イベントアーカイブ 2022年2月「ビジネスと人権アカデミー」

 

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2022年2月に全4回にわたる連続研修「ビジネスと人権アカデミー」をオンラインにて開催しました。ご参加頂いた皆様ありがとうございました。

 

本イベントの概要

2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されてから、企業も人権問題について取り組むべきであるという考えが国際的に広がり、2020年には日本でも国別行動計画(NAP)が策定され、投資家もESG投資という形で各企業の取組みを注視するようになりました。各企業がビジネスと人権に真剣に取り組む必要性がますます高まっているといえます。ビジネスと人権に取り組むにあたって各企業が検討するべきは、事業リスクではなく、「人権リスク」です。

 

そこで本セミナーでは、ビジネスに関わる現場の「人権リスク」に着目することを目的に、8つのトピックについて当該分野の第一線で活躍する講師の方々に、ビジネスと人権の国際人権基準や基本的な考え方、また現場で実際に起きている人権侵害の実態まで、最新の動向をもとにわかりやすく解説いただきました。

 

講師紹介

セミナーは次の8名の講師によって行われました。

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菅原 絵美氏(大阪経済法科大学国際学部教授)

佐藤 暁子氏(弁護士 / ヒューマンライツ・ナウ事務局次長)

小山 正樹氏(JAM労働相談アドバイザー / 在日ビルマ市民労働組合(FWUBC) 顧問)

木口 由香氏(メコン・ウォッチ事務局長 / 理事)

渡邉 彰悟氏(弁護士 / 在日ビルマ人難民申請弁護団代表)

田中 竜介氏(ILO駐日事務所 / プログラムオフィサー 渉外・労働基準専門官)

高橋 宗瑠氏(大阪女学院大学教授)

阿古 智子氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 

各講座の概要は以下の通りです。

 

DAY1-1「国際人権法と企業:総論」

講師:菅原 絵美氏(大阪経済法科大学国際学部教授)

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菅原氏は、国際人権法の定義と仕組みを説明し、多様なアクターによる多層的な国際人権法の実施が見られるようになったと昨今の潮流を紹介しました。理論上、国際人権法(条約と国際慣習法)は企業に直接の働きかけは行えず「国家」を介す必要があります。しかしグローバル化により企業の力が増大、法的枠組み(国際・国内法)と社会的責任(市場やレピュテーション)の結びつきにより、企業は国際人権基準の遵守を社会から直接期待されていると述べました。また英国のスマートミックス政策として、国家領域の内外、法規制と企業や市民社会による自主的な動きの垣根を越える政策が手探りで取られ始めていることが紹介されました。

 

DAY1-2「ビジネスと人権:総論」

講師:佐藤 暁子氏(弁護士 / ヒューマンライツ・ナウ事務局次長)

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佐藤氏は、指導原則に関わる議論の進展をグローバル・日本国内の視点から概説した上で、日本企業が直面する課題示しました。指導原則発行から10周年を迎え、欧米では人権DDの義務化が進んでいます。日本では投資家の関心が高まっている一方で、人権を中心に据えた視座からの取り組みが日本企業では遅れていることが課題だと述べました。企業はステークホルダーとの対話をもとに事業活動全体を俯瞰し人権リスクを分析するべきだと考えています。また救済へのアクセスの担保、人権リスクの把握を対外的に示すための情報開示の重要性を強調し、企業に対するベンチマークの報告書をグローバル基準とのギャップ確認に活用することも有用と述べました。

 

DAY2-1「技能実習生」

講師:小山 正樹氏(JAM労働相談アドバイザー / 在日ビルマ市民労働組合(FWUBC) 顧問)

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小山氏は技能実習制度が孕んでいる構造的な問題を説明されました。母国からの送り出し機関に借金をしているため、雇用主による脅迫・監視・暴力などを我慢せざるを得ない環境に技能実習生が置かれている実態があります。こういった技能実習生の受け入れ環境の一因は、技能実習生を受け入れている企業の約80%が従業員規模50名以下の零細企業であることを説明しました。取引先との価格交渉力の欠如のため、低賃金・長時間労働で技能実習生を酷使せざるを得ない受け入れ企業の現状が構造的な問題と指摘しました。サプライチェーン上、発注側の企業については、製造現場に入り込む難しさも理解する一方で、実態把握への努力をしていかなければならないと主張しました。制度の抜本的な見直しのため、特に企業には「サプライチェーンにおける外国人労働者の労働環境改善に関するガイドライン」の活用を呼びかけました。

 

DAY2-2「開発と人権」

講師:木口 由香氏(特定非営利活動法人メコン・ウォッチ)

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木口氏は生態系破壊・人権侵害をおこす大規模なインフラ事業に間接的に関わる企業・投資家は、資金の流れ、人権リスクの管理、救済方法を確立する責任があると強調しました。メコン河下流域で進んでいるダム開発を事例に、自然資源やそれに頼る人々の暮らしは数値化が難しく、開発の現場では過少評価されることが多いこと、また、一党独裁体制の政権下では市民の抗議や苦情の声が届かないことを説明しました。ダム建設、道路建設、灌漑事業などに関わるプラント建設、建設部品のサプライヤーなどの企業・投資家は負の影響に留意して事業を行うべきと呼びかけました。

 

DAY3-1「ミャンマーとビジネスと人権」

講師:渡邉 彰悟氏(弁護士 / 在日ビルマ人難民申請弁護団代表)

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渡邉氏は1960年以降のミャンマー情勢と関連する日本政府や企業の動きを説明した上で、日本ではミャンマー人の人権への配慮よりも、経済や政治が優先されてきた実態に疑問を投げかけました。2011年に新政権が樹立した後、日本ではミャンマーは民政移管したとみなされるようになり、日本におけるミャンマー人の難民保護が減少しました。同時に多くの日系企業がミャンマーに進出したと説明。民政移管後もクーデター以前から国軍による人権侵害が行われていたという実態があるなかで、当時の人権デュー・ディリジェンスが十分だったのか検証も必要だと指摘しました。

 

DAY3-2「労働者の人権」

講師:田中 竜介氏(ILO駐日事務所 / プログラムオフィサー 渉外・労働基準専門官)

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田中氏は、労働者の権利としてのディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)について説明しました。ディーセント・ワークを達成する手段としての国際労働基準、中核的労働基準を紹介し、その策定の背景について解説しました。また、日系企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する際の課題を示した上で、各国における人権に関する取り組みがさらに浸透する前に日系企業が対応を強化しなければ、今後投資家や国際社会への説明が困難になる恐れもあると指摘しました。労働者の権利について、企業はNAP規定で示されている労働基準を活用し、足りない部分については政府に働きかけることが大切だと述べました。

 

DAY4-1「パレスチナにおけるビジネスと人権」

講師:高橋 宗瑠氏(大阪女学院大学教授)

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高橋氏は、イスラエルによる組織的な人権侵害は、パレスチナ人の移動の自由を制限し、資源略奪や軍法による恣意的な法執行など、さまざまな国際法違反行為に及んでいると説明しました。イスラエルによる人権侵害については、国際的に強く批判されはじめており、ボイコット運動が日本企業を対象にするのも時間の問題であると指摘しました。そして、イスラエルの企業・機関でアパルトヘイトに関連しないものはないため、日本企業はそれらと提携すべきではないとの考えを述べました。

 

DAY4-2「ウイグルとビジネスと人権」

講師:阿古 智子氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)

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阿古氏は同化政策、強制収容・強制労働といったウイグル族への人権侵害の実態を具体的に紹介しました。中国の東部と少数民族の多い西部の経済格差解消のためと銘打ち、最低賃金以下での労働や労働者に対する厳しい管理状況を地方政府が宣伝する状況があると言います。そして、欧米諸国や日本の有名ブランドに関わるサプライチェーンでもウイグル族への強制労働に関与しているとの調査結果が出ていることを指摘しました。日本は人権、民主主義といった普遍的な価値観を重視し、長期的視野を持って戦略的に中国との関係を構築すべきであり、企業や専門家と連携した調査、民主主義における熟議、法律の制定、政策立案などが必要であると訴えました。

 

受講者の感想

連続研修「ビジネスと人権アカデミー」は好評のうちに終えることができました。全講座を受講してくださった受講生の方々からは以下のような感想を頂きました。

 

・私はビジネスと人権について少し知見があるレベルの企業人ですが、より学びを深め、具体的にビジネスにどう適応していくか考える良いきっかけになりました。

・人権のセミナーは今、毎週たくさん無料で開催されているが、本講座はさらに深く講義をお聴きでき、有料だが参加して良かったです。

・全体像の把握と各種テーマに分かれていた構成だったので、情報の整理と理解を深めるのに有益でした。

・カリキュラムの構成が良かったと思います。国際人権法とビジネスと人権の総論から始まり、国内人権問題、そして国際人権問題と繋がるところがよかった。

・人権に関する情報がまとまって聞けてとても有意義でした。定期にこのようなセミナーがあると情報が得られ助かります。

 

おわりに

今後も「ビジネスと人権」の分野への注目がますます増加すると予想されます。このような社会的ニーズにお答えするためにも、これからもヒューマンライツ・ナウは「人権リスク」を中心に据えた形で「ビジネスと人権」に関する情報を発信していきます。今後開催予定のイベントにもぜひご参加ください。