【報告書】カンボジア調査報告書「人々から土地が奪われている」を公表しました。

カンボジアでは現在、「開発」の影で、多くの人々が生まれ育ったかけがえのない土地を奪われ、土地・居住権を奪われる人口が年々増加しています。そして、土地の強制立ち退きに抗議する住民たちに対する公権力の人権侵害も深刻化しています。

HRNカンボジア土地紛争報告書.pdf

英語版
Statement Cambodia land issues.pdf
 

カンボジア 

土地に対する権利のはく奪と関連する人権侵害・

人権活動家への攻撃をただちに停止すべき

               

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ

1   カンボジアでは現在、「開発」の影で、多くの人々が生まれ育ったかけがえのない土地を奪われ、土地・居住権を奪われる人口が年々増加している。そして、土地の強制立ち退きに抗議する住民たちに対する公権力の人権侵害も深刻化している。

東京に本拠を置く、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、人権侵害を調査するため、2012年6月、事実調査ミッションをカンボジアに派遣した。HRNは、事実調査の結果に基づく約60ページにわたる調査報告書を本日公表した。

2  カンボジア政府は、国土の夥しい面積を「経済的コンセッション」等のかたちで私企業に長期間貸付け、私企業の経済活動を促進してきた。しかし、開発の対象となる土地の多くで、長年住み続けた人たちが強制立ち退きを余儀なくされている。

2011年に施行されたカンボジア民法や2001年に施行された土地法が、長年土地に住み続けた占有者に正当な権利者としての保護を規定しているにも関わらず、住民は何らの補償もないまま、ある日突然暴力的な強制退去を余儀なくされ、家と財産を瞬時に失っている。

こうした土地政策に抵抗・抗議する住民たちの動きに対し、カンボジア政府等は軍隊の派遣、暴力的手段による鎮圧、不当逮捕・訴追、人権活動家に対する攻撃と脅迫という強権的な手段に訴え、深刻な人権侵害を行っている。

3   2012年5月16日、クラティエ州ブロマ村では、強制立ち退きに反対する人々を弾圧・逮捕するために動員された軍・警察の銃撃を受けて、何の罪もない14歳の少女が殺害された。

HRNの事実調査団が、殺害を目撃していた遺族等にインタビューを行った結果、軍が少女の住む民家に向けて発砲したこと、これが、土地紛争の当事者である住民に対する大量の軍・警察関係者による銃撃の一環としてなされ、軍・警察が住民に対し銃を向けて攻撃していたことが明らかになった。こうした行為は、住民の一部の者に対する逮捕の一環としての有形力の行使であるとカンボジア政府は主張するが、逮捕に伴う有形力行使の範囲を明らかに逸脱している。少女への殺害は軍が責任を負う超法規的殺害であり、住民への銃の使用による攻撃も違法なものであって、到底許されない。

同時に、クラティエ州では、土地法上の面積制限を逸脱した、大規模の経済的コンセッションが実施され、土地法で義務付けられている環境アセスメントや住民との協議もなされていないことが判明した。

HRNは、土地紛争について適正手続をとることなく、暴力によって事態を解決しようとするカンボジア政府、州の対応に深刻な懸念を表明する。

4  HRNの事実調査団は、プノンペンのボライケイラ地区、ボンコク湖周辺の住民からも事情を聴取した。

プノンペンのボライケイラ地域の事案では、社会的土地コンセッションを得た企業が明確な契約違反をし、土地に居住していた住民に約束した移転先の住宅を建設しなかった。住民が移転もできずにもとの居住地で生活していた2012年1月3日、何の警告も事前協議もなく、軍・警察が動員されて、住民に有形力を行使し、家屋を破壊して暴力的な強制立ち退きを強行し、抵抗する住民を超法規的に拘禁した。現在に至るも、市は住民の正当な権利主張を認めず、住民が占有を証する証拠がある主張しても取り合わない。住民たちは行き場を失い、極めて劣悪な環境で生活を余儀なくされている。

ボンコク湖の事案においては、本来経済的コンセッションが認められないはずの国有公有地がコンセッションの対象となり、国有公用地の形状変更が許されないという法に違反して湖が埋め立てられた。そして、住民たちには何らの協議もないまま、突然居住してきた湖が埋め立てられ、人々は住む家や財産を失ったものである。

5  クラティエ州、プノンペンで聴き取りを行った事案で共通して訴えられた点は、住民とのコンセンサスが十分になく、適切な補償もされないまま、ある日突然、軍・警察によって極めて乱暴な強制立ち退きと家屋破壊、財産の侵害がなされ、深刻な暴力行為の被害にもあっていることである。

社会権規約により保障される居住権は、強制立ち退きを原則として禁止するものであり、強制立ち退きは、① 影響を受ける住民に対する事前協議と立ち退きに代わる案の追求、② 立ち退きの合理性と均衡性、適切な補償の権利の保障、③裁判所の令状等の法的手続きの履行、④ 立ち退きに先立つ住民との協議と事前告知等の手続保障、⑤ 立ち退きにより家を失う脆弱な者が発生する事を避けるための住居・代替地の保障などが必要とされている(社会権規約一般的見解4,7) 。ところが、調査団の調査した事案では、こうした権利がことごとく踏みにじられていた。

そして、住民たちは、単に平和的な抗議活動を行っただけで、弾圧され、暴行を受け、逮捕されるに至っている。例えば、ボンコク湖においては、平和的な抗議行動をした13人の女性が大量の軍に取り囲まれて暴行を受けた挙句に不当逮捕された。この過程で、72歳の無抵抗の女性が強制連行され、軍が妊婦の腹を蹴るなどの明らかな人権侵害が行われた。

武力を用いて、国民の正当な表現活動を弾圧する行為は、カンボジア国憲法第41条及び自由権規約に保障されている表現の自由に対する重大な侵害である。そして、市民に対する有形力の行為を正当化する理由は何ら存在せず、許されない人権侵害である。

6  フン・セン首相の最近の政令により、経済的コンセッションはいったん停止し、経済的コンセッションよりも住民の権利を優先する政策が打ち出された。しかしながら、少なくとも調査団がボンコク湖周辺でみた光景は、現場でこうした政策が実施されていないことを明瞭に示している。 他方、政府は、耕作地の経営と使用に関する法律案(Cambodia’s Draft Law on the Management and Use of Agricultural Land)の起草を進めている。その内容には、2001年土地法上の経済的コンセッションの条件である面積の上限や、環境アセスメント、事前の協議などの規制が全く存在せず、はるかに安易な賃貸が可能となる。仮に経済的コンセッションが規制されるとしても、このような新たな法律により、農民の土地を奪う根拠法令が提供されるとすれば、問題は解決するどころか悪化する危険性すらある。

7  人権活動家に対する攻撃と不当な逮捕・訴追

今回の調査対象となったすべての事件において、土地を守るために立ち上がり、平和的な抗議活動を続けてきた住民や住民の立場を守るために活動する人権擁護団体、社会活動家が、直接的な国家による暴力の対象とされ、また、逮捕・勾留・訴追されている。

ボンコク湖の13人の女性たちは、国内法、国際人権法上の刑事被告人に対する権利・手続保障をして何ら保障されることなく不公正な非公開の即決裁判で有罪判決を受けた。ボライケイラの住民は、市役所前で抗議運動を行っただけで、超法規的に逮捕・拘束され、その後も何らの司法審査も受けなかったもので、明らかに恣意的拘禁に該当する。

また、クラティエ州では、経済的土地コンセッションを進めようとする企業と対峙して土地を守ろうとした農夫は不当逮捕され、電気ショックを含む拷問を少なくとも三回受けた挙句、即決裁判で有罪とされた。拷問、恣意的拘禁を禁止し、公正な裁判を受ける権利を保障する国際人権法(自由権規約7条、9条、14条)に対する重大な違反が認められる。

さらに、調査団の調査後の7月15日、Kratie州で住民の土地の権利を守る活動を展開したとされているDemocratic AssociationというNGO代表であるMam Sonando氏が逮捕・訴追された。

さらに8月には、ADHOCのChan Soveth氏が、「実行犯に対する幇助罪」でプノンペン地方裁判所に召喚された。ADHOCは長年にわたり非暴力的な人権活動を展開してきた人権団体であり、その訴追には重大な疑念がある。

市民の土地に対する権利を守る活動の最前線に立つ人権・社会活動家に対するこうした不当な訴追は、人権活動家に対する最悪の形態の脅迫・攻撃である。ヒューマンライツ・ナウは、今も続く、人権活動家への不当な弾圧・威嚇に強く抗議する。

8   調査の結果を受け、ヒューマンライツ・ナウは、以下の通り要請する。

(カンボジア政府、州政府、地方自治体に対して)

1 カンボジア政府、州政府、地方自治体は、強制的な立ち退きを一切行わないこと。

2 立ち退きにあたっての軍・警察の出動と有形力の行使を一切禁止し、軍・警察の違法行為に対し、厳正に調査し、処罰し、暴力の犠牲者に補償すること。

3 立ち退きにあたって、裁判所の確定判決や行政命令等、司法手続きを明確に遵守し、私人による自力執行を禁止し、これに軍・警察が加担しないようにすること

4 土地を奪われ、家を破壊され、財産を失った者に対して、適切な補償を行うこと。また、居住地を奪われた者には、国際基準に合致した代替地を速やかに提供すること

5 土地の権利に関する平和的な住民の抗議活動を含め、表現、集会、結社の自由に対する不当な弾圧や不当逮捕をただちに停止すること

6 土地の権利に関連するすべての逮捕事案について、拷問、恣意的拘禁等、国際人権法違反事案について調査し、被害者に補償すること

7 2001年土地法に基づき、明白、平穏、公然、継続、善意の占有を続けてきた者に対する所有権登記を速やかに実施し、国民の土地に対する正当な権利を保障すること。また、占有権に関する登記に対する遅滞を抜本的に改善し、占有権を保障すること

8 土地に対する市民の権利確保が十分でない事態を放置したまま、新たに住民の権利を危険に晒すことになるような、農地の賃借に関する法律等、いかなる法律制定も行わないこと

9 ボンコク湖周辺住民、ボライケイラ住民に対し、速やかに居住権を保障すること

10 土地の権利のために活動する人権活動家、社会活動家に対する一切の不当逮捕・不当な訴追をやめること

(カンボジア司法当局に対して)

1 無罪推定原則、裁判の公開、弁護人選任権の保障、証人尋問権、訴訟記録へのアクセス・準備期間の保障等の防御権の保障を含む、被疑者・被告人に関する国際人権法を遵守し、公正な刑事裁判を受ける権利を保障すること

2 司法の独立を確保し、行政権力の違法行為をコントロールする役割を積極的に果たすこと。土地の権利のために活動する人権活動家、社会活動家に対する不当逮捕・不当な訴追に対し、独立した立場から公正な判断を下し、人権弾圧を追認する役割を果たさないこと

(カンボジア国内のビジネス・セクター、国際的なビジネス・コミュニティに対して)

1 カンボジアにおける土地開発において、住民の居住権が侵害されている事態に鑑み、土地の利用を含むプロジェクト開始にあたっては、事前にアセスメントを行い、土地の利用状況を確認したうえでプロジェクトを開始することとし、住民が居住、耕作を行っている土地での開発行為を行わないこと

2 企業と人権に関する国連指導原則(Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework(A/HRC/17/31, 21 March 2011) を遵守し、人権侵害を起こさないための相当な注意義務(デューディリジェンス義務)を果たすこと

(国際社会、とりわけドナー国に対して)

1 国際社会、ドナー国としての影響力を行使し、住民の居住権、土地に対する権利を保護する措置を取るよう、カンボジア政府に働きかけること。不当な開発が継続する間は関連する資金供与を停止することも含め、適切な対応をとること。

2 カンボジア政府による土地の権利に関連する軍の出動、強制立ち退き、市民に対する有形力の行使や不当逮捕に迅速に抗議し、人権活動家に対する弾圧から人権活動家を保護するためのあらゆる措置をとること

 

カンボジア土地紛争Statement 2012.8.22.doc