ヒューマンライツ・ナウは2017年2月11日(土)、成城大学にて「世田谷区×人権 ~保坂区長とともに人権・ダイバーシティについて語ろう~」を開催しました。世田谷区区長である保坂展人氏、世田谷区議会議員の上川あや氏、東京都議会議員の塩村文夏氏、高千穂大学教授の五野井郁夫氏をお招きし、ヒューマンライツ・ナウからは事務局長の伊藤和子氏が登壇しました。ヘイトスピーチ、セクシャル・ハラスメント、LGBTIの方々や障がい者の方々をめぐる問題など、身近な人権問題に関して自治体がどのような役割を担うのか、市民ひとりひとりには何ができるのかについて、議論しました。
伊藤氏は、ヒューマンライツ・ナウの活動を紹介するとともに、私達の身近なところで「違い」を理由として差別したり、排斥したりする動きがあることに警鐘を鳴らしました。「違い」を認め合って大切にしていくべきことを再確認し、改めて人権の大切さについて考えるきっかけとなるようなお話しをされました。
保坂区長は、高校進学時の内申書をめぐり16年にわたり裁判でたたかったご自身の経験を紹介された後、パートナーシップ宣誓の導入や、「せたホッと」と呼ばれる子どもの人権擁護のための第三者機関の設置など、世田谷区が人権についてどのような取り組みを進めているかについて紹介されました。また、昨年夏の相模原事件についても触れ、加害者の行為や考え方を正当化・肯定する意見が多いことについて危機感を抱いていると語られました。そして、19人もの入所者が殺害されたにも拘わらず国会で当該事件が取り上げられないことについて疑問を呈し、自分の知らないところにいる人の悩みや苦悩をイメージできることこそ、行政に携わる者として必要な素質なのではないかと投げかけました。
保坂区長は、ナチスドイツのもとで、優生思想に基づき、ユダヤ人大量虐殺に先立って、障害者を組織的に殺害するT4作戦が実行された経緯を報告しました。
区長の報告からは、障害者差別や優生思想がジェノサイドやヘイトクライムに発展していく危険性の萌芽がこの社会にもあること、それを克服していく努力が必要であることを痛感させられるものでした。
上川氏は、「私達は劣る人間なのでしょうか」と、あるLGBTI当事者の言葉を紹介されました。社会制度にアクセスできない、相談する窓口がないなど、LGBTIの方々を取り巻く問題をご自身の経験を踏まえながら指摘されました。そして、こうした問題を解決するために、世田谷区議会議員に立候補し、当選され、地道にひとつひとつの政策を変え、LGBTIの権利を実現する取り組みを続けられてきた経緯を報告されました。
世田谷区では同性パートナーシップの制度が要綱により導入され、LGBTIに関する学校教育を義務化したり、すべての行政職員が対応すべき理念として基本計画に取り入れたりしていることが紹介され、上川氏の勇気と行動力が印象に残る報告でした。
塩村氏は、都議会で質問中に起きた「女性差別ヤジ」や誹謗中傷、一人会派に対する理不尽な慣例など、ご自身が都議会にて直面している問題を紹介し、少数派に対する差別について取り上げました。多様性を尊重すべき政治家が、議会において少数派を排除するようでよいのか、疑問を投げかけました。女性が声をあげて不正を正し、行動すると、「出る杭は打たれる」というリアクションが厳然としてあり、女性活躍と言われながらも生きづらい社会でことが浮き彫りになりました。
五野井氏には、ヘイトスピーチが近年問題化してきた過程やヘイトスピーチ対策法成立までの経緯を解説していただきました。また、同法が努力義務にとどまり罰則規定がないため、実効的な問題解決に資するかには疑問が残る旨、指摘されました。
さらに、差別団体の攻撃対象はあらゆるマイノリティに向かう(相模原事件の犯人は極右思想の持ち主)こと、差別排外主義の横行は単にマイノリティの人権と生命を脅かすのみならず、極右の政治的暴力を容認してしまうこと、極右は自分の暴力を「正義」で許されると思いこんでいること、それは結果的に日本の社会と民主主義を破壊してしまうこと、を指摘され、われわれは今すぐにヘイトスピーチと差別排外主義を止めなくてはいけないと訴えられました。
イベント後半では、イベント参加者から寄せられた質問を基に、さらに議論を深めました。
住んでいる自治体でLGBTIに関する具体的な動きがないが、市民としてどのような取り組みをすればよいか、という質問に対し、上川氏は「声を上げることに意味がないと思わないでほしい。」と述べ、請願権などの制度を活用して自ら積極的に働きかけることが有効であると説明されました。
また、ヘイトスピーチについて条例化は可能なのかという質問に対し、五野井氏は川崎市を例に上げ条例化している自治体があること、事前に施策を講じることが有効であることを紹介されました。これを受け、保坂氏は世田谷区としても近隣の自治体と話し合うなどして取り組んでいきたい旨積極的な回答が得られました。
「私達は市民として何ができるのか」という質問に対しては、塩村氏が「小さな問題点だと思っても、それを見逃さないでほしい」と述べ、差別されたときに泣き寝入りするのではなく、自らが発信源となってその差別に反論できるようになってほしいと語られました。
上記以外にも、精神障がい者をはじめとする障がい者やその家族が相談できる窓口の設置や、障がい者らが自立して生活できるような環境づくり、人権に関する世田谷区の施策をより充実したものにしてほしいなど多くの意見が寄せられました。
区長からは、排外主義が続く中、世田谷区が多様性の尊重などのテーマについてリードしていく決意が語られました。区長は、ブレーキとアクセルという言葉を使いつつ、人権についてダメな物にはNOと言いつつ、まだ国が取り入れていない人権施策について、積極的な先進例となる政策を実現していきたいと抱負を語られました。
最後に、伊藤氏は「言いたくてもなかなかものが言えない社会になりつつあるけれど、差別など、おかしいことはおかしいと言っていく」ことの大切さを表明、同時にポジティブな変化を足元から市民が作り出していきたいとして、「今後も市民団体として自治体やみなさんたちと連携して多様性が尊重される社会の実現を目指したい」と挨拶し、会は閉会となりました。
会は大変な盛況で、多くの質問、感想文が寄せられ、またこうした機会をつくってほしい、もっと語り合う時間がほしかったなどの声が寄せられました。
トランプ政権の出現で世界的にも排外主義と差別、ヘイトクライムの危険性が高まっていますが、日本も全く無縁ではありません。お互いの違いを認め合い、人権と多様性を大切にしていく努力の積み重ねが今私たちひとりひとりに必要なのだということを参加者が確認できたイベントとなりました。ご参加、ご協力いただいたすべての皆様に心より御礼申し上げます。