ヒューマンライツ・ナウ理事長の阿部浩己教授の、人権条約の個人通報制度受諾に関する主張が、
10月30日付の読売新聞「論点」に掲載されました。
読売新聞「論点」人権侵害個人通報制度:HRN理事長・阿部浩己(2009/10/30 読売新聞)
yomiuri-abekouki-kiji091030.pdf
機関に直接救済を求めるシステム)の受け入れを求めるとともに、今後ともその意義を広く伝えて
いきたいと思います。
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「人権侵害個人通報制度 条約上の権利 直接救済も」 阿部浩己
「読売新聞」 論点(2009年10月30日)
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千葉景子法相は9月16日の就任会見で、人権条約の「選択議定書」を批准し、「個人通報制度」
の導入を進めていくことを表明した。民主党のマニフェストを受けてのことだが、実現すれば、
日本が国際人権活動に積極的にかかわっていくとのメッセージを発信する、絶好の機会となる。
第2次世界大戦後、多くの人権条約が国連を舞台に生み出されてきた。人種差別や女性差別の撤廃
を義務付けるもの、拷問の禁止や障害 者、子どもの権利保護を目的としたものなど、九つの条約が
中心をなしている。
これらの条約は「子どもの権利条約」を除いて、人権を侵害された個人に救済の道を開く特別の
仕組みを備えている。「個人通報制度」と呼ばれものだ。条約上の権利を侵害されたと主張する個人
は、裁判など あらゆる手だてを国内で尽くしてなお救済されない場合、条約機関に直接訴えを起こし、
権利の回復をはかることができる。
九つの主要人権条約のうち六つの条約に入り、このほか二つの条約の署名を終えている日本の実績
は、他国と比べて決して劣るものではない。しかしその一方で日本政府は、人権条約に備えられた
個人通報制度 については、その受け入れを頑として拒み続けてきた。
主要8か国(G8)のうち、個人通報制度が全く利用できないのは日本だけだ。単独行動主義に
走りがちな米国でさえ、米州機構という国際組織のもとに設置された人権機関に救済を求め出ること
が可能で、DV (ドメスティック・バイオレンス)事案などの訴えが起こされている。 アジアでも、
韓国やフィリピンをはじめ、この制度を受諾する国が増えている。
個人通報制度を拒絶する理由として日本政府は、「司法権の独立を損 なう恐れがある」という懸念
を挙げる。条約機関に訴えを起こされると、日本の裁判所の判断に悪影響が及びかねない、というこ
とだ。だが、この理由をもって個人通報制度を拒否し続けている国は、日本のほかに一つもない。
個人通報制度に後ろ向きの考えを改めるよう、日本は国際人権機関から繰り返し勧告を受けてきた。
今年8月には、女性差別撤廃委員会からも同制度を定めた選択議定書の批准を検討するよう勧告された。
事態はようとして動かなかっただけに、法相の就任会見時の発言は、重い意味を持つ。
この制度の受け入れにより、国際人権法に対する日本の裁判所の姿勢 が変わることも期待される。
個人通報制度が後ろに控えることで、裁判 官が国際的な条約解釈を意識せざるを得なくなるからだ。
裁判員裁判に あっても、国際人権基準を十分に踏まえた判断が求められることになるだろう。
それにしても奇妙なことに、就任会見の時もその後も、選択議定書と 個人通報制度についてメディ
アは無関心にも等しい態度だ。個人通報制度が私たち市民にどのような意味を持つのかを、報道機関は
きちんと伝えてもらいたい。世界の潮流を正しくとらえた情報の提供は、この制度への市民の理解を深
め、人権意識を高めるはずだ。
すべての人間の尊厳が等しく尊重される世界を築くことは、国際社会の追い求める最も大切な理念
である。この理念の実現に向けて、日本政 府はすみやかに選択議定書を批准し、個人通報制度を受け
入れるべきだ。
(あべ・こうき 神奈川大学法科大学院教授。ヒューマンライツ・ナウ 理事長。51歳)