【国際人権先例・CAT】2004/No.249 ノルウェー

Mr. Nadeem Ahmad Dar v Norway

通報日

見解採択日

文書発行日

通報番号

29/03/2004

11/05/2007

16/05/2007

No.249/2004

 全文

http://www.unhchr.ch/tbs/doc.nsf/(Symbol)/a59da0e12dd018a5c12572ed004a1e82?Opendocument

手続上の論点 

国内的救済手段を尽くしていないこと(第22条第5項(b))

実体上の論点

個人通報制度の受け入れに伴う加盟国の義務(22条)、拷問等を受ける危険のある国への送還の禁止(3条)、審理中の通報者の送還を禁止した規則108の法的拘束力

通報者の主張

 1) 本案について
 通報者はパキスタンの退役軍人で、「Ahmadi-Muslim」(モハメッドを必ずしも最後の預言者としない宗派)を信仰している。この信仰の結果、通報者はパキスタン国内で命を狙われたり、家を放火されたり、甥が息子と間違われ誘拐される等様々な困難に直面してきた。
 2002年4月23日に通報者は妻と4人の子どもと共にノルウェーに到着し、29日に一時保護を申請した。しかしながら、2003年1月申請は却下され、直ちに控訴したが、これも2004年1月に棄却された。
 控訴棄却後、パキスタンにいる弁護士から、通報者が2002年1月2日、宗教への冒涜(Blesphemy)の罪で告訴されたことを知った。この事実を基に、通報者は再度一時保護を申請したが、「文書は公的なものではなく、文書が遅れて提出されたこともその真正を疑わせる」という理由で、2004年3月1日に申立ては却下された。そこで通報者は、仮に本国に送還されれば、警察による拷問や死刑宣告の危険があり規約3条に違反するとして委員会に通報した。
 2004年4月2日、委員会は本件を受理可能と判断し、通報者をパキスタンに送還しないよう当事国に要請したが、5月10日、通報者は、国外退去を命じられた。2004年6月21日に通報者は訴訟を提起したが、審理中にも係らず、2005年9月22日にパキスタンに送還された。
 その後当事国政府は、在イスラマバードの大使館に調査を命じ、その結果、通報者はパキスタンにおいて違法に訴追される可能性を否定できないとして、3年間の在留許可を与えた。この決定に基づき、2006年3月31日、通報者はノルウェーに戻った。
 これに伴い、通報者は3条に関する主張を取り下げた。しかし、委員会の中間決定を無視して通報者をパキスタンに送還した点は規約22条に違反するとの主張は維持した。
2) 許容性について
 ノルウェーのシステムでは、国内的救済手段を尽くすには2つの行政手続きと4つの司法手続きを採らなければならない。これらの手続きは不当に長く、弁護士費用を賄うことは困難であって、一時保護の申請者にとって「有益な救済手段」とは言えない。また、司法手続自体には送還の執行停止の効果を有していない。従って、行政手続が終了した時点で国内的救済手段を尽くしたと判断できる。

当事国の主張

1) 許容性について
 通報者は未だ司法の判断を受けていないから、国内的救済手段を尽くしていない。
2) 通報者の送還について
  送還の可否は、オスロ市裁判所が、本人や関係者の証言、パキスタンの人権問題の専門家の意見等を聴取して慎重に判断した。更に通報者の送還には警官が同行し、通報者はパスポートの件で当局に質問を受けた後、即日釈放された。最初の申請から送還までは18ヶ月という長い期間があったことを考えれば、通報者の送還は委員会の決定に違反しているとはいえない。
3) 本案について
・ 最も重要なBlesphemyの問題が最初の申請段階では主張されず、その後の主張の中でも様々な点で変遷・矛盾があり通報者の主張は信用できない。提出した文書の真正には疑いが残るし、放火や誘拐の事実等についても具体的な証拠を示さない等、証拠の点でも問題がある。
・ パキスタン国内の「Ahmadi-Muslim」の信者は確かに様々な不利益を被っており、教育や就職では差別を受けることが多いにもかかわらず彼は軍隊で高位についている。
・「Ahmadi-Muslim」の信仰には布教の禁止等法的な制約が課されており、それに違反すると最長3年間の実刑と罰金が科せられ、また一部地域で宗教上、緊張関係を有することも事実である。しかしながらそれは、規約が規定する「迫害」には当たらない。

委員会の見解

1)許容性について
・当事国の司法手続きには執行停止の効果がなく、もし通報者がパキスタンに送還されれば、その被る被害は甚大である。従って、執行停止の効果を持たない司法手続きは、通報者の送還の可能性という観点から、「有益な救済手段(effective remedies)」には当たらないと判断する。
・通報者の主張は十分に根拠がある。
 よって本件は受理可能と判断する。
2) 本案について
・3条違反の主張の取り下げを認める。
・2005年11月14日に委員会は本件受理可能と判断した。ところが、通報者はそれに先立つ9月21日に、委員会の中間決定を無視して送還されており、しかも、当事国はその事実を2006年1月16日まで委員会に報告しなかった。
 本条約に加盟し、自発的に22条に基づく委員会の審査を受け入れた加盟国は、個人通報制度の効果的な運用のために委員会に協力すべきところ、委員会の勧告にも関らず通報者を送還した当事国の対応は、22条が保証する通報権の行使を無力化し、委員会の決定を無意味なものにする行為である。従って、通報者を追放した行為は、22条に違反する。
 しかしながら、その後当事国は、通報者をノルウェーに安全に帰国させ、3年間の滞在許可を与えた。このことによって、22条違反は救済されていると考えられし、また、彼の送還が3条に違反していたか否かを問うことは、現実的意味を有しない。
 以上により、当事国は既に違反を是正している。