カンボジア調査報告③―バンテアイミンチェイ刑務所訪問(芝池俊輝)

*ヒューマンライツ・ナウでは2006年10月1日から9日にかけて、事務局員4名をカンボジアに派遣し、カンボジア特別法廷への要請及び同法廷に関する現地NGOとの意見交換、更に、カンボジアの人権状況、特に子どもと女性の人権状況の調査を実施しました。調査によって明らかとなった点について、(1)カンボジア特別法廷、(2)カンボジアにおけるトラフィッキング被害の状況、(3) バンテアイミンチェイ刑務所訪問の3編に分けて、ご報告いたします。*

カンボジア調査報告③―バンテアイミンチェイ刑務所訪問(芝池俊輝)

【バンテアイミンチェイ刑務所の概要】
私たちは、カンボジアの刑務所における処遇の実態と被拘禁者の人権状況を調査するため、2006年10月7日、バンテアイミンチェイ刑務所を訪問しました。
バンテアイミンチェイ刑務所は、タイ国境に隣接するバンテアイミンチェイ州に位置し、カンボジア北部の中心都市であるバッタンバンから車で約1時間のところにあります。
この刑務所には、約400人の被拘禁者が収容されており、受刑者らが犯した罪は、窃盗や傷害などから強盗、殺人などと幅広く、また、刑期(勾留期間)も、1年未満から15年を超えるものまで多岐にわたっています(なお、カンボジアに死刑制度は存在しません)。

【刑務所施設における懸念すべき状況】
カンボジアの刑務所では受刑者の数が年々増加しており、各地の刑務所で過剰収容の問題が生じています。バンテアイミンチェイ刑務所でも、敷地内にテニスコート大の雑居房が3棟設けられていましたが(男性2棟、女性1棟)、100坪にも満たない雑居房の中で、優に100人を超える受刑者らが、身体を自由に動かすことすら困難な状態での生活を余儀なくされており、劣悪な衛生状態(排便も房の中で行っているとのことです)を考えると、その過剰収容の実態は、極めて深刻であると言わざるを得ないものでした。
また、この刑務所では、既決受刑者(裁判によって刑が確定した者)のほかに約3分の1の未決拘禁者(罪を犯したとして逮捕・勾留され、裁判の開始を待っている者)が同じ雑居房に入れられており、6か月以上にわたって拘禁されている事実も確認できました。
カンボジア全体に蔓延る汚職について刑務所も例外ではなく、被拘禁者の家族や友人らが面会や差し入れをするにあたって、刑務官から賄賂を要求されたり、また、被拘禁者が刑務官に賄賂を渡すことによって、本来であれば一定時間に制限されている戸外活動の時間(房の外に出ることができる時間)が無制限に延長されたりということが日常的にあるとのことでした。

【被拘禁者の人権について】
刑務所内の処遇に関するカンボジアの法律上、女性の被拘禁者に6歳以下の子どもがいる場合には、刑務所の中で子どもと一緒に生活することが認められています。この刑務所でも、複数の乳幼児が女性の雑居房の中で暮らしていました。女性被拘禁者が子どもを連れて入所するのは、服役期間中に子どもの面倒をみる家族がいない、第三者に養育を託するだけの経済的余裕がないなどといった理由によるわけですが、刑務所では、基礎的栄養や養育環境などの点で特別な配慮が一切なされておらず、肉体的・精神的発達にとって大変重要な時期にある乳幼児にとって、あまりにも過酷な生活環境であると言わざるを得ないものでした。
この刑務所には、罪を犯した19歳以下の未成年者約50名(うち13歳から18歳以下の子どもの数は約20人)も収容されていますが、彼らは、劣悪な衛生状態の下、成人の被拘禁者と同じ雑居房に収容されており、運動や食事、教育などの面で、心身の発達に応じた特別な扱いがなされていないことは極めて問題であると感じました。
なお、カンボジアでは、少年法が存在せず、少年の審判を担う家庭裁判所も設置されていないため(少年法については、現在、起草作業が進められています)、少年も成人と同様の刑事手続きの中で裁かれ、処罰を受けることになります。少年であることは情状において考慮されるにとどまり、保護主義の視点を欠いた少年司法の運用の実態は大きな問題であるということができます。

【NGOの取り組みについて】
この刑務所では、人身売買に関する取り組みのところでもご紹介した国境なき子どもたち(KNK)によって、未成年の収容者を対象とした識字教育(基礎的な読み書き・計算、衛生教育等)と、絵画・編み物等を中心とした職業訓練等が行われています。KNK以外には、カンボジアの人権NGOであるLICADHOが、刑務所における人権状況のモニタリング、被収容者へのインタビュー、定期報告書の作成・アドボカシーなどの活動を行っていますが、その他には、刑務所の人権状況の改善に向けた活動を展開する団体は特に存在しないとのことでした。

【HRNの今後の取り組みについて】
 今回の刑務所調査は、厳しい制約の下、国境なき子どもたちの配慮により実現したものでしたが、短時間であったにもかかわらず、被拘禁者の処遇に関する国際的な人権基準から余りにかけ離れたものと言わざるを得ない実態を知ることができ、大変有意義なものとなりました。今後は、HRNとして、現地のNGOとも連携しながら、刑務所における人権状況の監視を継続的に行っていく必要があると強く感じました。

(HRN事務局 弁護士 芝池俊輝)