【国際人権先例・CERD】2003/No.30 ノルウェー

The Jewish community of Oslo et al.  v  Norway

通報日

見解採択日

文書発行日

通報番号

17/06/2003

15/08/2005

22/08/2005

No.30/2003

全文

http://www.unhchr.ch/tbs/doc.nsf/MasterFrameView/b0f01303db356e96c125714c004eb10f?Opendocument

手続上の論点 

集団による通報にあたるか(141) 侵害の被害者にあたるか(141) 

国内的な救済措置を尽くしたか(142項)

実体上の論点

人種的優越主義に基づく差別・扇動の禁止(4条)、人種差別に対する救済(6条)

通報者の主張

 20008月オスロ近郊の町で、ナチスのルドルフ・ヘスを記念する行進の指導者Sが演説を行なった。「(移民やユダヤ人は)我が国家の財産を吸い上げて空っぽにし、それを不道徳で非ノルウェー的思考にすりかえようとしている」「親愛なるヒトラー総統ならびにルドルフ・ヘスは、自らが信じる物のために牢に囚われた」「我々は彼らの志を継ぎ()国家社会主義に基づくノルウェーのために戦う」。この後約1年間、親ナチス集団による暴力事件が頻発した。個人又は集団に対し信条、人種、肌の色又は民族的若しくは種族的出身により、威嚇や迫害等を行うことを禁じたノルウェー刑法典の規定に基づいて、オスロ地検はSを訴追。一審無罪、二審有罪の後、最高裁は、ナチズムへの賛同を罰することは行き過ぎであり表現の自由に対する権利と両立しない、として無罪を言い渡した(11対6)。国内のユダヤ人教団、反人種差別団体の代表者からなる請願者の主張は以下のとおり。

1)       最高裁判決により、人種差別・人種的憎悪思想の流布やそれらの扇動から保護される余地がなくなった。判決は、人種差別主義の唱道から保護する任務を民間機関に移し、人種差別の対象となった者に新たな負担を課すものである。

2)       特定集団内の個々人の権利に直接影響するような法的レジームが存在すればその集団のすべての構成員は「被害者」となる(規約人権委員会先例同旨)。それ故、行進の参加者と対峙していない請願者も「被害者」となり得る。

3)       被害者になる可能性がある者が人権侵害を訴える権利も認められるべきである(欧州人権裁判所判例同旨)。

4)       委員会の一般的勧告153項違反がある。

当事国の主張

1) 許容性について

     請願者の通報は、国内法と条約第4条の関係性を委員会に評価してもらうことを目的とした民衆訴訟に等しく、このような一般的性質の問題は報告手続で扱われるべきである。

     請願した団体は、第14条1項でいうところの「集団」にあたらない。

     国内裁判において請願者が原告となっておらず、国内的救済措置を尽くしたことにならない。

     委員会の先例と異なり、人種差別発言は明らかに当事者に向けられたものでないため第5条の実体的権利に否定的影響を及ぼしておらず、第14条1項でいう「被害者」に当たらない。

2) 本案について

     裁判所の決定は第4条の「十分な考慮」条項を考慮に入れており、条約上の締約国の義務と一致している。

     4条の適用にあたっては、人種差別からの保護の権利と表現の自由に対する権利のバランスが必要であるとの認識をもって一般的意見15を解釈すべきである。

     委員会は請願者を「潜在的被害者の範疇」にあるとするが、近時の国内法改正においては人種差別的思考の流布に対する保護が強化されており、改正により潜在的被害者とはいえなくなる。 

委員会の見解

1) 許容性について

通報者の主張は十分に具体性を有しており、本通報は許容される。

2)       本案について

     S氏の発言が論理的でないことは、第4条に違反するか否かの評価には関連しない。

     発言は人種的優越・憎悪思想を含み、ナチスへの敬意は人種差別の扇動にあたるため、4条が禁止する対象となる。

     人種主義発言などの事案では表現の自由の保障は低いレベルに過ぎない。

     4条の「十分な考慮」条項は、世界人権宣言が規定するすべての原則に関連するものであるから、第4条の文脈において表現の自由が果たす役割を限定したとしても「十分な考慮」条項が無意味になるわけではない。

     侮辱的・攻撃的な本件発言が「十分な考慮」条項により保護されず、最高裁判所がS氏を無罪としたことは第4条に違反し、それ故第6条に違反すると結論する。