【NY報告】紛争汚染への対峙:戦争における有毒廃棄物の被害者支援のための原則

(Credit: REUTERS/Alaa Al-Marjani)

 

去る9月30日に、ハーバード大学ロースクール国際人権クリニック、Conflict and Environment Observatory、およびEnvironmental Peacebuilding Association’s Law Interest Groupが主催する「紛争汚染への対峙:戦争における有毒廃棄物の被害者支援のための原則」(原題:Confronting Conflict Pollution: Principles for Assisting Victims of Toxic Remnants of War)と題するウェビナーが開催されました。武力紛争や軍事活動は、環境に深刻な被害をもたらし、人間と生態系の両方に重大な影響を及ぼします。国連機関は紛争汚染や戦争における有毒廃棄物に対する取組みを開始しているものの、これらの被害者の短期的および長期的なニーズを満たす枠組みに欠けているとの指摘がなされています。そこで、被害者支援という概念に基づき、ハーバード大学ロースクール国際人権クリニックとConflict and Environment Observatoryは、「戦争における有毒廃棄物の被害者支援のための原則に関する報告書」(以下、報告書)を作成しました。本ウェビナーは、この報告書とその新しい枠組みを紹介するものです。以下は、ヒューマンライツ・ナウNY事務所による本ウェビナー報告です。

 

司会者

オリ・ブラウン氏(Mr. Oli Brown, Chatham House, Trustworks Global, The GCSP)

 

スピーカー

ダグ・ウィアー氏(Mr. Doug Weir, Conflict and Environment Observatory)

ボニー・ドッチャーティ氏(Ms. Bonnie Docherty, Harvard Law School’s International Human Rights Clinic)

 

パネリスト

バスクト・トゥンカク氏(Mr. Baskut Tuncak, Former UN Human Rights Council Special Rapporteur on Toxics)

エミリア・ウォールストローム氏(Ms. Emilia Wahlstrom, Joint UNEP/OCHA Environment Unit)

リチャード・サリバン教授(Prof. Richard Sullivan, KCL Centre for the Study of Conflict and Health, King’s College London)

 

<報告書の説明>

ダグ・ウィアー氏

ウェビナーは、王立国際問題研究所のブラウン氏の司会により始まり、まずConflict and Environment Observatoryの研究・政策ディレクターであるウィアー氏により、報告書の背景や戦争における有害廃棄物の説明がなされました。氏によれば、戦争における有毒廃棄物とは、人間や生態系に危険を及ぼす、軍事活動に起因するあらゆる有毒または放射性の物質を意味するとのことです。有事の紛争により汚染が引き起こされ、解決が困難な状況が継続するとともに、平時の軍事活動による汚染も、何十年にわたりコミュニティに影響を与えています。当該有毒廃棄物にさらされる結果として、紛争地域の民間人、軍人、軍のために働く請負業者等が、健康上のリスクに直面しています。

 

そして、氏は、戦争における有毒廃棄物に対しては、個別の物質ごとではなく、集合的にアプローチをする必要があると述べます。なぜなら、物質やその影響は多岐にわたるものの、コアとなる対応策(環境評価&モニタリング、健康評価&モニタリング&サポート、環境の修復等)は類似しているからです。そして、これらの問題を集合的に取り扱うことは、国際社会として明確にこの問題に取り組むことにつながる、と氏は強調します。

 

氏によれば、この10年間、戦争における有毒廃棄物がもたらす脅威について、国際社会の認識は高まっているとのことです。また、国連においては、核兵器禁止条約、国連環境総会、各種声明などにおいて、当該有毒廃棄物の問題が言及されてきました。しかし、これらの被害者に対する支援を確保するための枠組みは未だに欠けています。以上が、本報告書の作成の背景である、と氏は述べました。

 

ボニー・ドッチャーティ氏

続いて、ハーバード大学ロースクール国際人権クリニックにおける武力紛争と民間人保護に関するアソシエイトディレクターであるドッチャーティ氏から、報告書における被害者支援のための原則の説明がなされました。まず、被害者支援の目的は、戦争における有毒廃棄物の被害者が有する即時かつ継続的なニーズに対処することと、被害者の人権の完全な実現を促進することであるとのことです。そして、被害者の定義に関し、有毒廃棄物の事案においては、被害の原因が不確実または多因子である場合がありうるため、一定の量および期間にわたり有毒廃棄物にさらされたことが特定の被害と強く関連しているときには、当該事実が被害の原因であるという因果関係を推定すべきであるとしています。また、被害者支援においては、当該有毒廃棄物がもたらす被害に包括的に対処する必要があることから、被害の類型には、身体的・心理的傷害、即時または長期的な社会経済上の損失(広島や長崎の被爆者が経験した疎外化、農場や漁場の汚染による生計の喪失等)、健康・教育に関する人権侵害などを広く含むとしています。これらの被害者に対する支援は、上記被害の種類に沿ったものとすべきであり、医療提供、心理的支援、職業訓練等による社会経済的なインクルージョン等が必要である、と氏は述べました。

 

次に、氏は、国民が被害を受けた場合には、国家がその国民に対し支援を提供する主導的な役割を果たすべきであると述べます。このアプローチは、被害者が属する国家こそが被害者と近接性を有するため、そのニーズを評価し支援をすることに適しているという実用的な意味を持つとともに、国家の主権を維持しつつ、国家に国民の人権を確保することを義務付ける国際人権法の枠組みに沿う、と氏は言います。しかし、被害者が属する国家のみが単独で責任を負担してはならず、戦争における有毒廃棄物を生じさせた国を含むすべての国家が、上記国家に対し、金融・物質・技術その他の支援を提供すべきであることがこの原則の基本である、と氏は強調します。この原則は、被害者が有毒廃棄物を生じさせた国家に法的救済を求めることを妨げるものではありませんが、当該救済にはしばしばコストと時間がかかることから、被害者が属する国家が主導的な役割を果たすことにより、被害者のニーズに効率的かつ効果的に対処することに焦点を当てている、と氏は述べます。

 

そして、報告書では、これらの実施措置として、影響を受ける国家が、戦争における有毒廃棄物の情報を収集し、発信することの重要性を強調しています。情報収集は、効果的な被害者支援プログラムの促進につながり、また、情報の普及により、個人が有毒廃棄物から身を守ることができるようになります。そして、国家は、被害者の短長期的なニーズに応えるために、既存の枠組みも考慮・統合しつつ、国家的な被害者支援ストラテジーを実施すべきとのことです。加えて、国家、国際機関、NGO等は、長期的かつ効果的な被害者支援措置の実施のために、キャパシティ・ビルディングを促進すべきである、と氏は述べます。

 

報告書の最後では、4種類の包括的な指導原則(アクセス可能であること、インクルーシブであること、非差別的であること、および、透明性があること)が述べられています。被害者支援を効果的に行うためには、情報にアクセス可能であり、物理的な障壁を取り除く必要があります。また、国家は、被害者支援プロセスのすべての段階で被害者と関わるべきであり、有毒廃棄物の被害者間、または当該被害者と他の原因の被害者との間等で差別的な措置を設けてはいけません。加えて、透明性は、アクセス可能性やインクルーシブの促進にもつながります。氏は、締めくくりとして、我々は、各国ならびに国際機関および市民社会に対して、この原則を受け入れることを勧める、と述べました。

 

<パネル・ディスカッション>

バスクト・トゥンカク氏

上記2名のスピーカーによる報告書の説明に続けて、3名の専門家によるパネル・ディスカッションが行われました。まず、2014年から2020年7月まで国連人権理事会において有毒物質の人権への影響に関する特別報告者を務めたトゥンカク氏が登壇しました。氏は、国連人権理事会が過去10年間に環境に関する権利を促進していることに言及し、報告書の原則との関係で、生存権、子どもの権利、効果的な救済措置を受ける権利、治外法上(域外)の義務、インクルーシブ原則等の各種の権利や義務等に触れました。特に、生存権に関しては、自由権規約人権委員会が、ジェネラル・コメントにおいて、汚染が生存権に対する脅威である旨言及している、と述べます。また、子どもの権利については、国連人権理事会において、戦争における有毒廃棄物が子どもの権利に対する重大な脅威である旨議論されていることに言及しました。

 

エミリア・ウォールストローム氏

続いて、国連環境計画と国連人道問題調整事務所との共同環境ユニットのプログラムオフィサーであり、紛争汚染を含む環境緊急対応ミッションに参加しているウォールストローム氏から、現場での人道活動に関する見解が述べられました。氏によれば、イラク危機やウクライナにおいて、油井やインフラ設備の破壊により環境や住民に被害が生じたのみならず、人道的活動にも多大な影響が及んだ(食糧運搬やキャンプの配置に影響が及び、人道的活動が一時中断した)とのことです。そして、氏は、報告書の原則の内容は明確で人道的活動家の立場からも支持できると述べ、特に、戦争における有毒廃棄物に関する科学的技術的情報の交換、当該有毒廃棄物に関する情報と証拠の収集・頒布、キャパシティ・ビルディングの3点について、人道的活動家による協力が有用であると述べました。

 

リチャード・サリバン教授

最後のパネリストとして、キングス・カレッジ・ロンドンの紛争と健康研究グループの共同ディレクターであるサリバン教授が登壇しました。教授は、医学の専門家であり、報告書における基本原則、用語の定義、被害者、および被害の種類の箇所に関し、主に医学的な見地からのコメントがなされました。具体的には、戦争における有毒廃棄物については、長期的なリスク要因とインパクトが問題となること、被害者の健康面への世代間影響を調査することは困難であること、などが指摘されました。

 

 

ハーバード大学ロースクール国際人権クリニックとConflict and Environment Observatoryによる「戦争における有毒廃棄物の被害者支援のための原則に関する報告書」(英語)はこちらからご覧になれます。

http://hrp.law.harvard.edu/wp-content/uploads/2020/09/Confronting-Conflict-Pollution.pdf

 

ヒューマンライツ・ナウは、この戦争における有毒廃棄物の被害者支援について、引き続き注視していきたいと思います。