福島原発事故から3年となる2014年3月、HRNは国連人権理事会が選任した「健康に対する権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏を招へいし,東京、福島、京都でシンポジウムを開催。東京では院内集会と外国特派員協会での記者会見も行いました。
グローバー勧告とは
グローバー氏は2012年11月に国連の正式調査ミッションとして来日し、原発事故後の周辺住民の健康に対する権利の実情について、政府対応、健康診断、避難者、被災者、原発労働者の実情等について、詳細な調査を行い、昨年2013年5月に国連に調査報告書を提出、日本政府に対して、政策の改善を促す勧告を出しました(グローバー勧告)。
このグローバー勧告は、低線量被曝のリスクを鑑みた、年間1mSvを基準とする施策への転換を呼びかけ、年間1mSv以上の全ての地域に居住する人々に対する健康調査の実施等の施策と包括的な健康調査の実施、避難者に対する財政支援、住民参加と正しい情報の公開の重要性等を指摘した点で、これからの被災者支援において大変大きな意義を持つものです。ところが日本政府はこの勧告のほとんどを実現しないまま今日に至り、被災者から批判されています。
関係省庁とのダイアローグ
3月20日午後、グローバー氏を迎えて参議院院内勉強会を開催しました。
院内学習会には、各省庁が参加し、各省庁から勧告への対応状況が報告、これに対する質疑応答のかたちでダイアローグを進めました。
勉強会ではまず、外務省人権人道課長が、特別報告者の勧告は決して個人見解ではなく国際機関からの重要な勧告であり、政府は勧告の実施に向けて努力していく必要があるとの見解を表明。続いて、環境省放射線健康管理担当の桐生参事官との質疑応答に移りました。環境省は、グローバー勧告に対し、「科学的でない」「広島と長崎のデータに基づき、被ばくによる健康への影響は100mSv以下の水準であれば他の原因による影響よりも重大ではない」と反論してきました。しかし、広島・長崎の原爆被害者の1950 年から2003 年までの追跡結果をまとめた放射線影響研究所の最新の調査報告(第14報)は、低線量被ばくにおいても発がん等のリスクがあるとする「閾値なし」の立場を結論付けており、環境省の姿勢はこれに明確に反するものです。
会場にいた崎山比早子さん(元国会事故調委員)が桐生氏に「この報告書は読んだのですか」と質問したのに対し、桐生氏は読んでいない、と回答。最新かつ長期的疫学追跡に基づくデータを十分に尊重しないまま基準を決める政府に対して非難の声が多数あがりました。また、日本政府は、勧告の和訳として「影響を受けた全ての地域」と訳すべきところ、「避難区域」と誤訳し、その結果、グローバー氏の健康調査に関連する勧告を「実施済み」と回答していたことが判明、対応の杜撰さが現らかになりました。
続いて復興庁の佐藤参事官から、子ども被災者支援法の基本方針について報告がありました。同法における「支援対象地域」は福島県中通り、浜通りに限定され、放射線量に基づく地域指定がされませんでした。政府は線量を基準とするのは地域の分断を避けるためだと述べましたが、多くの自治体はむしろ1mSvを基準とする支援を求めてきたのであり、住民の声に耳を傾けていない実態が改めて明らかになり基本方針の見直しを求める声が多く上がりました。さらに原子力規制庁とも質疑応答が続きました。
院内集会の後半には、福島市からの自主避難者である二瓶和子さんが、被災者を代表して発言。自主避難の二重世帯であるため、避難先自治体での避難者登録を断られ、就職に向けた在宅講習も断られたと報告。二瓶さんは、子どもの健康が心配で避難を選ぶ家庭が、いかに支援の網から漏れ、追い詰められているかを明らかにし、健康管理調査対象者の拡大や支援の充実を求めました。
シンポジウム グローバー勧告を受けて
3月20日夕方、シンポジウム「国連人権理事会グローバー勧告を受けて〜「健康の権利」の現状と課題」を、HRNと明治学院大学国際平和研究所(PRIME)、CNRS-LIA フランス国立科学研究センター「人間防護と災害への対応」研究所との共催で、明治学院大学にて開催。
グローバー氏の基調講演を受けて、NPOシャローム災害支援センターの吉野裕之さんと放射能から子どもを守る会会津の片岡輝美さんが発言。吉野さんは、人権とコストが比較されている実情に言及し、リスク対経済効果ではなく人権を基盤とした施策、特に子どもたちの背丈に合わせた測定と対策が必要であると述べました。片岡さんは会津若松市の住民や避難者の現状について指摘。同市は事故地点から100㎞離れていることや県内自主避難者が多くいることによって、福島県内外から「安全である」と思われ、また観光地であることで地元自治体や観光産業は放射能対策に乗り気でなく、状況の改善は進みません。「安全かどうかは私が決める」、その当然の権利が、経済的な理由で奪われているのです。
パネルディスカッション「放射線に安全量なし」
パネルディスカッションでは、4人の専門家を御招きし、科学的、医学的見地から政府の対応、県民健康管理調査の課題について話をされました。
まず、放射線医学総合研究所の元主任研究官で、国会事故調)の委員も務めた崎山比早子さんが、院内集会でも明らかになった政府の低線量被ばくの過小評価を科学の視点から鋭く批判。崎山さんは、国際放射線防護委員会(ICRP)やWHOも「放射線の安全量はゼロ以外にない」という見解を取っていると指摘。最近の疫学調査の結果、イギリスの自然放射線量の高い地域では5mSv以上だと小児白血病の発生率が統計学的に優位に増加したというデータが、オーストラリアでは4.5mSv以上のCT検査で種々のがんが増加したというデータがあると紹介。これらを踏まえて、「100mSV以下ではリスクがあるという証拠は無い」という政府の立場は、科学に基づいていないと批判しました。
医師であり、福島県双葉郡医師会顧問として、福島県県民健康管理調査の検討委
員会の委員も務められている井坂晶さんは、「県民健康管理調査」の現状について報告。現在の県民健康管理調査は、5種類の検査を実施。①全福島県民を対象とする「基本調査」については、回答率が低いことが問題と指摘。②18歳以下を対象とする甲状腺機能の調査は、受診者が対象者の約8割、2次検査に進む子どもも少なくない実情が報告されました。③「健康診査」は、総合的な健康調査という位置づけですが、特定検診(メタボ検診)に上乗せされており、しかも被ばくの多い地域に限定された診査であるため、受診対象者が限定されているのが問題であり、現在、より幅広い検査項目を取り入れることが検討されていると報告されました。
員会の委員も務められている井坂晶さんは、「県民健康管理調査」の現状について報告。現在の県民健康管理調査は、5種類の検査を実施。①全福島県民を対象とする「基本調査」については、回答率が低いことが問題と指摘。②18歳以下を対象とする甲状腺機能の調査は、受診者が対象者の約8割、2次検査に進む子どもも少なくない実情が報告されました。③「健康診査」は、総合的な健康調査という位置づけですが、特定検診(メタボ検診)に上乗せされており、しかも被ばくの多い地域に限定された診査であるため、受診対象者が限定されているのが問題であり、現在、より幅広い検査項目を取り入れることが検討されていると報告されました。
井坂さんは、原発事故に関する健康管理は一自治体に任せるのではなく国家が直轄すべきである、そして自治体ごとにばらばらで複雑な現行の検診体制を一元化すべきとの指摘をされました。受診者数向上のための啓蒙活動なども含め、避難民の声を取り入れたきめ細かい施策が求められていると述べました。
福島県医師会副会長の木田光一さんも同様に、現在の健診体制の改善を呼びかけました。木田氏は、現在の複雑な健診体制は、受診者数低迷の一因となっていると発言。現在の問題点として、まず避難区域外で自治体が独自に項目を追加し健診しても、健康管理調査の項目ではないので調査結果のデータベースに登録されず、効果的な長期的健康管理にならないという点があると指摘。また、避難先で健診を受けられる体制、かかりつけ医等の医療機関でワンストップの健診が受けられ、様々な健診データを一元管理し住民と共有するシステムが必要だと指摘しました。
最後に、原発被災者に対する施策の改善について政策提言等に関わる島薗進さんも、グローバー勧告の実現の重要性を指摘。健康管理調査について改善が進まない原因に「リスクの過小評価」があると指摘。これは被災者・市民の不安を増大させ、市民の信頼を失うことにも繋がると批判。県の枠組みを超えた支援が必要だと訴えました。そして「井坂先生、木田先生等医師会の方が重要な提言をされている。健康管理調査を多くの被災者の方のためになるよう変えていくことが必要だ」と強調しました。
イベントの最後は、グローバー氏が「昨年の来日の際に見られなかった動きが起きている。私の勧告と共通した、権利の視点から改革を進めようという動きが、学術団体や、医師会のなかで進んでいること、政府とも率直なダイアローグが出来たことは前進だ。多くの市民の方が力を合わせて、改革を進めてほしい」と、参加した市民にエールを送り、最後はスタンディング・オベーションで大きな盛り上がりのなか、閉会しました。
福島、京都でも
翌21日は、福島大学で、シンポジウム「放射線被ばくを健康への権利と教育から考える~国連人権理事会グローバー勧告を踏まえて~」が、福島大学放射線副読本研究会とHRN、CNRS-LIAの共催で開催され、前日に引き続き、グローバー氏、木田光一氏が登壇、今中哲二氏(京都大学助教)も加わって被ばくと健康をめぐる課題を討議、さらに、後藤忍(福島大学准教授)、國分俊樹氏(福島県教職員組合)佐々木清氏(郡山市立第六中学校教諭)八巻俊憲氏(福島県立田村高等学校教諭)が子どもへの放射線リスク教育の課題について教育実践を交えて貴重な報告をされ、討議をしました。
翌22日は、「福島原発事故後、健康の権利をどう実現できるか?:その現状と見地」と題するシンポが同志社大学で開催され、様々なアクターが三年を迎えても一向に進まない原発被災者施策の改善を求めてそれぞれの現場で活動されている状況を報告。京都や関西の「自主」避難者の訴訟の実情などが報告され、避難者の訴えが続き、避難者の実情を知ると共に、貴重な交流の機会となりました。
ヒューマンライツ・ナウは今後も、グローバー勧告を実現し、原発事故の影響を受けた方々の人権の回復のために活動していきます。
※ グローバー氏の来日はHRN会員や支援者の方々のご寄付に支えられて実現、各地での企画には多くの方に集まっていただき、メディアにも多数取り上げていただきました。
また、下記の団体・個人から御協力をいただきました。
CNRS-LIA、PRIME, 同志社大学グローバルスタディーズ研究科、福島大学放射線副読本研究会、ピースボート、市民科学者国際会議(CSRP)、国際協力NGOセンター(JANIC)、子ども・被災者支援議員連盟、原発事故子ども・被災者支援法市民会議(市民会議)、東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)、Ready for?、イマジン、年賀寄付金