【国際人権先例・CERD】2006/No.37 デンマーク

A.W.R.A.P  v.  Denmark

通報日

見解採択日

文書発行日

通報番号

06/Jul/2006

08/Aug/2007

08/Aug/2007

No.37/2006

全文

http://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/DER/G07/435/30/pdf/G0743530.pdf?OpenElement

手続上の論点 

事項的管轄権があるか(141項) prima facie caseを示しているか

実体上の論点

締約国の差別撤廃義務(21(d))、人種差別と扇動の禁止(4条)、人種差別に対する救済(6条)

 2006年デンマーク政府は、移民の統合促進を目指したデンマーク統合法の改正において、すべての新たな移民に対し子どもへの体罰の禁止を含む基本的価値観を示した「統合宣言」に署名するよう求めた。この過程で、改正法案に賛成しつつも子どもへの体罰禁止に反対したデンマーク人民党に対し、他党議員が、自らが体罰禁止に反対しているのに移民に宣誓を求められるかとの批判を行なった。これに対し人民党所属の議員Krarup氏は、国内にあふれるイスラム教徒は恒常的に妻子にあざが出来るまで暴力をふるっておりそれを男性の権利としている、それ故体罰の禁止への賛否はともかく、イスラム教徒には宣言にサインさせるべきだなどと述べた。

 通報者はデンマーク在住のイスラム教徒であるが、新聞記事で議員の発言を知り、人種差別記録助言センターに相談したうえで、発言が人種差別的言動を禁じた国内刑法に違反するとして警察に申立を行なった。しかし違法行為となる合理的証拠がないとして却下されたため、地方検察に不服を申し立てたが、検察官は、国会議員が論争のある公的問題、またそうした問題の他文化での扱われ方を論じる場合には、幅広い言論の自由が認められるとしてKrarup氏を不起訴とした。これらの決定に「人種差別行為自体は、民事責任に関する国内法上の人の名誉・評判の侵害とならない」とする高裁判例を加えると、国内においてさらなる救済は得られない。

     調査すべき証拠書類があるにもかかわらず捜査を開始しないとした警察の決定は、条約第21(d)4(a)6条に違反する。

     警察・検察は資料を調査せず、通報者の主張を聞かず、条約上の義務も参照しなかった。そのため当局の決定は条約第6条に違反する。

当事国の主張

) 許容性について

・通報者の主張はprima facie case(一応の証明がある事件)を示していない。

・ 発言は発言者の特定の宗教への認識に関するものであり、条約第1条の趣意である「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身」に関するものでない。

・イスラム教徒といっても、同じ種族的出身、同じ人種に限定されるわけではない。よって発言は、人種の面で差別的であるとはいえず、宗教に関する問題であるから条約第1条の範囲外である。

) 本案について

・ 当局は通報者からの申立を詳細に検討し調査しており、条約が求める効果的措置をとっている。

この件は、捜査を継続すべき根拠も有罪が見込まれる合理的可能性もなく、また刑法を適用すべきものでもない。

・ 表現の自由は必ずしも絶対的ではないが、民主的な社会では、特に議員の発言はその文脈において理解され、世論の支持も考慮されるべきであり、介入には徹底的な吟味が要求される。

委員会の見解

許容性について

・ 問題となった発言は特定の宗教・宗教集団に向けられており、特定の「人種、皮膚の色、世系または民族的若しくは種族的出身」の人に向けられたものでない。

・ 本件は宗教的理由に基づく差別に関連したものである。起草過程からも明らかなように、本条約は宗教のみに基づく差別には適用されない(総会の第三委員会はひとつの文書の中に人種差別と宗教的不寛容を含める提案を拒絶している)。

・ また、外国人に対する一般的な言及は、特定の人種、エスニシティ、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく条約第1条に反して人の集団を選び出すものではない(No.33/2003 para.7.3同旨)。 

  よって通報は、条約の射程をこえており事項的管轄権がないため、非許容とする。