【声明】「侵略の定義は定まっていない」との日本政府の一連の発言に抗議する。

ヒューマンライツ・ナウは、本日8/2付で下記の声明を発表し、

安倍晋三総理大臣、麻生太郎副総理大臣、菅義偉官房長官宛てに
送付いたしました。
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 【 声明 】
「侵略の定義は定まっていない」との日本政府の一連の発言に抗議する。
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1        侵略の定義に関する昨今の発言

安倍晋三首相は本年4月22日、参議院予算委員会で、侵略戦争を謝罪した村山富市首相談話について「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と表明し、また翌23日の同委員会では、日本の植民地支配や侵略をめぐり、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と述べた。その後安倍首相は内外の反発を受けて、5月15日には「侵略しなかったと言ったことは一度もない」として村山談話を踏襲する旨の軌道修正を行った。

しかし安倍首相は、5月24日付の国会質問主意書への答弁で「国際法上の侵略の定義については様々な議論が行われており、お尋ねについては確立された定義を含めお答えすることは困難」「国際法上の侵略の定義については様々な議論が行われており、確立された定義があるとは承知していない」「国際連合総会決議第三千三百十四号及び国際刑事裁判所に関するローマ規程に関する御指摘の改正決議が「国際的な合意」に相当するかどうかについて、一概にお答えすることは困難である。」などと回答した[1]。外務省もこの見解に従っている[2]。

こうした一連の発言は、国際法、そして日本も参加して形成された重要な国際的コンセンサスに反するものであり、東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、こうした発言に抗議する。

2   国連総会決議3314

1974年、国連第29回総会において、「侵略の定義に関する決議」が日本も賛成して採択されている(決議3314(XXIX))。決議では第1条が、侵略の一般的な定義を一国が他国の主権、領土保全もしくは政治的独立に対して武力を行使すること、又は国際連合憲章と両立しない他のいずれかの方法により武力を行使することをいう」と定義し、第3条は「次の行為はいずれも、宣戦布告の有無に関わりなく、第2条の規定に従うことを条件に、侵略行為とみなされる」とし、以下の具体的行為を列挙する。

(a)一国の軍隊による他国領域への侵入もしくは攻撃、又は、一時的なものにせよ、右の侵入もしくは攻撃の結果生ずる軍事占領、又は武力行使による他国の領域もしくはその一部の併合

(b)一国の軍隊による他国の領域に対する爆撃、又は、国による他国の領域に対する武器の使用

(c)一国の軍隊による他国の港又は沿岸の封鎖

(d)一国の軍隊による他国の陸軍、海軍もしくは空軍、又は商船隊及び航空隊に対する攻撃

(e)受入国との合意に基づいてその領域内にある他国の軍隊を、協定に定められた条件に違反して使用すること、又は協定の終了後も右の領域で他国の軍隊が駐留を延長すること

(f)他国の自由に任せた一国の領域が右の他国によって第三国に対して侵略行為をなすために使用されるのを許すに際しての、右の国の行為

(g)右に掲げた行為に相当するほどの重大な武力行為を他国に対して行う武装した一隊、集団、不正規軍もしくは傭兵が一国により又はその国のために派遣されること、又はそれに国が実質的に関わること

この決議に賛成票を投じた日本が、国際的な侵略の定義は存在しないかのような主張をすることは、国連加盟国として憲章上の義務を誠実に履行する義務(憲章2条2項)に合致するものではない。安倍首相の国会答弁は、日本も賛成した国連総会決議について「国際的な合意」と認めることを拒絶しているものであり、見過ごすことはできない。

3  国際刑事裁判所規程再検討会議

2010年にウガンダで開催された、国際刑事裁判所「ローマ規程」に関する再検討会議は、国際刑事裁判所が侵略犯罪に対して管轄権を行使する前提として、侵略罪の定義を明確にした。

ローマ規程8条の2は、侵略犯罪の定義の前提として、「侵略の行為」とは、他国の主権、領土保全または政治的独立に対する一国による武力の行使、または国際連合憲章と両立しない他のいかなる方法によるものをいう。」とし、「以下のいかなる行為も、宣戦布告に関わりなく、1974年12月14日の国際連合総会決議3314(XXIX)に一致して、侵略の行為とみなすものとする」として、決議3314第3条(a)から(g)と同一の定義の行為を列挙した[3]。ローマ規程8条の2は決議3314と異なり、安保理の認定について何らの言及もしておらず、侵略の認定を安保理の認定にかからしめないとした点で、重要である。

日本は、本会合に参加して積極的役割を果たしており、「(イ)第二次大戦以降長らく議論されてきた侵略犯罪の法典化が達成されたことは歴史的意義を有する。 (ロ)今回採択された改正規程は、一定の条件が満たされれば、将来ICCが安保理の侵略行為の認定なしに侵略犯罪の管轄権を行使することを認める内容となっている。これまで安保理常任理事国が安保理の認定権限を最優先する対応をとっていたことからすれば、画期的な合意内容と言える」と評価している[4]。安倍首相の答弁は、日本も参加して行われた国際刑事裁判所規程検討会議の合意内容を貶めるものである。

4  不戦条約

 第二次世界大戦前にさかのぼれば、1928年に締結された「戦争放棄に関する条約」、(いわゆる「不戦条約」。ケロッグ=ブリアン規約ともよばれる)は、「国際紛争の解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互の関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄すること」を各締約国は厳粛に宣言すると規定している(1条)。本条約の締結にあたっても、国家は自国領域が攻撃を受けた場合に自衛のための戦争に訴える権利があることは前提とされていたものの、自衛以外の、「国家の政策の手段としての戦争」は、本条約によってすべて違法化されるに至った。本条約は1929年に発効し、日本を含む当時のほとんどすべての国によって広く受け入れられた。日本は、1929年にこの不戦条約を批准したにもかかわらず、1931年に「満州事変」を起こし、満州「事変」は宣戦布告によって始まる正式な「戦争」でないと主張するとともに、これは中国における日本の権益を擁護するための自衛戦争であって不戦条約の違反ではないと主張した。しかし、当時、国際連盟で日本の立場を支持する国はなく、連盟は、満州事変は日本の自衛戦争にはあたらないというリットン調査団報告書に基づき、42対1(日本)、棄権1の多数で日本の撤退を求める決議を採択した[5]。

安倍首相の発言の主旨が、仮に戦前の国際法についてのものであるとしても、日本が行った「満州事変」以降の武力行使は、当時の国際法の下でも明白に違法な武力行使、すなわち侵略戦争であるとみなされていたことは動かしえない事実である[6]。

5   侵略の定義はないという安倍首相、及び日本の外務省の見解は、過去約1世紀にわたって国際社会が築き上げ発展させてきた国際法の基本的な原則の存在を著しく軽視・否定するものであり、第二次世界大戦の反省にたって武力行使を原則的に違法とした国連憲章の精神を尊重しないものと言わざるを得ない。こうした立場を公然ととることは、平和を基調とする国際秩序を危うくするものである。

ヒューマンライツ・ナウは、日本政府に対し、国際社会の到達した合意を改めて謙虚に学び、真摯に受け止め、侵略の定義が国際的合意であることを認め、これを尊重し、政府見解を抜本的に修正するよう要請する。

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[1] 2013年5月24日受領 答弁第76号辻元清美議員の質問主意書に対する回答http://www.kiyomi.gr.jp/activity/kokkai/inquiry/a/20130605-954.html

[2] 外務省も、5月8日の横井外務報道官会見において「外務省としまして、総理の答弁につけ加えることはございません。基本的には、これまでも国連において侵略等々についてはさまざまな議論が行われてきたところであり、ただ、現在のところ、少なくとも統一的な見解というものが最終的に決まっているというようには承知しておりません」と述べた。

[3] http://www.icc-cpi.int/NR/rdonlyres/ADD16852-AEE9-4757-ABE7-9CDC7CF02886/283503/RomeStatutEng1.pdf

[4] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icc/rome_kitei1006.html

[5] この結果、日本は自ら国際連盟を脱退し、第二次世界大戦に突入していく。

[6] なお、サンフランシスコ講和条約第11条は「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」すると規定する。同裁判は日本が侵略行為をしたと判断しており、日本は講和条約締結に当たり、この判決を受諾する意思を明確にしている。