【要請】クメール・ルージュ特別法廷(ECCC)に関する資金拠出についての要請(2007/12/12)

外務大臣 高村 正彦 殿

 

2007年12月12日 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)

 

要 請 内 容

 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、日本政府が、クメール・ルージュ特別法廷(ECCC)に関する資金拠出の前提条件として、以下の行動をとるよう要請いたします

1) ECCCにおける「腐敗」は、決して容認できないものであることについて、日本政府としての明確な立場を、公に、かつ、繰り返し述べると共に、その予防のための具体的な取組みをECCCに求めること

ECCCのカンボジア人スタッフ(裁判官を含む)は、同法廷で職を得るのと引き換えに、給与の一定額(たとえば25%)を、カンボジア政府に納付している( いわゆる「キックバック」)と、国際NGOや現地新聞が報じている。国、そして「法の支配」を実現すべきECCCにおいて、このようなキックバック問題が事実であるとすれば重大な問題であり、またこれに限らず、あらゆる腐敗・汚職は許されないことは当然である。
ECCCは、キックバックなどの汚職・腐敗行為が違法であり、許されないものであることについて、ECCCの司法官・責任者らによる声明を公表すること、オンブズマン制度など匿名内部通報制度の確立、などの具体的取組みをすべきである。

2) 日本政府として、または、他のドナー国と共同で、ECCCにおける腐敗の防止とともに、その人事労務面・透明性・リーダーシップの改善・強化など、既に指摘されている様々な内部運営面での課題について、その改善策の実施状況を判定する基準ないし指標を設定し、これに照らした定期的な評価を行い、これと資金拠出を連動させること
ドナー諸国による運営委員会を設置し、評価作業等を担わせるものとすることが、その有効な方法として考えられる。

 

3) 国連事務総長に、ハイレベル(SRSGないしUSGレベル)の特別アドバイザーをECCCのために任命するよう求めること

 

要 請 の 理 由

 

 クメール・ルージュ(ポル・ポト派)政権期の責任者らの重大犯罪を裁くためのカンボジア特別法廷(ECCC)では、本年6月に内部規則が採択され、被害者参加制度も明定された。さらに、本年11月までに、5人の被疑者(Kaing Guek Eav, Nuon Chea, Ieng Sary, Ieng Thirith, Khieu Samphan)に対する司法捜査が始まり、かつ、身柄拘束がなされている。
 

 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、2006年9月に意見書「被害者に正義を―カンボジア特別法廷についての基本的論点」を発表し、被害者参加に焦点をあてつつ、ECCCの動きを注視し、同年10月カンボジア現地調査をはじめ、関係者との意見交換を重ね、2007年11月には、2度目の現地訪問を行ったところである。

 

 1990年代まで紛争・内戦を経験し、クメール・ルージュ政権期にとりわけ深い傷を負ったカンボジアは、なおそこから立ち直ろうとする途上にある。その中で進むECCCのプロセスは、正義の実現、不処罰の克服といった点で、紛争後の社会の再構築における極めて重要かつ実践的な意味を有するステップとなる「可能性」を有している。進行中のプロセスを受けて、裁判所関係者だけでなく、被害を受けたカンボジアの市民が、その「可能性」を徐々に実感しつつある。その「可能性」は、ECCCの手続そのものだけでなく、これを取り巻く様々な市民社会の活動によって補完され、また、それらの活動を促してもいる。HRNが提言してきた被害者参加制度、とくに付帯私訴手続きは、申立てが始まったばかりの段階であるが、様々な側面で、ECCCにおいて重要な機能を果たすものであることが認識されつつある。

 

 さらに、ECCCはカンボジアにおける一般的な司法システムの改善・発展、能力強化の観点からも大きな「可能性」を有していると言える。

 しかしながら、こういったECCCの「可能性」は、ECCCが成功しなかった場合の負の影響の大きさをも示す。この関連で、近時、UNDPの監査報告書や、UNAKRTの専門家評価によって解決すべき問題として指摘された様々な事柄は看過できないものであり、また、NGO等によって指摘されているキック・バック問題など腐敗・汚職は、決して許されてはならないものである。

他方、このような状況下で、ECCCは、内部規則の採択の遅れや、当初予算で全くまたは不十分にしかカバーされていなかった事項のために、その資金が来年にも不足することになると伝えられている。たしかに、裁判手続の完了が2009年以降になると想定されることに加えて、被害者ユニットや証人保護ユニットにおける専門的なスタッフの確保、国際法律スタッフのカンボジア法訓練、カンボジア法律スタッフの国際法訓練、裁判手続の逐語的記録、通訳・翻訳の強化、法廷設備の整備、カンボジア全土におけるアウトリーチの取組みなどは、ECCCの成功のために、必要不可欠であろう。
まさに、ECCCは、極めて重大な局面を迎えており、日本政府の姿勢と行動が、カンボジア及び国際社会から、大きく注目され、問われている。

言うまでもなく、日本は、ECCCにおける最大のドナー国である。すなわち、ECCC予算の国連側負担金のほぼ半額を拠出し、また、カンボジア側負担金に充てられる国連トラストファンドの一拠出国でもあった。と同時に、今後、国連ないしカンボジア政府から、追加の拠出要請を受ける立場でもある。その動向が与える影響は非常に大きい。
ここで日本政府が、上に述べたような様々な問題に対して、明確な立場と、それに基づく具体的な行動をとることができなかったならば、取り返しのつかない禍根をECCC及びカンボジアに、そして国際社会に残すことになると考えざるを得ない。

 以上の理由から、ECCCにおける予算・資金が焦点となっているこの決定的な局面で、ECCCが有する「可能性」の実現、所期の目的の達成のために、日本政府は「要請内容」に記載した行動をとるよう、HRNは強く要請する。

 

 このうち、2)に述べた人事労務面・透明性・リーダーシップの問題は、UNDP監査報告書やUNAKRT専門家評価が、ECCC職員の募集・採用手続の不備、採用基準に合致していない者が採用されていること、基準と能力に応じて人件費が支給されていないこと、採用手続が不透明であること、カンボジア側、国連側が事実上別々の組織として動いていることなどを詳細に指摘している。
こうした問題を改善するためには、人事労務面では、スタッフ再募集などを通じ、適切な形で、採用基準に合致したスタッフを確保すること、基準と能力に応じた人件費の支給、国際側・カンボジア側の両責任者の採用手続への関与と採用手続の記録化など、透明性については、発行・提出された訴訟書面の即時公表、予算・支出状況の定期的な公表、定期的な記者会見の実施など、リーダーシップの確立には、上司への報告体制の改善(二重性の解消)、有能かつ司法運営に通じた国際側スタッフの責任者の採用、などの改善策が必要である。

 なお、要請の趣旨として掲げた、1)ないし3)の措置の実施(ECCCによる実施、特別アドバイザーの任務実施を含む)にあたっては、カンボジアは当事国であると共に、ECCCの所期の目的を実現するために国連と協働するパートナーであることを踏まえ、カンボジアスタッフに対する適切な配慮と、公正・公平でバランスの取れた評価・取扱いを行うことに留意がなされ、あわせて、カンボジアにおける司法関連の人的能力強化の側面にも留意される必要があることを付言する。
上記に指摘した汚職・腐敗等の問題には、予算配分上は、直接には日本政府拠出金と関わりのない件が一部に含まれている。

 

しかし、日本政府が国民の税金を原資としてECCCの運営に対し多額の資金拠出を行っている以上、汚職・腐敗という法廷の信用性の根幹にかかわる問題を見過ごすことは許されない。腐敗が蔓延したもとでは真の正義は実現し得ないのであり、日本政府は、ECCCが全体として国際基準に合致した、透明で、腐敗のない法廷であることを確保するための役割を果たすべきである。
ECCCは、カンボジア国民のための平和構築プロセスに真に貢献し、また、その司法システムの強化・改善に貢献するものでなくてはならないのであり、日本政府は、この基本的な考え方に立ち、汚職・腐敗、透明性確保などの課題について、事態の打開のために、積極的な役割を果たすべきであると考える。

以上