で放射線量が1.3mSv に達する管理区域への一般市民の立ち入りは禁じられており、作業員は当該地域での飲食、睡眠も禁止されている」と的確に指摘するとともに、チェルノブイリ事故の際、強制移住の基準値は、土壌汚染レベルとは別に、年間5mSv 以上であった」ことを想起し、「遺憾ながら、政府が定めた現行の限界値と、国内の業界安全規制で定められた限界値、チェルノブイリ事故時に用いられた放射線量の限界値、そして、疫学研究の知見との間には一貫性がない」と述べた。

この指摘は、既成事実化しつつある現行の年間20mSv基準が現行法とも矛盾し、チェルノブイリ事故後の対応にも著しく劣ることを正しく指摘している。HRNは、日本政府に対し、特別報告者の指摘を重く受け止め、従前の公衆の被ばく基準である1mSv以上の地域の全ての人々の健康被害からの保護に必要な包括的政策を策定する方向に抜本的な政策転換を図ることを求める。

3   特別報告者は「多くの疫学研究において、100mSv を下回る低線量放射線でもガンその他の疾患が発生する可能性がある、という指摘がなされている。研究によれば、疾患の発症に下限となる放射線基準値はない」と指摘する。

HRNは、日本政府、関連する検討委員会、および福島県、県立医科大学に対し、疾患発症に下限となる放射線基準値がないという事実を直視し、「100mSv以下の放射線被ばくが、がんに直接的につながるリスクであることを示す明確な証拠はない」として低線量被ばくの健康への影響に著しく否定的な従前の姿勢を抜本的に改め、予防原則に立ち、健康被害を防止する最大限の努力を尽くすよう要請する。

4  特別報告者は、現行の福島県健康管理調査について、懸念を明確にしている。即ち、健康調査の検査項目および対象者に照らして、調査の範囲が「狭い」と指摘、「これは、チェルノブイリ事故から限られた教訓しか活用しておらず、また、低線量放射線地域、例えば100mSv を下回る地域でさえも、ガンその他の疾患の可能性があることを指摘する疫学研究を無視している」と批判した。

  特別報告者は、日本政府に対して、「全体的かつ包括的なスクリーニングを通じて、放射線汚染区域における、放射線による健康への影響をモニタリングし、適切な処置をとるべき」とし、「慎重に慎重を重ねた対応をとること、また、包括的な調査を実施し、長時間かけて内部被ばくの調査とモニタリングを行う」よう勧告した。

  現在、公費で行われている福島県健康管理調査は、質問票と子どもに対する甲状腺検査等わずかなものに限定され、対象範囲も福島県民に限定されている。甲状腺検査は18歳未満にのみ2年に1度程度の頻度で実施するとされ、住民が希望する血液、尿、内部被ばく検査等は併行して実施されていない。

チェルノブイリ事故後、例えばベラルーシにおいては、1年に2度、子どもだけでなく大人も含め、甲状腺、血液、尿、目、歯、内科・内部被ばく検査等の包括的な検査が無料で実施されていることと比較すれば、現在の健康調査は明らかに不十分である。

HRNは、日本政府に対し、これを機会に抜本的な対策の改善を求め、低線量被ばくリスクに詳しい専門家の知見やチェルノブイリ事故の臨床経験に学び、包括的な調査を行うよう求める。

同時に、特別報告者が踏み込んで指摘したとおり、甲状腺検査を受けた子どもや両親が自らの医療記録にアクセスする権利を否定されている、という問題は深刻な人権問題であり、ただちに改められなければならない。

5   健康保護のためのいかなる措置をとるにあたっても、正確な情報公開、特に、汚染の実態や放射線量測定データに関する情報の正確な収集と公開は大前提である。

この点、特別報告者は、調査を通じて「放射線モニタリングステーションが、監視区域に近接する区域の様々な放射線量レベルを反映していないという事実」が明らかになったことを指摘した。

福島県内の様々な場所に文科省が設置したモニタリング・ポストが存在するが、こうしたモニタリング・ポストから少し離れただけで、放射線量が急激に上昇するのが現状である。なかには、極めて高線量なホットスポットも確認され、年間に換算すると20mSvを優に超えるスポットも少なくないが、こうした事実は政府によって公に確認されず、避難指定・勧奨等の措置はとられていない。

文科省のモニタリング・ポストの数値が周辺地域の汚染状況を正確かつ包括的に代表するものでないことは明らかである。

HRNは、日本政府に対して、「住民が測定したものも含め、全ての有効な独立データを取り入れ、公にすること」という特別報告者の勧告を誠実に実施することを求める。

6  特別報告者は「住民は、安全で健康的な環境で暮らす権利がある」と確認し、これを実現するために日本政府に対して二つのことを勧告した。

第一は、住民の居住する地域に関して、「放射線レベルを年間1mSv に引き下げる、明確なスケジュール、指標、ベンチマークを定めた汚染除去活動計画を導入する」こと、第二は、「全ての避難者に対して、経済的支援や補助金を継続または復活させ、避難するのか、それとも自宅に戻るのか、どちらを希望するか、避難者が自分の意志で判断できるようにするべき」ということである。

除染等により、放射線レベルを年間1mSv に引き下げるまで相当の時間がかかることが明らかとなっている現状においては、人々が安全で健康な環境で暮らす権利を保障するために、避難に対する経済的支援が十分になされなければならない。

現在、避難先で経済的支援を十分に得られず、孤立し、不本意なまま帰還を余儀なくされる人々が相次いでおり、避難指定の解除や、借り上げ住宅支援の打ち切りはこうした状況をさらに悪化させている。経済的・心理的に追い詰められたうえでの帰還は、自主的な帰還でも自由意志に基づく帰還でもない。

HRNは、現在原発事故周辺から避難しているすべての人、および今後避難を希望する人に対し、長期的に安心して避難生活を継続できるような支援・補償が実現するよう国の政策の転換を求める。

7   特別報告者は、原発作業員の実態を調査し、彼らの人権状況に強い懸念を表明している。

「一部の作業員は、極めて高濃度の放射線に被ばくした。何重もの下請け会社を介在して、大量の派遣作業員を雇用しているということを知り、心が痛んだ。その多くが短期雇用で、雇用契約終了後に長期的な健康モニタリングが行われることはない」と指摘、日本政府に対し作業員全員に対するモニタリング、治療を行うよう勧告した。これまでに福島第一原発事故の収束作業に関与したすべての作業員に対する健康診断と必要な治療が速やかに実施されるべきである。

8   特別報告者「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」が包括的な施策を盛り込んだ基本法として成立したことを指摘しつつ、未だ実施されていない同法の早期の実施を求めた。

HRNは、特別報告者の勧告に従い、日本政府に対し、同法の早急な実施を求める。そして同法の実施にあたっては、特別報告者が懸念・勧告を表明した基準値、測定、健康調査、避難の支援等の勧告を実施し、チェルノブイリ事故後の施策を決して下回らない施策を講ずるよう求める。

また、特別報告者の指摘どおり、「被害を受けた人々が十分に参加するかたちで基本方針や関連規制の枠組みを定めること」が必要である。

9  特別報告者は、「訪問中、被害にあわれた住民の方々、特に、障がい者、若い母親、妊婦、子ども、お年寄りなどの方々から、自分たちに影響がおよぶ決定に対して発言権がない、という言葉を耳にした」と指摘、「今回被害にあわれた人々は、意思決定プロセス、さらには実行、モニタリング、説明責任プロセスにも参加する必要がある」と述べた。

  政策決定に当たっては、行政の長の意見や専門家の知見のみで決するべきでなく、原発事故の影響を最も受ける脆弱な立場に置かれた人々、特に子ども、妊婦、子どもを持つ若い世帯の意見が反映されるべきである。

  HRNは、避難指定や解除に関する意思決定、線量測定と公表の体制、健康調査の実施体制、保養その他の被災者支援のすべての政策の策定、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」の実施体制とその意思決定過程に、被災地の市民の代表が参加する体制を構築するよう要請する。その構成は、被災地の市民の代表が3分の1以上参加する体制であるべきである。

10  特別報告者の報告書は20136月に提出される。もし、日本が、特別報告者の現在の指摘・勧告に耳を傾けなければ、日本政府が国連の警告を無視した政策を継続し、原発事故の被害にあった人々の健康に対する権利を脅かされている、という国連の公式な報告書が世界に向けて公表されることになろう。それは極めて遺憾なことである。

HRNは、グローバー氏の勧告に基づき、日本政府が最終報告を待つことなく、抜本的な政策転換を早急に行うことを要請する。

 

                                   
以 上