ジュネーブ国連人権小委員会、HRN事務局北村弁護士のレポート③

これまで二回にわたりご報告して参りました国連人権小委員会は、8月25日、予定どおり閉幕しました。というわけで今回は最終週のご報告です。

★はじめに
小委員会に初めて参加して分かったことの一つに、小委員会を構成する人権専門家26名には実に様々な人がいる、ということがあります。すなわち、人権問題に対する専門性、人権にかける意気込み、政府からの独立性に大いにバラツキが見られたのです。
専門性や独立性の高さは、議論を聞いていれば分かってしまいます。
ことに、上部機関によって、自らが所属する組織の廃止が既に決定されており、その一方で、当の上部機関から、「君たちの組織に代わる新しい機関はどんなものが良いと思います?提案してみれくれる?」と言われているという、人によっては完全にやる気を失いそうな状況の中で、人権の促進と保護のためだけを考え、真剣かつ真摯に、各種人権問題や、新たな専門家組織のあるべき姿について議論している委員を見るにつけ、救われた思いがしたのも事実です。
閉幕の際、イギリス出身の委員、フランソワズ・ハンプソン氏が述べた以下のコメントは印象的でした。
「私に、『こんな組織改革の最中にも小委員会は開催されるんですか?!』と聞く人がいました。私はその言葉に少なからずショックを受けずにはいられませんでした。組織改革をしている間は世界中の人権侵害がストップしてくれるのでしょうか?ならば国連は、永遠に組織改革を続けていれば良いでしょう。しかし現実はそうではありません。今、この組織改革の最中にあっても小委員会が開催され、私たちが例年どおり、個別人権問題について協議を重ねたことは、極めて大事なことだったと言えます。」

★小委員会の将来は?
では早速、今回の小委員会の大事なアジェンダ(議題)の一つである「小委員会に代わる新たな専門家組織に関する検討・提案」についてご報告したいと思います。
このアジェンダについては、結局第一週に開かれた二回の公開審議以外は全て非公開の形で審議が行われたため、各委員間で具体的にどのような議論が行われたのかは不明です。しかし、最終日に公開審議の場に現れた決議案(A/HRC/Sub.1/58/CRP.13)は、多少の形式的な改訂は入りながらも、内容面について一部の委員から改めて議論を蒸し返されることなく、無事、採択されました。
ということで、皆さんの関心が最も高いと思われる、その内容について要旨を書き出してみます。但し、決議と勧告は全部で26ページにのぼる詳細なものとなっており、その全てには触れられません。正確に内容をお知りになりたい方は、原文にあたっていただけますと幸いです。

第1 専門家組織の必要性
人権委員会の廃止と人権理事会の創設を正式に決定した総会決議(General Assembly Resolution)60/251には、「人権理事会は専門家のアドバイスを要する」旨が明記されています。したがって、人権小委員会が廃止されたとしても、それに代わる新たな専門家組織が必要であることについては特に争いはなく、上記決議における勧告(Recommendations)においても、まずこの点が冒頭で確認されています。

第2 新たな専門家組織の機能・権限
1 研究と基準設定(studies and standard-setting)
これは現状どおり。
但し、研究に従事する各委員に対しては、OHCHR(人権高等弁務官事務所)によって、特別報告者(Special Rapporteurs)に対するそれと同程度の補助が与えられるべきとしています。
2 作業部会(Working Group)とソーシャル・フォーラム
これまでの歴史的実績に鑑み、その維持を強く求めています。今年度は国連予算の関係で2日間に削られた日数についても、1年に5日間、かつ、全体会議とは別の日程で開催されるべきとしています。
3 全加盟国定期レビュー(Universal Periodic Review: UPR、普遍的定期的レビュー)への関与について
新たに人権理事会にて導入されたUPRについて、新たな専門家組織が関与すべきか否かについては、結局各委員間で最後まで意見がまとまらなかったことが明記されています。
すなわち、
1)人権小委員会を引き継ぐ新たな専門家組織は、レビュー(評価)の過程に関与すべきであり、そのために委員数は現在の26名から28名に増やすべき、とする意見と、
2)UPRの具体的な中身はいまだ人権理事会による検討過程にある以上、この件については人権理事会の判断に任せるべきで、小委員会から何か提案できることではない、とする意見です。
4 1503手続について
現状どおり、非公開の作業部会で個人通報の審査をすべきとしています。
5 他の人権システムとの連携について
人権理事会が、各人権システム間の共通した提案や関心事を知ることができるよう、新たな専門家組織は、人権理事会により設置されたテーマ別特別報告者との間で、年に一度の会合を開催し、相互に意見交換を行い、その結論を人権理事会に報告することを提案しています。
6 問題点の洗い出しと、そのフォロー・アップ
新たな専門家組織は、勧告の履行が不十分であるといった問題点の洗い出しと、そのフォロー・アップ機能を果たすべきとしています。

第3 新たな専門家組織の構成
1 人数と任期
現在26名とされている人数については、大幅な増減はすべきではなく、2名の増加(アジア地域及び東欧地域から1名ずつ。人口比による公正な配分による。)が望ましい。代理委員(alternate)についても現状どおり存続が望ましい。任期は4年、二期までとし、2年ごとにその半数が改選される、としています。
なお現在も任期についての決まりはあるようですが、もはや空文化しており、何十年も居座ってきた長老委員が何人かいます。
関連して、マンデート(任務)の数を委員の数と同じにすべきという意見(現状では一人の委員がいくつもの研究に従事していますが、それを一人一つに絞ろうという意味)もあったが、これは一致を見なかったとの記載もあります。
2 資格要件
人権専門家であって、研究に従事する能力(capacity)があること、が要件であり、その経歴はOHCHRのウェブサイトに公開されるべきとしています。
なお、経歴のウェブサイト公開については一部の委員から強い反対があったようですが、これはかろうじて残されました。一方で議論の過程では、公務員は除外されるべき、法律家であるべきといった意見があったようですが、これは決議案では消えています。
3 選任方法
国連加盟国が、自国民を推薦(nominate)し、理事会の選挙で選任されるとしています。その際には、地域的・性的平等が保障されるべき。基本的には現状と同じです。

第4 作業方法(Organization of work)
1 これまでどおり、1年に20日間開催。但し作業部会やソーシャル・フォーラムは別の期間に開かれるべき。
2 これまでどおり、NGO、政府、地域的機構、国連機関などの幅広い参加を受け付けるべき。
3 現在継続中の研究テーマや作業内容については、そのまま引き継がれるべき。
としています。

★そしてどうなる?
外部者である私から見ても明らかだったのは、上記の決議案が、委員同士が時に激しく議論をぶつけ合いながら、苦労に苦労を重ねた上で生み出されたものである、ということです。決議案のドラフトメンバーであった横田先生も、前向きな決議案を潰そうとする一部委員との攻防のため、最後の数日間は目に見えて憔悴されていました。
しかしそのような苦労の末に生まれたこの決議も、実は単なる「提案」に過ぎず、その内容が実現するかどうかは人権理事会次第であることも忘れてはなりません。

人権理事会は、来年の6月末までに、特別報告者制度と人権小委員会をどうするかについて結論を下すことになっています。
しかし聞くところによれば、人権理事会は人権小委員会のこれまでの機能等について十分理解しておらず、どの国も効果的なイニシアティブを取れていない状態であり、したがってこの問題について来年6月末までに結論が出ずに、結局、小委員会がさらにもう一年延長される可能性すらある、もしそれではさすがに理事会の面目が立たないとなれば、期限ギリギリに十分な検討なしに慌てて何らかの機関を立ち上げてしまうのではないか、とも言われています。

また、現在人権理事会で検討中のUPRの中身についても、「絵のない額縁」と評されるくらいまだ何も決まっていないようです。UPRとは、人権理事会が、国連全加盟国の人権報告書を定期的に審査し評価するというものであり、その作業内容の性質や人的資源に鑑みると、各国政府代表部(個人に還元すれば、どこかの政府の外交官たち)が従事するに適しているとは到底思われず、本来は(それが小委員会を引き継ぐ機関か否かはともかく)独立した専門家組織が関与すべき必要性が極めて高い制度です。しかしながら理事会側は自分たちでやれると思っている節があり、理事会が、メンバー国で構成される作業部会などを設置した上でそこに審査を任せる可能性もあると言われています。
仮に理事会自身が、独立した専門家組織の関与を受けずにUPRに従事することになると、任命された個人が対象国に調査に赴き、現地の被害者やNGOからの生の声に耳を傾けながらバランスの取れた評価を行う、といった、現在の特別報告者制度のような丁寧な作業はとても期待できないような気がします。そして結果的にはUPRが、さらなる「人権の政治化(politicization of human rights)」の産物に陥る可能性が高いとも言えます。
そうなった場合、鳴り物入りで誕生したはずの人権理事会の信頼性は失墜し、改革の失敗が露呈されることになるでしょう。

★最後に
このように、今回の国連改革は、「改革」ではなく「後退」に過ぎないおそれを多分に孕むものとなっています。
しかしだからといって、国連改革は失敗だった!と声高に非難するだけでは何も生まれません。私たちがすべきことは、この「おそれ」が現実のものとならないよう、今、非常に大事な時期にある人権理事会を継続的に監視し、かつ、各国政府に働きかけることでしょう。
確かにNGOをはじめとする市民社会は、人権の政治化の前に非力なようにも感じられます。しかしその一方で、今やアムネスティ・インターナショナルやヒューマンライツ・ウォッチなど、各国政府も無視できないほどに専門化組織化されたNGOも数多く存在します。
ヒューマンライツ・ナウも、その一翼を担うべく大きく成長していけることを切望しながら、今回のご報告を終えたいと思います。
3回にわたりお付き合い下さった皆様、どうも有り難うございました。

(HRN事務局 北村聡子)