Ashurov v Tajikistan |
||||||
通報日 |
見解採択日 |
文書発行日 |
通報番号 |
|||
|
|
|
1348/2005 |
|||
全文 |
http://www.unhchr.ch/tbs/doc.nsf/(Symbol)/c405fa503eebf891c12572cf004c1087?Opendocument |
|||||
手続上の論点 |
|
|||||
実体上の論点 |
拷問の禁止(7条)、被疑者の権利(9条)、裁判の公正(14条)) |
|||||
通報者の主張 |
通報者は被害者の母親。両者ともウズベキスタン出身でタジキスタン国籍である。アシュロフ(子)は02年5月ドゥシャンベの自宅で、内務省犯罪捜査局捜査員に、99年5月の武装強盗の罪で逮捕された。99年6月に容疑者特定不可として、捜査が保留されていた事件である。拘束の際、本人も家族も逮捕の理由は告げられなかった。続く3日間拷問を受け、強要されて自白、弁護士の立ち会いなしに調書にサインし、友人2人と罪を犯したという自白書を提出した。さらに、現場検証に同行、証言の確認書にサインしたが、これがビデオに残されており、顔には拷問の跡が見られる。ここまで被疑者の権利を告げられることはなく、法定代理人を選ぶことも許されなかった。裁判前手続きの際には捜査官の助手が代理人となり、担当官がアシュロフの家から取った指紋で証拠を捏造した。 02年10月から03年4月までの第一審裁判において、裁判所は、拷問についてと、供述と調書とのくい違いについて、市検察官に再調査するよう命じた。またアシュロフの弁護士は、アシュロフが96年12月から99年7月まで、キリギスタンで服役していた証拠書類を提出した。しかし、当初取り調べをした捜査官が再び関与して、証拠書類を隠滅した。また、正式な手続きなしに拘束が継続された。03年10月の第二審において、アシュロフ側は、拷問と証拠捏造について不服を申し立て、拘束期間を超えての拘束の法的根拠を示すこと、すべての捜査書類の閲覧を彼らに許可すること、アシュロフ本人と二人いる弁護士のうち一人がタジキスタン語が不十分なため、起訴状をロシア語に訳すことを要求したが、いずれも取り上げられなかった。タジキスタン語ができる弁護士は、理由を示されずに裁判から除外された。一切アシュロフ側に通訳、翻訳されることはなかった。裁判官は「いずれにしろ有罪である。」と決めつけて、記録の書き換えを命じ、形式的な手続きだけ進め、アシュロフ側に有利な証拠を取り上げなかった。弁護側が新たに、アシュロフがキリギスタンで出所したのが99年7月であるという証拠書類を提出したが、裁判所は、服役の事実はなく99年3月までにドゥシャンベに戻っているとした。11月有罪が確定し、20年の禁固刑が科せられた。控訴は却下された。 拷問は規約7条違反であり、逮捕、拘束の不当手続きは9条1,2,3項違反に当たる。第二審の裁判官が公正さを欠いたことは14条1項、推定無罪が認められなかったことは2項、通訳翻訳がなかったことは3項(a)、逮捕後代理人を立てる権利を奪われ、また第二審でタジキスタン語のできる弁護士が除外されたことは3項(b)、裁判の過程でアシュロフ側が証拠を精査することが拒否されたのは3条(e)、再審理が拒絶されたのは5項にそれぞれ違反する。 |
|||||
当事国の主張 |
(回答なし。よって、通報者の主張に重きが置かれる。) |
|||||
委員会の見解 |
1)許容性について 通報者は他の国際的救済措置を求めておらず、また国内的救済手段を尽くしている。よって、訴えは受理可能である。ただし、14条5項については、具体的に示されていないため、受理不可能とする。 2)本案について ・ 被害者は拷問されたことを繰り返し具体的に述べており、またビデオに証拠も残っている。委員会はアシュロフの取り扱いについて、7条違反を認める。また自白強要は、14条3項(g)違反である。 ・ 逮捕時に理由を告げられず、第一審後も法的根拠なく拘束を延長された。また裁判所に説明を求めるも拒絶されたことは、9条1,2項違反である。9条3項に、逮捕後「法的権限を有する他の裁判官、捜査官に速やかに引き合わされる」ことが定められているが、守られず同項に違反している。 ・ 裁判手続きの不当性について、通報者が具体的に示した内容に対し、当事国から反論がなかった。通報内容を重く見て、14条3項(a)(b)(e)と同条2項違反を認める。 |
|||||
人権が大切にされる未来をつくる一歩として、
是非、みなさまの力をお貸しください。
ご協力・ご支援を、よろしくお願いいたします。
是非、みなさまの力をお貸しください。
ご協力・ご支援を、よろしくお願いいたします。