(*)HRNでは基本的には「ビルマ」の呼称を使用しつつ、国連ニュースや国連関係文書の翻訳・紹介の際には、原文の用法に従い「ミャンマー」と表記しています。
2006年9月 21日に,ミャンマーの人権状況に関する特別報告者のパウロ・セルジオ・ピニエイロ氏が、ミャンマーの人権状況を国連総会に報告しました(A/61/349)。この報告は,主に2006年2月から9月の期間のミャンマーの人権状況を扱っています。
ミャンマーの人権状況に関する特別報告者の任務は、1992年に設立されました。ピニエイロ氏は、2000年に任命されて以来,6回ミャンマーを訪問しましたが,2003年11月以降、ミャンマーにおいて現地調査を行うことを許可されていません。そのため,それ以後は,近隣諸国やNGOなどの様々な独立した信頼できる情報源から情報を収集し、任務を果たしています。
ピニエイロ氏は,今回の報告で、ミャンマーにおいて,国民和解と民主化のための7段階の「ロードマップ(行程表)」において提案された改革のプロセスは,過去2年の間,厳しく制限されてきたことを報告しています。そして,国連総会や人権委員会が,国民会議を民主的に構成することを繰り返し勧告してきたにもかかわらず,国民会議への国民民主連盟(NLD)や少数民族政党の効果的な参加がなく,憲法起草過程が透明性を欠いていることを指摘しています。
また,ピニエイロ氏は,国連事務総長を含む国際社会の各方面からの要求にもかかわらず、2006年5月27日に,アウンサンスーチーの自宅軟禁が12ヶ月間延長されたこと,2006年8月末の時点で政治囚の数が1185人と推定されていること,2006年4月から7月の間に1038人のNLD党員が脅迫を受け離党を強要されたことが同氏に報告されていることを伝え,これらの事実について強い懸念を示しています。その上で,国民和解には政治的な代表者の間での意味のある包括的な対話が必要であること,国民和解とミャンマーの安定は、政治的指導者の逮捕や勾留、基本的な自由の継続的な制限により得られることはないことを述べています。
このような反対政党の党員や人権活動家の迫害は、民主化への「ロードマップ」による真の体制移行の実現に、あまりに多くの阻害要因があることを示しているとピニエイロ氏は指摘しています。同氏は,過去の報告では,ロードマップは、政治体制移行のために積極的な役割を果たしうることを認めていましたが,今回の報告書では,ロードマップが当初の積極的な勢いを明らかに失っていることに遺憾の意を表明しています。
さらに,ピニエイロ氏は,ミャンマーにおける刑事手続の差別的な運用の問題も詳しく報告しています。同氏は,同氏のもとに,ミャンマーにおける拷問,強制移住,性的暴力,児童の徴兵などの広範で組織的な人権侵害が報告されているにもかかわらず,これらの人権侵害がミャンマー政府によって調査・訴追されていないことを述べています。同氏は,2003年5月にスーチー一行が暴徒に襲われたディペイン事件の例に顕著にみられる反体制的な立場に対する犯罪行為,その他、女性に対する性的暴力,強制労働など特定の人権侵害が調査・訴追されていないことを指摘し,このような刑事手続の差別的な運用が広範囲に及んでいることが,人権保障の実現の大きな阻害要因となっていると述べています。また,同氏は、ミャンマー政府には,国際法上,重大な人権侵害を徹底的に調査し,その責任者を訴追・処罰する義務があると述べています。
加えて,ピニエイロ氏は,重大な人権侵害が、国家平和開発評議会の確立された構造の中で容認され、調査・訴追されないだけでなく、法律に基づく制裁によって正当化されてしまっていることも指摘しています。同氏は、ミャンマー政府が法制度を継続的に悪用することが,ミャンマーにおける法の支配の実現を妨げ、市民の基本的自由を脅かす主要な要因となっていることについて強い懸念を表明しています。特に、同氏は,政敵や人権活動家、人権侵害の被害者の基本的自由の行使を犯罪とすることについては重大な懸念を持っていると述べています。
ピニエイロ氏は、カレン州やミャンマー東部の少数派民族居住地域などにおいて、2005年末からの軍隊による攻撃により,大規模な強制立ち退きが生じていることも報告しています。カレン州については,2006年初めからの軍事行動により,1万8000人が避難民となり,そのうち3000人がタイへと逃れたとの事実を報告しています。また,東部ミャンマーにおける国内避難民の総数は,帰還と再定住を少なく予想した場合,合計54万人になるとも報告されていいます。
この事態について,同氏は,ミャンマー政府は,国内避難民の存在を否定しているため,国連や他の人道機関の国内避難民へのアクセスは厳しく制限されていることを報告しています。また,軍隊の非武装民間人への攻撃は非常に深刻な問題であり,ミャンマー政府は,国際人道法に基づき,武力紛争から民間人を保護し,民間人が軍事行動の攻撃対象となることを止めるため適切な措置をとる必要があるとの意見を述べています。同氏は,現在の軍事行動の規模を考慮すると,すぐに適切な措置がとられなければ,人道的な危機に発展すると警告しています。
なお、ピニエイロ氏は,2006年9月16日に,安全保障理事会が,ミャンマーを安全保障理事会の議題として取り上げるとの決議をしたことに留意し,安全保障理事会での今後の議論が,ミャンマーの民主主義への移行プロセスの進展を速めることを信じているとも述べています。
ピニエイロ氏の報告は、最後に、①政治囚の釈放とNLD党員及び少数民族集団の代表者の迫害の停止を要請し(appeal),②NLDや少数民族集団の代表者を含む全ての政治的な主体との対話の再開を推奨し(encourage),③刑事手続の差別的な運用の是正を勧告し(recommend),④人権活動家や人権侵害の被害者などの基本的な自由の平和的な行使を犯罪として処罰することをやめることを要求し(call upon),⑤国際人道法に基づく武力紛争から市民を保護する義務を尊重することを要求する(call upon)などしています。
※報告の全文は、以下のURLより。 http://daccessdds.un.org/doc/UNDOC/GEN/N06/578/01/PDF/N0657801.pdf?OpenElement