【世界の人権・フィリピン】2007/03/22 フィリップ・アルストンのフィリピン訪問に関する予備的ノート 

2007/03/22 超法規的・即決・恣意的処刑に関する特別報告者 フィリップ・アルストンのフィリピン訪問(2007 年2 月12~21 日)に関する予備的ノート(A/HRC/4/20/Add.3)

 

2006 年3 月15 日総会決議60/251「人権理事会」の実施(人権理事会 第4 セッション 第2 議題)

“Preliminary note on the visit of the Special Rapporteur on extrajudicial, summary or arbitrary executions, Philip Alston, to the Philippines (12-21 February 2007)”

http://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G07/120/95/pdf/G0712095.pdf?OpenElement

 

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 【仮訳:長瀬理英】

I.はじめに

1.私はフィリピン政府の招きによって、2007 年2 月12~21 日にわたりフィリピンを訪問した。大統領をはじめ、官房長官、国家安全保障顧問、国防相、司法相、国会議員、最高裁長官、フィリピン国軍(AFP)参謀総長、国家人権委員会委員長、行政監査委員長など、主要な政府高官に会った。また、マニラ、バギオ、ダバオの市民社会代表との面談におよそ半分の時間を費やした。人権理事会への最終報告書提出を後に控え、本中間報告書では私の活動を簡単に振り返り、最も関心のある論点のいくつかを明らかにする。本報告書案に対するフィリピン政府のコメントに謝意を表する。

 

 2.フィリピン政府は私の任務の準備と遂行に模範的な協力を惜しまなかった。フィリピンを離れる際の記者会見で述べたように、同政府による招聘自体は問題の重大性に対する明確な認識、外部の調査を許可する意志、本件に取り組む準備が整っていることを反映していた。市民社会もしく関与し、私が受理した非常に詳細かつ体系的な情報は、任務の成功に大きく寄与した。

 

II.主要な関心と政府の対応

 

3.一口で言うと、私の訪問を促したのは、この6 年ほどにわたる特に左翼活動家とジャーナリストを対象とした多数の超法規的殺害の報告であった。推定被害者数は100 人から800 人以上まで幅があるが、どの数字が正しいかを巡って被害者数を確定しようとするのは生産的ではないという結論に達した。多数が殺害されたことに議論の余地はない。特に問題なのは、膨大な数の市民社会のアクターを脅迫し、また、有力なコネのある人々は例外として無防備であるというメッセージを送り、そして政治的言説を深刻に蝕むという影響が生じたことである。

 

 4.この問題への対処方法を検討するうえで、国軍、警察、何人かの主要閣僚が問題の現実と深刻さを甘受しようとしないことにこの段階で拘泥するのは有益でない。十分な動機があって政府自らが、この問題を調査する上級レベル独立委員会(メロ委員会)と、申し立てられた殺害を迅速に捜査し訴追する(国軍の協力を得た)国家レベルの警察特別捜査班(タスクフォース・ウシッグ)の両方を設置したことを指摘するだけに留めておく。政府は最近、様々な取り組みを命じたが、その中には次のものが含まれている。

  •  国防省(DND)とフィリピン国軍(AFP)は、指揮官の責任(Command Responsibility)*1に関する改訂文書を起草すること。

*1訳註:現状では、部下の犯罪に対する指揮官の責任は次の3 要件が証明されなければ問えない。すなわち、①司令官の指揮下で犯罪が行われた、②司令官は部下が許されない行為に従事していたことを知っていたか、知っているべきであった、③司令官は防止あるいは責任ある者の処罰を怠った、である。 

  •  司法省(DOJ)、DND、国家人権委員会(CHR)は、軍人の殺害関与申し立てに関する合同事実調査団を組織し、殺害に責任のある者たちを特定し、起訴すること。
  •  DOJ は証人保護制度(WPP)を拡充すること。
  •  最高裁長官は、政治またはイデオロギーに起因する殺害の被告を審理するため99 ヵ所に及ぶ特別法廷設置を発表した。
  •  外務省(DFA)は、EU およびその他に対し殺害に対処する資金を供与するよう公式に要請した。 – CHR による問題への取り組みが改善できるよう、同委員会に対し2,500 万ペソ(51 万ドル)が新しく手当された。
  •  (CHR とは別組織の)大統領人権委員会が刷新された。

 

5.こうした国家レベルでの強力な制度的対応は、まずは励みになるものである。他方、国際社会の多様なアクターが表明している深い懸念を反映している。つまり、これらの対応は、この問題が非常に際立っていること、そして多数の殺害の終息に役立つ措置を緊急に明らかにする必要性を示している。以下では、この課題について述べる。

 

III.今後進むべき道

 

6.フィリピンにおける超法規的殺害の終息に失敗すれば、その帰結は悲惨なものとなるだろう。様々な反乱を解決する努力はかなり後退する。反政府集団が民主政治に関わって行こうとするよりも山に向かう誘因が強くなり、フィリピン政府に対する国際的支援は損なわれてしまう。それゆえ、多面的で説得力のある政府の対応が喫緊となっている。

 

7.この問題への取り組みは事の本質上、相異なるが補完関係にある二つのレベルで行わなければならない。第一のレベルは人員・資源・専門家の増加、証人保護制度の改善、鍵となる機関の強化である。上述した政府による最近の行動は、この方向にかなり進んでいる。しかし、このようなステップの前提には、必要とされる重要な介入には資源と専門性が係わっているということしかない。捜査官が良くなり、法医学能力が向上し、司法行動の焦点がより絞り込まれ、国軍・警察合同タスクフォースによる行動がもっと維持されるならば、問題は解決するという希望的観測に基づいているように見受けられる。しかし、これに伴う大きなリスクとして、これらの措置は危機の徴候のいくつかにしか対処せず、非常に多数の殺害を生じている二つの最も重要な根本原因に取り組むことができなくなる恐れがある。

 

8.これらの原因こそが、国家の実効性ある対応が求められる第二のレベルである。

第1 の原因は、「中傷」、「レッテル貼り」、あるいは連座(guilt by association)*2として様々に表現されてきたものである。左翼陣営の大半の集団は、民主主義の破壊を目指す武装集団の「前線組織」とみなされている。

 

*2 訳註:有罪人と関係があったために帰される罪。

 

このため、人権活動家、労働組合オルガナイザー、ジャーナリスト、教員組合、女性グループ、先住民族組織、宗教グループ、農地改革推進活動家など、広範囲にわたる集団が「前線」として、それから「国家の敵」として分類される。かくして、正当な標的とみなされるようになっている。

第2 の原因として、フィリピン政府の反乱鎮圧作戦の諸側面が一定の状況において活動家や他の「敵」に対する超法規的殺害を奨励ないし助長するまでに至っていることがある。最終報告書では、この問題を詳述する。 A. 戦闘対象リスト(order of battle)前述した二つの原因は、多くの状況で個別に作用する傾向がある一方、様々な場面で同時に現れる。

最も劇的な実例は、フィリピン国軍(AFP)により組織的に用いられ、フィリピン国家警察(PNP)もしばしば実践している「戦闘対象リスト(order of battle)」アプローチである。戦闘対象序列は軍事用語で、「敵方軍事部門を列挙し、分析するために軍情報部により用いられている組織ツール」と定義されている。AFP は作戦を行っている様々な地方に関して、戦闘対象リストを用いている。私はこの文書写しを受け取ったが、これが真正なものであることは明白である。この文書は国軍および警察の上官が署名しているもので、「〔当該〕地方の情報コミュニティ全成員に対し・・・本改訂を採用し、手引きとして、CPP/NPA/NDF(フィリピン共産党/新人民軍/民族民主戦線)に対するより包括的かつ足並みを揃えた努力をさらに行うよう」求めている。この約110 頁にわたる文書は、情報活動を基に、国軍が「非合法」とみなす組織のメンバーと分類された何百もの集団ならびに個人を列挙している。各紙の報道によれば、ほとんど毎日のように、国軍上級将校がこのような集団を無力化(*3)するよう促し、民衆に対しては来る選挙でこうした集団の候補者を支持することは敵を支持していることであると自覚するよう呼びかけている。こうした慣行は、私と会話したほぼ全員の軍人によって公然かつ断固として擁護されていた。国軍ないし警察が関係している事件で殺害されたかなりの数の被害者も戦闘対象序列に載っており、こうした慣行の適切性について重大な疑問が生じる。これはいわゆる「政治的戦争(political war)」かもしれないが、このような政治的戦争が民間人ではなく軍人により遂行される場合、一瞬のうちに政治に言葉だけでなく銃が伴うようになる。この分析から導き出される中間的な勧告を以下に略述する。

 

 *3 訳註:メロ委員会報告書は「無力化(neutralization)」について次のように述べている。「『無力化する』という用語は必ずしも殺害を意味せず、反共産主義戦争の全体的アプローチの文脈に位置づけるべきである。すなわち、共産主義反乱勢力を法の世界に戻し、その脅威を『無力化』するための社会・市民的その他の活動が含まれる。しかしながら、国軍の一定の分子が敵を『無力化する』直接的なアプローチを採る事実を軽視できない。例えばパルパラン少将は、彼の部下の何人かがいくつかの殺害の背後にいた可能性を全面的に否定できないと述べた」

 

 B.あらゆるレベルでのアカウンタビリティの回復

10.この何週間のうちに政府により発表された多数の措置の実効性にとって主要な障害の一つとなるのは、政府の権力濫用をチェックするためのアカウンタビリティ・メカニズムの多くがこうした問題を扱ううえでは無益だったことである。これは、紙の上では依然として強力だが、実際にはほとんど活用されておらず、これは往々にして公式的な意図の結果である。これらの問題は最終報告書で詳細に検討するが、ここでは、多数の殺害に直面しながら政府機関が受動的であることを示す重要事例をいくつか取りあげれば十分である。

 

 11. 責任放棄と紙一重の受動性が存在しており、これは鍵となる機関やアクターが上述のような人権問題に関連して自らの責任を果たす仕方に影響を及ぼす。例えば、フィリピン上院の正義・人権委員会の委員長は私との面談で、「殺害は既に処罰されるべき犯罪であるから、新規立法は必要ないので、議会が果たすべき役割はない」と主張した。彼は公然と、議会は行政府の法執行に関して積極的に監督する役割を果たすべきであるという考えを否定した。また、国軍において人権侵害の嫌疑を広くかけられている者の昇進は同委員会の関知するところではなく、異議を申し立てた証人はいなかったので議会の任命委員会により止められることはなかったと語った。さらに、広範に及ぶ超法規的殺害の問題について公聴会を開こうとしなかったし、今も開くつもりはないと述べた。なぜなら、これは議会というよりは行政府が扱う問題だからということであった。

 

12.司法長官とその同僚らは、フィリピン司法制度において絶対的に中心的役割を果たしている検察が人権尊重を維持するための行動をとってより一層大きな責任を果たすべきであるという提案に当惑していた。その役割は受動的なものと見なされていたからである。検察の役割は、提出された文書が不十分であれば、それを単に差し戻すだけで、後は警察が次回はもっとうまくやるよう願うのみである。警察はよくやったと言われると同時に起訴にまで至らないことを保障すべく目論まれた粗雑な書類一式に気がついたり、対応したりするのは彼(女)らではなかった。政府の立場は、検察は「完全な不偏不党性」を示さなければならず、それゆえ人権尊重促進のために考えられることは何でもさせる手法の採用を命じられることはあり得ない、というものである。この立場は非常に問題があるように見受けられる。

 

13.行政監察院は、申し立てられている類の殺害を正に調査する目的を持つ独立した部門であるにもかかわらず、数年来、これに関してほとんど何もしてこなかった。政府自身、2002 年から2006年にかけて国家のエージェントによる超法規的殺害と申し立てられた44 件のうち、行政監察院は一つとして対処できないと結論付けたことを認めている。この不作為について多くの説明がなされたが、どれも説得力に欠けた。さらに、少なくともいくつかの状況では、行政監察院は司法省の事実上の下部機関として機能している。

 

 14.最後に、行政府は法の執行を監督する立法府の努力を妨害してきた。国軍将校は、予算公聴会を除き、議会に出ることをめったに許されていない。ある政府高官は本当に当惑しながら、上級将校の証言を得るための下院人権委員会の努力について述べた。これが非常識なことは自明であるとみなされ、首尾よく回避された。公式な政策は「通達」の形で次のように規定している。「議会の上下両院どちらかに出るよう」要請された公務員は、その要請を「官房長官を通じて大統領に転送するものとする」「(官房長官は)審理の内容が立法の助けとなるのか、行政府特権の範囲となるのか、どちらかまたは両方を検討するものとする」こうした限定的なアプローチは、議会の監督を事実上無意味なものにする傾向にある。

 

 IV.暫定勧告

 15.私は以下のとおり、勧告する。

(a) 政府は即刻、国軍将校全員に対し、政治集団その他の市民社会集団と武装反乱集団とを結びつけるすべての公的な発言を止めるよう指示すべきである。仮にこうした性格付けがなされるとしても、それは文官当局が透明な基準に基づき、憲法および関連する条約の人権条項を遵守しながら行わなければならない。

 

(b) 政府は、特に議会が果たすべき監督機能など、憲法により義務付けられたアカウンタビリティ措置の実効性回復に取り組むべきである。

 

(c) 最高裁は法律問題に関する憲法上の権限に基づき、検察が、実効性ある捜査と証人保護を担保することを通じて、一般市民の人権を伸長・保護すべき義務を負っていることを認識させるべきである。

 

(d) 行政監察院は、公務員に責任があると考えられる超法規的殺害への対処においてその独立した憲法上の役割を真剣に果たし始めるべきである。

 

(e) 政府は本特別報告者に対し、かなり大きな衝突が現在生じている区域の一つに関する「戦闘対象リスト」の写しを提供すべきである。