イベントアーカイブ 2021年10月12日開催提言書公表ウェビナー「中小企業における実効的なグリーバンスメカニズムの導入について」

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ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は10月12日、提言書公表ウェビナー「中小企業における実効的なグリーバンスメカニズムの導入について」を開催いたしました。

ウェビナーに先立って公表した提言書「中小企業における実効的なグリーバンスメカニズムの導入について」の内容をHRNの佐藤暁子事務局次長が紹介し、中小企業家同友会全国協議会の斉藤一隆氏よりコメントを頂戴しました。

 

ビジネスと人権では、サプライチェーンの問題が注目されており、人権問題に取り組む必要があるとの認識が広まるにつれ、サプライヤーとして日本の生活全体を支えている中小企業に大きな影響が出てくると考えられます。また、大企業がビジネスと人権の問題に取り組む際には、サプライヤーである中小企業とともに課題解決を目指すことも想定されます。そこで、HRNは中小企業における救済制度(以下グリーバンスメカニズム)の導入について提言書を作成しました。

(提言書はこちらからご覧いただけます。https://hrn.or.jp/news/20640/

 

ビジネスと人権とは

こちらのリンクからビジネスと人権についての解説動画をご確認いただけます。中小企業での取り組みの一助として、ぜひご覧ください。(ビジネスと人権基礎知識)


www.youtube.com

 

 

国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下指導原則)の3つの柱は、国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、救済へのアクセスの確保です。本ウェビナーでは、3つめの救済へのアクセスの確保に重点を置きました。

 

企業による人権侵害のリスクはゼロにはできないので、可能な限り人権リスクを最小化するために、人権侵害の被害者に適時に適切な救済へのアクセスを提供する必要があります。ビジネスによる人権侵害は、経営上のリスクに直結するため人の権利を保護するという観点を中心に置くことが重要であると佐藤氏は強調しました。

 

グリーバンスメカニズム

日本政府は、2020年に指導原則に基づき、どのようにしてビジネスと人権を日本に浸透させるかという計画を示したロードマップ「『ビジネスと人権』に関する行動計画」(以下NAP)を作成しました。日本政府が企業に対して期待していることは、人権方針の作成、人権デューデリジェンスの実施、グリーバンスメカニズムの構築です。

 

グリーバンスメカニズムの対象となる権利は、国際人権基準で認められている全ての権利です。

 

例えば、強制労働の禁止・社会保障を受ける権利・児童労働の禁止・差別を受けない権利・公正かつ適切な労働基準で労働する権利などが挙げられます。法務省人権擁護局が作成した「いま企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」でも具体的な権利の一覧が記載されており、救済へアクセスすること自体も権利の一つとされています。救済施策にアクセスすることおよび侵害されている権利が守られることの両方が重要となります。

 

ビジネスと人権と中小企業の関係

指導原則は企業の規模を問わず、中小企業にも適用されます。

また、日本企業全体のうち、中小企業が占める割合は99.7%であるため、市民生活に非常に大きな影響を持っており、自社の従業員の人権を尊重した持続的な事業が期待されています。さらに、取引先、特に大企業から、中小企業が人権を尊重する活動を実践していることを評価される可能性があります。

 

どのようなグリーバンスメカニズムを構築すべきか

企業がグリーバンスメカニズムを構築する際に、どのような要素を備えるべきなのでしょうか。指導原則31は、以下の要素を含む制度の構築を求めています。

(a)正当性がある

(b)アクセスすることができる

(c)予測可能である

(d)公平である

(e)透明性がある

(f)権利に矛盾しない

(g)継続的学習の源となる

(h)エンゲージメントおよび対話に基づく

 

各要素につき、HRNとして対応方法を提言します。

 

(a)正当性

利用者が安心してグリーバンスメカニズムを行使できるようにするために、通報対応の管理をする責任部署を明確化するなどの正当性を備える必要がある(b)アクセスすることができる

グリーバンスメカニズムへアクセスする障壁を除去するために、利用者からの認知の不足、外国人労働者の使用言語、どこに通報内容を集約させるか(海外にも支店がある場合などは、特に重要になる)という問題に取り組む。

 

(c)予測可能である

まず通報対応プロセスが確立される必要がある。どのように自分の申立てが取り扱われるか、どれぐらい時間が掛かるのかが、きちんと利用者にとって明確になっている必要がある。そのためにも、企業内部において制度をきちんと整備する必要があり、通報対応プロセスとしては以下のようなものが望ましいと考えられる。

 

①人権侵害の申立ての受付

②人権侵害の程度が深刻か否かに応じて(経営リスクに応じてではない)、対応の具体的なプロセスを決定する

③一方当事者からの申告であるため、事実を調査する

④当事者との対話により、申告者がどのような解決を望んでいるのかを把握する

⑤是正措置の決定

⑥是正措置の実施、モニタリング

 

(d)公平である

制度の利用者が公平な条件のもとで、情報・助言・専門知識へのアクセスができるようにする。グリーバンスメカニズム利用者と企業では、専門知識や財源に格差があるため、必要に応じて第三者が関与する。

 

(e)透明性がある

申立てに対する進捗状況の共有・事例の研究・具体的な事案への対応に関して詳細な情報の共有が必要となる。中小企業においてリソースが限定されている場合には、情報共有など実行に関して課題も予想されるが、制度が機能していることを示すことは企業の信頼性を高めるため、取り組む必要がある。

 

(f)権利に矛盾しない

救済のプロセスおよび救済結果が、国際的な人権基準に合致する必要がある。例えば、研修などを行い国際人権の内容を共有する。

 

(g)継続的学習の源となる

通報の頻度、パターン、要因を定期的に分析して、制度が実際に機能しているか確認し、より良い仕組みにするための改善点を探る。

 

(h)エンゲージメントおよび対話に基づく

ステークホルダーとの対話により、より良い制度を目指す。まずは従業員と対話し、さらにNGOとの対話により、どのようなグリーバンスメカニズムを構築することが望ましいのかを検討し、制度の実効性を担保する必要がある。

 

グリーバンスメカニズムの取り組みのポイント

①人へのリスクを経営リスクと同様にシビアに考える必要がある。

②信頼され、実際に使用される制度設計を目指す。

 

実際に使用される制度を目指すために、まずは利用者が、権利を侵害されている状態なのかを自覚できることが前提となります。つまり、グリーバンスメカニズムの利用を促すために、利用者自身がどのような権利を持っているのか認識していることが重要です。そうした権利を知る機会が得られるよう企業側が配慮することも求められます。

 

中小企業に対する提言

・優先順位付け

申立・提言・通報がどの権利侵害にあたるかを確認し、深刻度によって取り組む優先順位をつける。

 

・既存の制度を活用する

経営会議などの場を指導原則に沿った形で運用していく。

 

・簡易な方法からスタート

どの規模の企業でも全ての要素を満たすのは難しい。目安箱などを設置することなどのステップを踏み、最終的なゴールを設定する際には、提言の内容を踏まえて検討していく。

 

・第三者との協働

外部企業または業界全体で協働する。

 

・ステークホルダーとの対話

中小企業ならではの対話の方法もあり得る。

 

政府への提言

中小企業だけでは、実効的なグリーバンスメカニズムの構築に限界があるため、HRNは日本政府に対しても以下の3点を提言します。

 

・中小企業が参加できる公的なグリーバンスメカニズムの設置

・中小企業の特性を考慮した情報発信 

政府機関等による現在の情報発信の内容が必ずしも中小企業に適しているとはいえないため、中小企業への聞き取りを通じて、実効性を担保できる発信を行うことを期待する。

・中小企業によるグリーバンス導入への支援

 

通報のフォーマット案

提言書とともに、通報のフォーマット案も公表しました。

※こちらよりダウンロードが可能です。https://hrn.or.jp/news/20640/

 

当フォーマット案を使わなければならないということではありませんが、このまま使用することも可能です。また、当フォーマット案を使用して、通報の内容についてどのような項目があると利用しやすいか、通報方法は紙でいいのか、オンラインがいいのかなど、従業員との対話のきっかけにしていただければと思います。

 

斉藤氏からのコメント

提言書の作成の際には、斉藤氏からお話を伺い、コメントを頂戴しました。そして、当ウェビナーにおいても、提言書についてコメントを頂きました。

 

斉藤氏は、中小企業家同友会全国協議会に所属しており、同会は中小企業の経営者が自主的に設立した団体で、全国4万6000名の経営者が参加し、人間尊重・人を活かす経営を目指して活動しています。まず、指導原則の理解については、同会の中心役員には広まりつつあるが、まだまだ一般の会員である経営者に関してはこれからとの問題意識を共有していただきました。

 

また、様々な団体が中小企業の立場から発言してもらうことは中小企業にとっても有益であり、中小企業におけるグリーバンスメカニズムの構築についての提言は示唆に富んでいるとの評価をいただきました。

 

特に、「優先順位をつける」、「既存の制度を利用する」、「簡易的な制度から始める」という提言については、中小企業の現状を反映しているといえると感想を述べていただきました。

さらに、政府に対する提言については、中小企業家として、提言内容が政府によって実行されることを期待していると述べられました。

 

おわりに

 私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続きビジネスと人権に関するイベントの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 当ウェビナーで紹介した提言書「中小企業における実効的なグリーバンスメカニズムの導入について」も、SNS等でのご共有をお願いいたします。